第34話 喝采主
居住階にはちょっとしたラウンジが設けられている。巨大な階層の端っこにくっついた、目ぼしいもの一つ置かれていない簡素な空間は、飲食店の料理人が休憩時間に一服するような場所に似ている。
光の街と白い三日月を背にしたロザリーは、少しだけ頬を赤く染めながらパンツの中に手を突っ込んだ。お尻の割れ目で温まっていた丸い書類を取り出す。
「結局持って帰って来ちゃった……」
アクシデントがあったとはいえ相当マズい。あの部屋を見るにヴォルビリスは超几帳面。無くなった指令書に気付かないようなことは考えられない。
どうしたものかと書類の皺を直しながら考えるが名案は浮かばない。
「ええいっ。い~やっ、あとのことはあとで考えよ~」
持ち前の呑気さを発揮。赤い紐を解きシュルシュルと指令書を開く。
びっしりと並んだ文字に目を走らせた。
「なになに……武装化の進む国境部へ赴き錆兵の排除を請け負うこと。現地作業員たちの作業効率向上を図れ……。夜会で言ってたことだっ」
読み進めると、ユーゲンの口から聞いた一文が書かれていた。
「花神を捕えることこそ最優先事項。街には花の民が紛れ込んでいる……また伝説の話……」
夜風に靡いた指令書を押えながら星の天を見上げた。機神と花神の伝説。機神を地に沈めた花神は、この空の向こうへ消えていったとされている。それが伝説の終わりだ。続きは無い。
捻った首を下に戻す。さらに気になる内容が綴られていた。
「継承の冠を持つ『戴冠主』の少年を確保……ボイルタワー某所にて監禁……監視はアマリリス神兵隊――!! これって……!!」
驚きにぐっと顔を寄せた。ようやく見つけた。゙継承の冠を持つ少年゙とは他でもないあの花冠の少年で間違いないだろう。最後の一文に目を落とした。
「かの少年の発見により、すでに花神は不在と断定。代わりに花神の真核を引き継いだ者が存在している――竜の守る花神の卵『喝采主』を見つけ出せ――?」
同時刻――執務室に戻ったヴォルビリスは隊長服とマントを乱雑に脱ぎ捨てて靴を放り出すと、何をする間もなく机の引き出しを開けた。そこにあったものが無くなっている。
「……ふむ」と見つめる彼女の口元が緩んだ。
遅れて入ってきたリラがソファに放られた隊長服を見て肩を落とした。
「まったくウチの隊長さんはどこまで無精者なのかしら。私がお掃除しなかったらこの執務室なんてゴミ捨て場同然よ?」
「まあそう言うなリラ。本当に大事なものは見切りをつけている」
引き出しを覗き込むヴォルビリスに「あらら」と気が付いた様子のリラ。
ゆっくりと引き出しを閉め、ヴォルビリスは背後の夜景に振り返った。
「私たちからのメッセージ、無事伝わったようでなによりだ」
「あの子、これで気付いたかしらね? なぜアナタに選ばれたのか」
「さぁ。ただ同胞は多い方がいい。゙シスターイリスと影騎士に伝えてくれ゙。もう間もなく、薔薇の少女とともに国境へ向かう、と――」
後日、ヴォルビリスより外周部の錆兵討伐任務へ向かう派遣組メンバーが選抜された。
ロザリーとゾイドを含めた数名のメイドたちは、飛空艇に乗り国の端へ向かうこととなった。
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