第31話 守る時

今、ここに人は居ない。監視の目は無く、メイドたちは一人残らず気を失っている。

 居るのは例の力を扱う妙な獣人騎士のみ。

 なら――

「いいよね。ネリおばさん――」

 切り裂いた波を跳び抜け、双剣を振り上げた。

 高所に構えていたはずの影騎士をすでに眼前に捕える。

「……ほう。これはこれは」

 振り下ろした二本の刃は花色の輝きを帯びていた。

月光の中を高く跳ぶ双剣のメイドはまるで一匹の妖精のよう。

振るった高速の剣撃はレイピアに弾かれた。その瞬間に帽子の影に隠れていた顔が覗いた。

銀の体毛と突き出た牙。尻尾と同じく狼のそれだった。

 ロザリーは普通なら大怪我を避けられないだろう高度からスタリと着地した。見れば花色の輝きは双剣だけに留まらず、髪や手足まで伸びている。

 影騎士はレイピアを構え直した。

「゙アレら゙以外にも魔力を扱えるものがいるとは。驚いた」

「これは秘密なんです。絶対内緒にしてくださいね」

 今一度双剣を上げたロザリーだったが、影騎士はなにかにを思ったのかレイピアを下ろした。

「よく見てみれば、貴様らはスカーレットの……。美しき三日月の月光も時に目を惑わす、か。ははっ、今日だけは月の無い夜を選ぶべきだった」

 愉快そうな影騎士はクルリと月光に振り返る。

「緋色のメイドの、魔力を扱う若い娘、か。なるほどな。゙あの女゙の考えそうなことだ」

 それだけ言い残し、影騎士は月の影に消えた。

 

 ネリおばさんとの約束だった。

 絶対に人前で魔力を使ってはいけない。魔力を使えばありとあらゆることを有利に運べるが、それだけは守らなければならない。

「この街の人間はみんな魔力を使えないからね――」

 もし知られれば捕えられて身体の隅々まで調べ尽くされる。家に帰って刺繍を縫うことも、花を探しに街へ出ることも出来なくなる。鋼鉄の街を花でいっぱいにする夢も叶えられない。

 だからロザリーは隠し続けた。鬼ごっこの時もかくれんぼの時も、学校でも、メイド隊に入ってからも。使ったのはそう、一度だけ。

 ゾイドと訪れた錆の廃墟でハウンドを仕留めた、あの一撃だけだった。

 なぜ自分とネリおばさんだけが魔力を扱えるかはわからない。ただそれは異常なことだ。鋼鉄の街メルボイルにおいて、あってはならないことだ。

 絶対に魔力を使ってはならない。使って良い時は二つだけ。

 自分の命を守る時。そして心から大切な人を守る時。

「――今回は自分の命を守る時、だよね?」

 月光の中、夜風に花色の魔力を流す。

 立ち昇る蒸気の端に、一つの人影が潜んでいた。

「やっぱり……間違いないのね。ロザリーちゃん」

 きらりと光った丸いサングラスは、夜闇に消えていった。


 応援に駆け付けたメイドたちに状況説明を済ませ、こっそりその場を後にした。

 今夜は三日月。ロイヤルメイドたちが相まみえる白い夜。

 ロザリーは月光を逃れた暗い路地を急ぐ。

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