5 鬱
「じゃね! 星七。また明日!」
「うん、また明日。さくら……」
放課後、さくらに手を振った後、俺はいつもの通りバイト先に向かった。
俺も普通のカップルみたいにずっとさくらと一緒にいたいけど、あいにく俺には時間がない。都会に来た時からずっとそうだった。お金を稼がないといけないから。別にさくらと過ごす時間が嫌なわけじゃない。ただ、生きていくためにお金を稼がないといけないから選択肢がなかっただけだ。
そのせいかな? まだ分からない。
だから、さくらが浮気をしたのを知っていても俺はいつもの通り仕事をするしかなかった。そして瑠璃川のあの顔がすごく気になるけど、美波さんと同居しているからなんとかなるんだろう。それより休み時間ごとにうちのクラスに来るのはやめてほしい。でも、美波さんはあの時も今も俺の話を全然聞いてくれないから困る。
それ、めっちゃ目立つからマジでやめてほしい……。面倒臭い。
「店長、今暇ですから。ちょっと在庫を確認します」
「オッケー」
そしてこれは俺の悪い癖だけど、俺は余裕ができると余計なことを考えてしまう。
そう、在庫を確認しながらさくらと北斗のラインを思い出していた。でも、どうして北斗は何もなかったように、いつも通りさりげなく俺に声をかけたんだろう。そして友達の彼女とあんなことをしたら普通罪悪感を感じると思うけど、北斗はそんなこと一切感じていなかった。
(さくら) 星七、これ見て! 可愛いでしょ〜?
すると、隣に置いておいたスマホにラインの通知が来る。
こっそりそれを確認した時、そこにはショッピングモールで撮ったさくらの自撮りがあった。
「楽しそうに見えるな」
(星七) いいね、友達と一緒に行ったのか?
(さくら) うん! めっちゃ楽しい! 次は星七と一緒に行きたい! へへっ。
(星七) いいね。
午後の八時。在庫を確認しながらこっそりさくらとラインをしていたけど、俺に一ミリの罪悪感も感じない彼女に一体何を言ってあげたらいいのか分からなかった。こうなったらやっぱりあれしかない。浮気の証拠とか、今更そんなの探しても無駄だからさ。別れるしかない。俺に残っている選択肢はそれだけだった。
なぜ、俺が浮気をした彼女のせいで苦しくならないといけないんだ。
やっぱり、幼馴染だからか……? 話をして解決しようとしたけど、理由くらい聞いてみたかったけど、それは言い訳だったかもしれない。俺にはそれ以外にもやるべきことがたくさんあるから、ずっとそれから目を逸らしていた。
そんなことで上手くいくわけないのにな。
「星七! お客様来たぞ!」
「はーい!」
店長の話に急いでキッチンに戻ってきた俺は、笑顔で俺に手を振っている蓮にびっくりする。
「蓮? 何しに来たんだ」
「何しに来たって、飯食いに決まってんだろ?」
「あ、そうだな」
「ハンバーグ定食頼む!」
「了解!」
そしてすぐハンバーグ定食を作り始める俺。
てか、最初は店長の隣でサポートするだけだったけど、いつの間にか一から全部俺がやるようになった。それほど俺のことを信頼しているってことだから嬉しいけど、さっきからそばでうとうとしている。大丈夫かな……?
「店長……? さっき業務スーパーに行ってくるって……。その前に疲れてるように見えますけど、大丈夫ですか?」
「あああ! そうだな。うちの娘が昨日いきなり熱が出て全然眠れなかった」
「だ、大丈夫ですか?」
「大丈夫、さっき熱が下がったって言われたから。やべぇ、早く行ってこないと。星七、店を頼むぞ。今行ってくるから!」
「はい!」
店長が店を出た後、俺はすぐ蓮のハンバーグ定食を出した。
まさか、友達が俺のバイト先に来るなんて。
「てか、うちの店までけっこう距離があると思うけど、蓮」
「あははっ……」
その顔……、何か言いたいことでもあるのか?
「どうしたんだ?」
「あの……、星七に言いたいことがあってさ。でも、俺……あの人の名前知らないし、学校で見たこともないから。多分、今日転校してきた人だと思う」
「そう?」
今日転校してきた人なら……。
「もしかして、茶髪か? あの人」
「そうそう! 茶髪だった。それに髪の毛をちょっと伸ばしてて、ヤンキーみたいなイメージだったよ。あの人」
間違いなく、あの人は北斗だ。
「そうか、あの人がどうしたんだ?」
「その前に、あの人も彼女いるよな?」
「そう。めっちゃ可愛い彼女がいる。それがどうした? 二人の間に何かあったのか?」
「何かあったっていうか……。あの人……、星七の彼女と腕組んで歩いてたけど?」
「…………」
その話を聞いて、しばらくどう答えればいいのか悩んでいた。
それより、お前らマジで隠すつもりないのか? 都会だからあんなことをしてもバレないと思っていたのか? 田舎と違って人が多いから? いろんな考えが頭を過ぎるけど、友達の前だからすぐ冷静を取り戻した。
「そうか、あの二人幼馴染だし……。そして久しぶりに会ったから……」
「そうか? でも、久しぶりに会ったとしても普通友達の彼女とあんなことはしないと思うけど……」
「まあ……」
またか、さくら……。その話を聞いてすごく恥ずかしかった。
どうして蓮にあんなことをバレてしまったんだ。ずっと一人で悩んで、他人には絶対バレたくなかったことを友達の蓮にバレてしまった。そしてハンバーグ定食を食べながらこっちを見ている蓮に、俺は仕方がなく話題を変えるしかなかった。
そして蓮の見えないところでこっそり拳を握る。
「気にすんなよ、俺とあの二人は幼い頃からずっと一緒だったからさ」
「そうか?」
「で、蓮はひまりとデートとかしないのか?」
「デートかぁ。やりたいよ、俺も……。てか、よくわかんねぇ。その距離感がよく分からない」
「距離感が分からないか。でも、ひまりに他に好きな人いないだろ? 半年間ずっと二人を見ていたけど、ひまりもきっと蓮と同じことを考えているはずだ。むしろ、近いから……。ずっとそばにいたから言えなかったかもしれない。そういう時は……、やっぱり積極的にアピールするしかないよな? 蓮」
「そうか。やっぱり、星七がそう話してくれると心強い。いつもありがとう」
「いや、それはこっちのセリフだ。ありがとう。蓮」
おかげで、俺もこの関係を終わらせようと心の底からそう決めた。
その後、蓮に挨拶をして店の掃除を始める。
「…………」
そして今度はお母さんから電話が来た。
どうすればいいのか、そのままスマホの画面を見てじっとする。
やっぱり、出るしかないよな。
「もしもし……」
「星七、元気……?」
「うん、元気だよ。お母さんはどう過ごしている?」
「いつもと同じ」
「そうか……。なんで、電話したんだ? 俺のことは気にしなくてもいいって言ったのに」
「息子が一人で都会で頑張ってるから……、心配になってね。仕送りはいらないの?」
「いいよ、お母さん。お金は……いらない」
「そう? そして……、今日花美と美波が都会に行ったから……。二人のことを……」
結局、あれか? あれだったのか?
まさか、あの人に頼まれたのか? もうあんなことはやらないって言っておいたのに。
「お母さん……、俺は瑠璃川家の犬じゃない。そこから逃げた時、ちゃんとお母さんに言っておいたはずだ。仕送りはいらない、俺は一人で都会で生きていくから俺のことは忘れてもいいって……」
「そんな風に言わないで、星七のこと瑠璃川さんはいつも———」
「そして俺には彼女がいる。彼女がいるから、他の女の子にさりげなく声をかけたりしたら誤解されて変な噂が流れるかもしれない。それは瑠璃川さんにもよくないと思う。だから、断る」
「星七……」
海に行く前まではすごく幸せだった。
好きな彼女と一緒に好きなところで幸せな時間を過ごすことができるから。
なのに、どうして彼女の浮気と瑠璃川家のことが同時に起きるんだ? 俺には幸せになる権利すらないってことか? 生まれた時からずっとあの二人の犬として生きてきたのに———。
俺は……人間だ。
機械の部品なんかじゃない。俺にも自分の幸せを選ぶ権利がある。
「バイト……しないといけないから、また……電話する」
「うん……」
そして……、さくらと北斗……。お前らは瑠璃川家の人間よりクズだ。
てか、一人で生きていくだけで十分きついのに……。
どうして俺があんなクズたちのせいで傷つかないといけないんだ? ストレスを受けたくなかったから、さくらの浮気からずっと目を逸らしていたけど、やっぱりクズは早く片付けた方がいい。そのまま持っていた雑巾を隣のテーブルに置いて、すぐさくらにラインを送った。
(星七) 別れよう。
と。
もうあの二人が何をしたのか知りたくない。面倒臭い。限界だった。
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