三、助と累(かさね) 1

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 与右衛門の家には、吉造と五人組の連中が来ており、酒盛りが始まっていた。

 五人組というのは領主の命によって、村人、五軒前後を一組として年貢納入の連帯責任を負わせたり、犯罪やキリシタンに対する相互監視の目的でつくられたものである。他には慶弔時や農繁期などの相互扶助の役割もあった。

 吉造はこの五人組の判頭はんがしらだった。与右衛門が嫁をもらったのではないか、という噂は広がっていたので、村役人から確かめて報告するよう言われていたのだった。スギが子供を連れてきたのなら人別帳に記載することになるので、それも確かめなければならない。

 五人組は吉造と与右衛門のほかに佐吉さきち甚五郎じんごろう伊之助いのすけがいる。五人が揃うのは久々のことで、それぞれが持参した酒や酒肴ですでに盛り上がっていた。

 スギが戸を開けると、男たちが一斉に振り返った。

「ああ、ようやく嫁さんのご帰還だ」

 帰ってきたスギに吉造が徳利を持ち上げておどける。

「正月そうそうどこに行ってたんだ?」

「あの子どもの親が迎えに来たんで、見送りに行ってたんだよ。短い間だったけど自分の子のように世話をしたんで、なんだか離れがたくてね」

 スギは与右衛門に向かって、「ねえ、おまえさん」と同意を求めた。与右衛門は引き攣った顔で、「ああ」と返事をしたが、目には怯えの色があった。

「だけど着物……どうしたんだい?」

 甚五郎と呼ばれていた男が不審そうに訊ねる。与右衛門の顔色を見ながら、わからないながらもなにか尋常じゃないことが起きたのを感じているようだ。

「ああ、これかい。草履を川に落っことしちまってね」

「それで川に入ったのかい? 案外そそっかしいんだな」

 そう言って笑ったのは吉五郎だった。

「さあ、火のそばに座んなよ。腹の中からあつたまるといい」

 吉五郎は徳利をかかげた。

「それじゃあ、ちょっとだけいただこうかね」

 与右衛門の顔は見ずに囲炉裏端に座った。実を言うと寒さは感じていなかった。ただ、脳裡に焼き付いた助の最期の顔を、酒の力で消したかった。

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