世、妖(あやかし)おらず ー脅蛇川ー

銀満ノ錦平

脅蛇川


 私は、今大雨の中を苦しい表情で走っている。


 雨というものは、恵みを与えてくれるもの…そして災いもを与えるものだ。


 雨を降らせるよう祈る祈雨という儀式もあるくらいだ…雨が降らなければ大地に潤いが起きず、森林や田畑は枯れ、我々も水分を摂取する事ができなくなってしまう。


 一番綺麗な水も雨水だと思っている。 


 川の水なんか、寄生虫や寄生菌などが体内に入り色々と身体を悪くしてしまう事故のニュースなどを見てから川を見るだけで避けてしまうようになった。


 そして…蛇に見えてしまう。


 あの曲がりくねっている…カーブしているあのうねりのある道筋が気持ち悪くて仕方ない。


 正に自然の流れでしか作れないあの緩やかで角のない道筋が…とても気持ち悪い。


 元々蛇も嫌いなのだ。


 あの手も無い足も無いのにくねくねくねくねと…。


 しかも毒もある。


 毒はとても嫌いだ。


 毒は私達に害を与えるしあの牙が痛い…。


 いや、痛いといっても噛まれたことはないけど…。


 きっと痛いということはとても分かる。


 映像で見たことしかないが咬まれた後のあの痛そうな顔見たらそりゃ嫌いにもなる。


 ペットで飼っている人もいるがあの咬まれたと思われるあの痛々しい跡を見てると冷や汗が出てしまうほどに…。


 だから蛇も嫌いだしあのうねるシルエットが似ている川も嫌いだ。


 どちらも害がある。


 ただまだ幾分、川の方がマシに見えるくらい。


 ただ結局、団栗の背比べ。


 ただ、五十歩百歩なだけ。


 それだけなのである。


 結局…川も蛇も嫌いなのである。


 嫌いだから川の側も通りたくない…。


 しかし私生活、プライベートで川の側を通らない訳にはいかないという場面はあるわけで…その時は、なるべく細めで側を通るようにしている。


 あの流れのうねりが…たまに蛇に見えるからだ。


 昔、とある知り合いから聞いたことがある。


 昔よくある大蛇伝説は、水害…洪水を蛇に見立てて、作られた逸話だと。


 山に大蛇伝説が多いのはそういうことらしい。


 うちの地元にも大蛇伝説は確かにある。


 しかもその蛇は、角が生えているし火も吐くし空も飛ぶというもうなんでもありである。


 結局は退治されるのだがされた後も祀られている辺り、やはり恐れと崇めるということが正に表と裏のように一体になっている…。


 私には、これが理解できない。


 何故、この2つが両立しているか全くわからない。


 恐れているならもっとガサツに扱えば良いのではないか。


 崇めたいならその対象をもっと良いキャラ…属性にすればいいのに。


 そもそもそんな神様がなんたら、祟がこうたら、妖怪がいるかいないかなんて私にとってはどうでもよい。


 いるものをいないと信じ、それを習慣化させてあたかもいないものをこれを崇めれば良いことが起きる…悪い事が収まるなんてそんなうわ言を浸透させたのか意味がわからない。


 そんなこと浸透させるよりかは、山は危険だ、川は危険だ、この生き物は危険だ…といえばいいだけの話なのだ。


 そんな大袈裟に物をいうからそれに反発して言いたくないことを言って余計こじらせるんだ。


 ほんと信仰心…手を合わせお祈りをする手間とか、食べもしないものをお供え物として置いて無駄にするとか…。


 そんなことするなら、普通に食べながらその対象を祈ればいいのだ。


 私はそれ程の現実主義者なのだ。


 だからこの蛇や川や信仰心などの嫌いは生理的に…人の思考、頭脳があるからこその否定なのだ。


 否定というのは、生物全体が起こす生理的行動である。


 犬等も苦手なものを前にしたら震えるし逃げるし顔もそれらしい表情になる。


 虫でさえ、嫌なものを見たり触ったりしたら避ける仕草などをする。


 だからこれは生物には当たり前の生理的な思考である。


 別に信仰心を否定はしていない。


 納得はしていない、別に他の人がそれを信仰するのは自由だ。


 だがその信仰心というものが理解できないだけである。


 知り合いもよくそんなこと知ってるなあと。


 ただその知り合いもそんな、信仰心が強いというわけではないらしい。


 伝説を知るということはそこの地元の地理や何がそこで起きていたかなどを知る切っ掛けになるらしい。


 学校等では教わらない常識から外された異質な歴史、逸話を調べる事にとてもはまっている。


 私にとっては無駄な知識でしかない。


 いや、その伝説を知るということがその土地の情報になるという事位か。


 それは信仰心ではなく御伽噺の元を知ればいいくらいに思えばいいと思ったくらいだ。


 …話を戻すが私が久々に苦手なものを認識したのはこの知り合いの話のせいでもある。


「蛇とさ、川ってどちらもうねってるから大蛇伝説と川って密接な関係なんだよね。」


 この一言でそのうねりやあの緩やかなカーブが無理な事を思いだしたのだ。


 そしてとある川に仕方なく通ったときだ。


 そこの川筋を通らないとたまにいく美味しい食事処に行けないのだ。


 生理的拒否を理由にそこに行かないという選択肢が無いのでいつもの通りにそこを通る時だけ細めになりながら早足で行く。


 ふと川の方向から何か聴こえてきた。


 ………ヌヨ  ココデ  ……ヌヨ


 人がぼそぼそと小声で話すかのように聴こえる。


 そちらの方を見た。


 川の流れがうねっている。


 そのうねりの一部に…。


 蛇が居た。


 一匹じゃない。


 数匹、川の流れに合わせて泳いでる蛇がこっちを見ながら…。


 しかもなんというか川の一部が…液体が蛇の形をしている様に見えた。


 細めていた目を大きく開けて再びヘビがいた方を見た。


 只の川だった。


 只々、流れている自然的にも普通の流れ川…。


 私は再び細目にして食事処に向かった。


 …多分、この前の知り合いの話を頭に残ってしまっていたのだろう。


 それがきっと川の流れを蛇と勘違いさせてしまい、更に川の音が声に聴こえてしまうなんて…。


 人の脳はよく倉庫だの箪笥だのと例えられる事がある。


 必要な物は前に前にと記憶を置いていくがどうでも良いものは後ろに適当に…乱雑に積めていく。


 ただその、積めたものがたまに崩れて前に置いてある記憶を崩して表に出てしまうことがある。


 それが今の知り合いが話していた記憶なのだろう。


 それが前一番に飛び出てしまい、そのせいで気の所為としか思えない幻覚、幻聴を喰らってしまったと。


 ほんと人の脳は、きっちりしてるのかいい加減なものかよくわからない性質を持ってるなあと…。


 そして辿り着いた。


 ここの食事処のおすすめは、唐揚げ丼である。


 程よくとろけた卵を乗せた醤油で付けた唐揚げがとても美味しい。


 私は、一ヶ月に一度の楽しみなのだ。


 ちなみにここは歩いた方が来やすい場所だから今のところは唯一の川筋を歩いていく場所なのだ。


 だからこの川は、ある意味私をたまにではあるが見続けているというわけだ。


 気持ち悪い。


 これもきっと生理的なものだ。


 川が見続けているという、意味のない、わからない例えが出るということが気持ち悪いしあり得ない。


 川には…目もないのに。


 それじゃあ何モノか…存在しないものが見ているという思考をしていることが信じられないのだ。


 きっとあの知り合いの話が脳裏に一瞬でも浮かんでしまったせいだ…。


 もう忘れよう。


 忘れなければ余計に川が怖くなる。


 私は、忘れることに必死になっていた。


 その知り合いとも会わないことにしたし、別のインドアな趣味をより徹底することにした。


 しかし彼処には行かずにはおれなかった。


 あの食事処…。


 美味しくハマってしまう一ヶ月の楽しみを無くすわけにはいかなかった。


 今日も彼処に行く。


 しかしその日は少しひど目の大雨だった。


 やめようかと思ったが何故か無性に食事処に行きたくて仕方なかった。


 大雨といってもこのくらいなら別に外に出ても大丈夫だ。


 川も氾濫するレベルじゃまったくない。


 それならニュースにも情報は流れるらしいし…。


 なら行ける。


 向こうもこのくらいじゃ休みにはしないだろう。


 だから向かうことにした。


 万全を気に…大きめの傘をさし、靴も長靴の様なものを履いて向かうことにした。


 これはもう意地とか動かされてる意思の様な気もしたが気の所為なのは確実なのと空腹で早めに向かった。


 今日もあの気持ちの悪い、生理的に背筋の凍るあの流れ川を通る。


 細目でなるべく早歩きで…。


 川の流れは少し速いくらいでそこまで全く洪水などが起きる気配はなかった。


 だからいつもの様に細目で速歩きで…。


 少し波は出ているがそれだけの川だった。


 はずだったが…。


 そしたらまた…聴こえてきた。


 あの透き通った川と対照的にぼそぼそと恨みや辛みのある地面に向かって嘆いてるような響かない黒い声が…。


 しかし今までより少しくっきりと聴こえ始めた。



 ……ヌヨ   ……ココデ  ……ヌヨ


 ソコ……  ……イシニ…  ヅイテ……


 耳が勝手にその声を拾ってしまう。


 聴こえてしまう…。


 そしてそのぼそぼそとした声が…この一言だけハッキリと聴こえた。



      ………シヌヨ………




 私は、驚きその声が聴こえた川の方向を振り向いた。


 蛇だ。


 あの蛇達が…。


 此方を確実に見ながら


  シヌヨ   シヌヨ シヌヨ  シヌヨ   シヌヨ シヌヨ   シヌヨ   シヌヨ    シヌヨ…。


 川の流れ音がもう確実に声になっていた。


 私は、恐怖した。


 脳が見せた幻覚…幻聴…幻影…。


 そんな理性的に考えるなんてこの時は出来なかった。


 走った。


 それはもう川を眼中に無いと思い込みながら走るしかなかった。


 気の所為、これは気の所為なはずだ!


 そう思い込んでも聴こえてしまう。


 そして見てしまう…。


 蛇が…透き通った大きな蛇が此方を見ていた。


 私の脳はもう理解を超えてしまったのか、大声で悲鳴を上げながら食事処に向かって走るしかなかった。


 しかし何故か走れど走れど、その場所に着かない…。


 もう着いてるはずなのに…。


 息が切れてきている…こんなに走っていれば着くはずなのに…!


 私は、どうかしてしまったのか。


 いるはずのないモノ…存在しない現象を今私は体験してしまっている。


 いないはずだ、こんな現象も起きないはずだ!


 いないんだ!だって川が大蛇になるなんてありえない!あれは、洪水の恐れを例えて作られた御伽噺…いや、与田話のはずなんだ!


 ほんとに川の様に大きな蛇がいるわけがない…。


 これは…そうか、きっと夢だ!


 明晰夢というもののはずだ…。


 私は、食事処に行く夢を見ていてこれは脳裏に残っていた知り合いの与田話が混濁した明晰夢なんだ!


 そうだ!それなら納得できる!


 ……そんなわけ無い。


 だってちゃんと布団起きたことも、朝ごはんを食べて、趣味事に昼まで時間費やして昼になったからあの食事処に向かっていて地に足を付けて歩いたことも……そしてあの嫌で嫌で仕方ない忌々しい川の横を通る嫌悪感も…。


 真実なんだ。


 これは事実なんだ。


 なら、これは実際に起きている現象なんだ。


 今…脳が見せているもの、聴かせているもの、鼻で嗅いでいるこの泥臭さと水臭さと…そしてこの地を走っていて息切れを起こしそうな疲労感…。


 現実なんだ今起きていることは。


 私は、知り合いを恨んだ。


 お門違いかもしれないけどあんな話を聞かせた挙げ句に、こんな…こんな事に巻き込まれている…襲われているのはあいつのせいだ!


 私は、恨み事を言いながら走っていた。


 いや、口に出す余裕はなかったので心で思っていた。


 私は、もう足を止めざる終えないくらい足が熱くなってきた。


 もう走れない…何されるかわからない…食べられる!


 私は…もうその場に留まり目を閉じるしかなかった。


 諦めた。


 川の音…いや、蛇の声が聴こえる…。


 シヌヨ  シヌヨ  シヌヨ  シヌヨ  シヌヨ 

 シヌヨ  シヌヨ シヌヨ シヌヨ…


 声がもうすぐそばに聴こえ最後に再び目を開けた。


 大きな大きな蛇が大きな口を開けて私を丸呑みにしようとしていた。


 あぁ…駄目だ…。


 いたんだな…恐れは…。


 私は、そのまま大蛇に呑まれた。


 苦しい…。


 溺れている様に苦しい…。


 私は、そのまま…。


 川に呑まれた…。







































































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