第3話 お父様、お母様、私、世界平和の為に勇者になります!ついでに世界を傾けて、素敵なお嫁さんを連れて帰ってくるので待ってて下さいね!

クリスは成長するにつれ、女性らしい体つきの勇者になっていった。


ふたなり女勇者は勇者の中でも貴重だ。


何故なら華奢に見える見た目とは裏腹に


筋力は勇者の加護によって常人のそれをはるかに超えた怪力。


しかもクリス本人にのみ与えられた特殊スキルは魔法の無効化。


どんな相手も魔法が通じないので強制的に物理で戦うしかない。


それを初手で見抜きにくい姿であるというのは勇者としてかなり有利である。


王族の可愛い可愛い息女扱いのクリスがいきなり武芸など始めては


王である父が「勇者」になる気だろうと大騒ぎすると思って


最初は「教養として習ってみたい、興味がある」などとと誤魔化して


王城の騎士団長に剣の稽古や護身術の稽古をつけてもらい


そこそこモノになった所でメイドのアネモネと共に


各領地に捕らえられている奴隷解放に動くようになった。


「クリス様、開放したらどうなさるおつもりで?」


「うーん……町での交流や買い物は人間の子達に任せるとして

 魔族の奴隷も人間の奴隷も

 廃教会に住まわせて、元からあった孤児院って偽装できないかな」


「……可能かと。人の領地にある森の奥深くにある教会のほとんどは

 過去の魔族の侵略で機能しておりません……隠れ住むには最適かと」


王城の自室で魔族メイドのアネモネと作戦会議をしながら


今夜、王城を抜け出して奴隷解放を決行する予定地に印をつける。


村や街に捕らわれている奴隷のほとんどは共有物として


夜は地下牢に繋がれ、集団で監禁されていることが多いと知ったのも


奴隷解放に動いてからだ。


王城では髪を巻き、化粧をして、ドレスで華やかに装っているが


夜お忍びで動く時は


髪をまとめ、化粧っ気もなく、動きやすいパンツ姿で出歩いているため


誰も王族だとは思うまい。


実際、奴隷解放を阻止しようとする近衛騎士や


騎士団長と出くわしても全く気付かれなかった。


メイドのアネモネには


夜中にクリスが自室に居ないことを隠ぺいしてもらっているため


クリスの不在は全くバレず、もう数えきれない数の奴隷解放に成功していた。


奴隷で圧倒的に多いのは魔族だ。


その中に数人の人間が混じっていることが多い。


一見すると少年少女がほとんどで全員歳が近いように見えるが


聞いてみると長命種なだけあって魔族はかなり年長者が多い。


「助けに来たわ!あなた達はもう自由の身よ!」


クリスがそう呼び掛けても、最初は怪訝な顔をするばかりで抵抗もされる。


暴れても勇者の加護で魔法も効かない、物理でも勇者の筋力が強すぎて


抵抗できないと悟ると


大人しく私に運ばれてくれるので奴隷生活に慣れ切ってしまった弊害とはいえ


解放時は運ぶのにとても時間がかからず助かる。


そして頻繁にクリスが奴隷解放に動いているのにはもう一つ理由があった。


奴隷解放時に必ず出会う、赤い瞳と黒髪の青年の存在である。


目深にローブを被った背の高い青年らしい彼も


クリスとまた同じように奴隷解放に動いているらしい。


先輩として最初は慕っていたが、彼はあまり人間が好きではないようだ。


解放時に助けはするが魔族の奴隷だけを連れて行き


人間の奴隷は「好きに生きればいい」と放り出していつの間にか消えてしまう。


最初は魔族専門の奴隷商なのかと思って警戒したが彼が真っ先に連れていく


魔族の奴隷達は瀕死に近い重症を負っている者がほとんどだったことから


クリスはすぐに考えを改めた。


「……命が危ない者から先に手当てをするために連れて行く、他も魔族は回収する」


彼の赤い瞳には常に強い意志が宿っているのが分かる。


そして同時に人間への深い憎しみも感じる。


でも、そのローブの下から時々覗く端正な横顔と


奴隷達にだけ優しく微笑む彼の微かな慈愛の表情に


すっかりクリスは恋をしていた。


奴隷解放の度に凄まじい速度でレベルアップを果たしていたクリスだが


彼に出会えるかと思うと胸が高まって仕方がなかった。


また会った時、粗相がないように、朝起きれば、こっそりと自室で


アネモネに応援されながら鍛錬を行い


もう今ではアネモネに背中に乗ってもらいながら


親指だけで腕立て伏せ1万回なんて余裕なレベルのHPを


秘密裏に手にしていた。


王城ではあくまで父と母の可愛い娘のように振る舞いつつ


夜はお忍びで奴隷解放の活動を続け、彼に会い続けた。


「弱い者いじめが嫌いで奴隷を解放しているだなんて

 はは、人間の癖に変わり者だな、君は」


と時々クリスにも笑いかけてくれるようになった彼と


会えるのが嬉しくて仕方がない。


弱い者いじめは嫌いだ、そして奴隷制度も自分の代で撤廃したい。


労働をして対価を得て経済を回すべきだとクリスは考えるも


奴隷制度に慣れ切った国民や父や母を含めた王族達が


すぐには頷かないのも分かっていた。


しかし、赤い瞳の彼を思えば思うほど鍛錬は止まらず、


遂に勇者としての筋力とHPはカンストするまでに至っていた。


そして秘密裏に行っていた奴隷解放のしすぎで


主な労働力を失った各領地が悲鳴を上げ始めた頃


クリスはある噂を耳にした。


『現当主の魔王が奴隷解放のために王国を侵略している』というものだ。


つまり、奴隷解放時に度々出会っていた青年は魔王ということになる。


かなり昔に行われたその魔王との和平交渉で先代の魔王たちと違い


彼は新しい奴隷の献上を拒否したとアネモネから聞いたことがある。


つまり、これは戦争の危機だ。いや、少し違う。


クリスは考えを改める。


運命の出会いを果たした相手が魔王、ということは


勇者として城にお伺いして、王族として和平交渉してお嫁さんにしちゃえば


お互い王族同士で国も併合できちゃうし、弱い者いじめもなくなるし


奴隷解放宣言も勅令として出せちゃうし全部解決!


ということである、と!


早速、クリスは王と妃である両親のいる玉座の間へ向かい


勢いよく扉を開けると開口一番、自信満々の顔でこう告げた。


「お父様、お母様! 私、世界平和のため、勇者になります!」


最初は難色を示した両親だったが


「私には神の加護で魔法の無効化と男でも敵わぬ怪力がもとよりあります!

 魔王なんて瞬殺です! お父様もお母様もご存知でしょう?

 国が傾いている今、王族である私が率先して勇者として

 魔王に立ち向かうべきではありませんか?」


そして絶対、彼をお嫁さんにしてみせます!


という最後の言葉は口にせず、きっぱりと言い切ると


クリスに甘すぎる両親は涙を流して了承を示した。


「あぁ、クリスちゃん……なんて国想いの良い子なのかしら」


「勇者クリス、国王として今からお前に任を言い渡す

 必ずや国に平和をもたらしてくれ……」


「拝命いたします。お父様、お母様」


優雅にお辞儀をしたクリスはアネモネを連れて、


自室に戻った瞬間、静かに二人してガッツポーズをして抱き合った。


こうして王族のクリスは、傾きかけた国を救う「勇者」として


何度も奴隷解放で出会い、喜びを分かち合った、赤い瞳の想い人


――魔王と出会うことになる。

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私、ふたなり勇者だけど王族なのでどちゃくそ好みのイケメン魔王を嫁にして世界平和のために結婚しても問題ないですよね?! 斉藤しおん @murasakitooto

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