3
銀座駅を降りる。
まだ暮れない青い空の下、淀んだ色の鳩が人混みを避けて歩いている。空を飛べるのに人になりたいのか。
今日は最終日。撤収作業でいつもより早く閉めるし、平日だし、きっと会えない。
パパはこの後、打ち合わせで京都に出張。
実はパパ、私が小さい時にゲームのキャラクターデザインで有名になった。雅号が違うので世間にはバレていない。
入り口の花輪も週末には回収されてたし、スタンドの花たちももうとっくに返却してる。作品の一部はもう梱包されていた。
細い大きな背中は見付からない。
「赤い人魚」の前に立つ。
すっと背筋を伸ばして身動ぎせずに立つ。微動だにせず立ってみる。
ぴくりとも動かずに人魚を見つめる。目が離せない。燃える瞳、波打つ髪、優しい声。
「彼、午前中に来たよ」
いつの間にかパパが隣に来ていた。二人でぴくりとも動かずに人魚を見つめる。
「ーーそう」
「また来ますって」
人魚が跳ねる音が聞こえた。
「ねえパパ」
「ん」
「何でパパ、赤が嫌いなの?」
「だって血のようで気持ち悪いじゃないか」
「じゃあどうして赤で描いたの?」
吉田の目の前が鮮血に染まる。血飛沫が飛び散る。香菜が血に染まる。
「だって、赤しかなかったから」
込み上げる吐き気を堪えながら、吉田は微笑った。
「青とか緑とかよく使う色があるじゃない、何で嫌いな赤で描いたの?」
愛娘の言葉に、困ったように微笑って父親は答えた。
「だから、赤しかなかったんだよ」
京子は、人魚の跳ねる音を聞いた。
赤い人魚 @harutakaosamu
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