妹の中に僕は住む

灰湯

妹の中に僕は住む①

 僕の妹は苛めを受けている。理由は明白だった。整った容姿、八方美人の性格。苛められるには十分すぎるほどの条件だ。


 毎日のように上履きを隠され、机に落書きをされ、バケツ一杯の水を浴びる妹。そのたび妹は助けてくれと叫ぶ。僕は何も言えずに何も出来ずに、ただ唇を噛みしめる。ごめん、僕にはどうすることも出来ない。


 妹は家に帰ると自室に籠る。食事も摂らずに部屋の中で何かしている。自分の手首をカッターで切り裂いているのだ。痛い、自分を傷つけるのはやめた方がいいのに。どうして母さん達はこの行為に気が付かないのだろうか。部屋の外にいても、妹のすすり泣く声が聞こえるというのに。

 ああ、今日も何も出来ずに一日が終わってしまった。誰か妹を助けてくれ。


――――――――――――――――――――――――


 妹が校舎の屋上から飛び降りようとしている。安全柵の向こう側で風に吹かれ今にも落ちそうな妹。

 そんな時でも僕は何もできない。黙って妹を見守ることしか。

 教師たちが悲鳴を上げている。生徒たちが騒ぎ立て、怯える生徒や面白がる生徒が妹の心を揺さぶる。やめてくれ。これ以上は何も言わないでくれ。本当に妹が飛び降りてしまうと僕は叫んだ。だが誰も聞いてはいない。


 幸い、間一髪のところで教師が強制的に校舎内に引きずり戻した。よかったと僕は胸を撫で下ろした。

 その後は両親が学校に呼ばれ一部始終を伝えられた。母さんは悲しそうな顔で「どうして、こんなことを」とひたすら呟いていた。父さんは一言も話さなかった。妹は両親のことも教師のことも睨み付けていた。


 その姿を見ていると僕だけが妹を救えると思ってしまう。だけど、どうすればいいのだろう。たった一人の妹なのに僕には救うための力も資格もない。神様は不公平だ。


――――――――――――――――――――――――

 

 その晩、僕は夢を見た。僕が妹の姿になって苛めっ子たちの目の前に立っているのだ。いつも自身に満ち溢れた苛めっ子たちの顔は恐怖で歪んでいる。

 このまま奴らをやっつけてしまえば、もう妹は苛められなくて済む。

 僕はそう思った。

 仕返しと言っても何をすればいいだろうか。奴らに大怪我を負わせればいい?それとも息の根を止めればいい?

 思いつくには思いつく。いくらでも思いつける。でも、最後になっていつも思う。奴らを痛めつけても、殺しても、それをやったのは僕ではなく妹になってしまうのだ。僕は妹としてしか奴らに復讐できないのだから。

 やるしかない。それで妹が救われるなら。僕は地獄に落ちてもいい。

 だって、これくらいしかお兄ちゃんらしいことしてあげられないから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る