一、与右衛門と伽羅 4
4
与右衛門は富のあと二人の後妻を娶った。二人とも羽生村から遠く離れた村で見つけてきた、いわば行きずりの女だった。
私は二人の女、トキとヨシのことはあまり知らない。なにしろ与右衛門は嫁にするとほんの数か月で殺してしまったのだから。村の人の中には、二人の女の顔すら知らない者もいたくらいだ。
私が知っているのは、トキとヨシはどちらもサチにどことなく似た女だったということだ。
与右衛門はトキとヨシ、二人とも病気で死んだと
賛同する者が次第に増えていったのだが吉兵衛が反対した。同じ組の中から咎人が出れば、ことによっては五人組の全員がお咎めを受けることもある。与右衛門の女房殺しによって羽生村の住人に、なんらかの損害があったのならともかく、特にこれといって迷惑を
日頃から面倒見がよく人望の厚い吉兵衛が言うと、寄り合いの席ではそれに異を唱える者もいなかった。
さらに名主が、今頃訴え出るとは何事かとご領主様にお叱りを受けるだろうと言う。後妻を五人も殺すまで、なぜ黙っていたのだと。
それが決め手となって、だれもが知らぬ振りを決め込むことにしたらしい。
ただ、累の呪いではないか、とは相変わらず村の中で囁かれてはいた。「累の呪い」とだれかが口にすると、互いにぞっとしたように首をすくめるのが常だ。この界隈の村々ではこの手の話に過剰に反応した。それというのも羽生村の北側の、やはり鬼怒川沿いに
大輪村はもともと鬼怒川が氾濫した際の堆積物によってできた平地だ。堤が決壊すれば村はひとたまりもなかった。そして堤は決壊寸前だった。
大輪村には伽羅という流れ者の娘が住んでいた。羽生村の伽羅とたまたま同じ名前だが、大輪村の娘はこちらの伽羅よりも
大輪村の伽羅はもとは母子で巡礼の旅をしていた。村を通りかかった時、母親が倒れてしまった。孤児になった伽羅を可哀想に思い、村で育ててやっていたのだ。だれが言い始めたのか、「こういう時に恩返しをしてもらおう」という声が出始めた。
村の記録には伽羅が進んで川の守り神、龍神の
大輪村の村人はこの話を他村に知られまいとしたが、だれの口から漏れたのか、程なく知れ渡ることになる。
「伽羅が人柱になってくれた」と涙ながらに語る大輪村の人々を、他村の者は冷たい目で見ていた。
そして夏になると、大輪村の村人を恐怖に陥れる出来事が起こる。風のない静かな夜に鬼怒川から伽羅のすすり泣く声が聞こえるというのだ。その上、大輪村だけにひどい流行り病が蔓延し、死者まで出たという。他村に逃れた者も、その行き先で
隣村の出来事ではあるが、どこの村に起きてもおかしくないことだった。幸い被害はなかったが、その年、羽生村でも増水した川に恐れ
伽羅の呪いの噂に、羽生村の人々は震撼した。
助の呪いで累が生まれ、累の死によって与右衛門の後妻が呪われて次々と死んでいった。
羽生村の人々の中では、ずっと以前からそういう物語ができあがっていた。半分は信じ、半分はあり得ないことと疑っていた。だが大輪村の伽羅の話は、累の呪いを俄に現実のものとしてあぶり出し、与右衛門の後妻の話は人々のあいだで次第に禁忌となっていったのだった。
そして与右衛門を糾弾しなかった理由のもう一つは、ミヲの娘、伽羅が与右衛門のところへ嫁に行くという話が持ち上がったからだった。
「伽羅さんが望んでいたというのは本当ですか?」
松雲は信じられない、というように首を横に振った。私の話には、ほとんどこれといった反応をしない松雲だが、この話には心底驚いたようだ。
「伽羅が言い出したのです。与右衛門のところへ嫁に行くと」
「ミヲさんは反対したのですよね。当然ですね。伽羅さんは与右衛門がどういう男か知っていたのですよね」
「はい。ミヲはその頃もまだ与右衛門の家の様子を窺っていましたし、見てきたことを逐一私に話して聞かせていましたのを、伽羅も聞いていたはずですから」
松雲は、「ふむ」と顎を撫でて腑に落ちぬ、という顔をした。
「ミヲさんは、どうして子どものあなたに累さんや与右衛門の事を話したのでしょう」
「子どもでしたから、その頃はなんとも思っていなかったのですが、ミヲが死んでしばらくしてから私なりに考えるようになりました。ミヲにはわかっていたのだと思います。自分がいつ死ぬのか、伽羅がどんなふうに生きるのかを」
伽羅とその娘の難局に、そばにいてやれないことを知っていて、私に力を貸すようにと託したのではないだろうか。
けれども私は未だに自分がなにをすべきなのかわからない。
「先のことがわかるミヲさんですから、伽羅さんを説得して、与右衛門のところに行くのをやめさせられたのではないですか?」
「伽羅はなにを言われても自分の考えを曲げませんでした」
伽羅が、与右衛門と一緒になると言い出した日からの数日間は、私の心は落ち着かなかった。伽羅が五人の後妻と同じように死んでしまったらどうしようと、そればかりが心配だった。
あとになって思えば、ミヲは伽羅の死を予見していたのだろう。連日、伽羅を翻意させようとあの手この手を使って説得したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます