第2話 世界を救う理由は弱い者いじめが嫌いだから!王族の前に勇者ですので!

クリスが一番最初に出会った奴隷は赤いドラゴンの尻尾を持つ


小柄な魔族の少女だった。


クリスがいつ王城を移動する時でも、いつも庭におり


庭の手入れと掃除を一人で行っている


物静かな赤い瞳とドラゴンのような尻尾を持った魔族のメイド。


王城の広大すぎる庭の管理を一人で任され、朝から晩まで


手入れと掃除をし、休んでいる所も、


昼間に食事をしている姿さえも見たことがない。


いつ庭を通っても黙々と庭木や花の手入れか掃除をしている。


ドラゴンのような鱗を持った赤い尻尾を除けば、


赤色の瞳とボブヘアに切りそろえられた黒髪の美しいごく普通の少女に見えた。


彼女の容姿の愛らしさと寡黙さと勤勉さ


何より草木を愛おしむ優しそうな面立ちに惹かれて、


お友達になれたら嬉しいという気持ちから


今日のお茶会の時はこの子にお茶を淹れてもらいたいと


幼いクリスが自身のためのお茶会に彼女の同席を指名したのだ。


ただ、それが間違いだったと知るのはお茶会が始まって間もなくだった。


「ど……どうぞ」


いつも彼女がきれいに整えてくれている庭でお茶会をすれば


きっと楽しいだろうと春のお茶会に彼女を指名した。


彼女が手入れして美しく咲き誇る庭の花々と綺麗に手入れされた庭の景色に


温かな春の風が優しく頬をくすぐる。


しかし、私にお茶を淹れる彼女の声も手もまるで


真冬の吹雪の真ん中にいるように震えていた。


さまよい、伺うような視線の先にクリスはおらず、


鋭い視線で魔族である彼女を蔑んだ目で監視する執事長を


メイドの彼女がずっと意識しているのがクリスでも分かる。


ぶるぶると震えながらお茶を注ぐ彼女は


お茶会の準備を始めた他の使用人達を前に


完全に動揺して、お茶会を開始してすぐティーポットを落としてしまった。


ガシャン


と陶器で出来たティーポットが彼女がいつも手入れしてくれている


芝生の上で割れる音がして紅茶が辺りに飛び散る。


紅茶をもろに浴びたのはメイドである彼女なのに


彼女は真っ先にクリスに向かって地面に頭を擦り付けるようにして頭を下げた。


「申し訳ございません!」


王妃である母の趣味でパニエたっぷりのふりふりドレスを纏っていたクリスは


さほど彼女のこぼした紅茶の影響を受けなかったが


使用人達は一斉に顔色を変えて、


クリスが指名したメイドを非難するような視線で射るのが分かる。


「申し訳ございません、申し訳ございません、王妃様、く、クリス、様。

 ごめんなさい、ごめんなさい……もう失敗しません、ごめんなさい。

 痛いのは嫌です、ごめんなさい、ごめんなさい」


両性具有の私を何と呼んでいいか分からなかったのだろう。


私の名前を読んだ途端、男の使用人達が「不敬だぞ!」と声を荒げて


庭に伏せ、頭を下げ続けている小柄なメイドの彼女の顔や腹を足で蹴りつける。


拳を握った指先が痛みの余り


芝生と土を掻き、真っ白になるまで、それを受け続け、


からくり人形のように同じ言葉を繰り返す少女を止めるものは誰も居ない。


王妃である母ですらも


冷ややかな態度でそれを当たり前のように無視してお茶を楽しんでいる。


これがこの国の日常。


安寧の代わりに続く暴力を、理不尽を


王族であり勇者であるクリスは


幼いその頃からどうしても受け入れることができなかった。


「今すぐやめて!弱い者いじめをしないで!見たくない!」


その日からドラゴンの尻尾を持つ赤い瞳の魔族メイド「アネモネ」は


クリスの傍仕えのメイドとして就くことが決まった。


クリスよりも少しだけお姉さんに見えた彼女は


魔族であることから長命種であり、


もう六百年もこの城の庭を一人で任されていたと知った時には言葉を失った。


お茶会を早々に切り上げて自室でメイド服から手当てをしやすい部屋着に


着替えさせてみると


長袖と詰襟のメイド服の至る所に鞭打ちや古傷が隠れていた。


「わたくしは魔族ですから……そう簡単に死なないのです。

 ですから……体罰が厳しいのは仕方がないことで」


そう簡単に死ぬことがないという理由だけで、


体罰もその小さな体躯には余りあるものを


何百年も受け続けてきたと語る彼女はずっと震えていた。


人間の男が傍を通るだけで体を震わせ、


何度も失敗をするできそこないとして扱われ、体罰を振るわれていた。


人間の暴力に怯え切っていた。


クリスはそれ以降、人間である者で彼女に嫌悪感を示すものは


全て傍に置くのをやめ、彼女が怯える相手は彼女から遠ざけた。


「わたくしには姉妹が居ます。

 先代の魔王が和平の交渉材料にわたくしの家からは六名。

 他の家からも和平のために王国に奴隷として献上したと聞いています……。

 会った事はありません……皆で結託しないよう私は庭を任されておりましたので。

 他も同じように同族に会わない場所に配属されている筈です。

 魔力量の少ない家から献上されたわたくし達低級魔族が抵抗した所で、

 数が多ければ簡単に人間に負けてしまいます。

 それに献上品が王族に歯向かったと知られれば……。

 今まで同族が守って来た魔族と人間の和平の歴史に

 亀裂を生じさせてしまいます……。

 魔族と人間の平和の礎として、わたくし達は耐える他ないのです」


涙ながらに語る彼女を見て、クリスはその手を取った。


「ねぇ、アネモネ。私、大きくなったら貴女を救うわ。貴女の姉妹も

 他の奴隷も、全員救う。世界を変えたい」


「クリス様?」


「弱いものいじめのない世界を作りたい。だって、私にはそれができるもの」


そう、だってクリス、いいや、私は王族である前に勇者なのだから……!

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