ep.20 「チキンステーキ」

 ──ライムがイニーと話しながら宿に向かって歩いている頃……



 in ???


「ねね、トルビーが美味しそうなの作ってる」

 猫っ毛の少年が羨ましそうに水晶球を眺めている。


「本当ですね、チキンステーキですか」

 黒いメイド服に身を包んだ黄緑色の切りっぱなしボブのメイドが、水晶球を覗き込んで言った。


 水晶球に映るトルビーはメイドが見覚えのあるボトルから、ソースをフライパンに回しかけている。


「……あ、これ「Ah チキン」の「ステーキのためのゴマだれ」じゃないでしょうか?」

 メイドがどこか嬉しそうな声色で言う。

 「Ah チキン」とはキラハで人気のチキンステーキ専門店だ。


「常備してあります。今夜はチキンステーキにしましょうか」

「わーい!」

 焦げ茶色の猫毛をした少年は、両の拳を上に突き上げて喜びを表現した。



 △▼△



「わぁ〜!」

 鉄板の上でキラキラと輝いて、グツグツと音を立てるソース。

 少年の目もソースに負けず劣らずキラッキラだ。


「いただきま〜す!」

 元気にそう言ってステーキを一切れ口に運ぶと、彼の目が更にキラッと輝いた。


「ゴマと焼き目の香ばしさ、甘めの味付けがチキンの旨みを引き立ててる……そしてやっぱり白米!ソースだけでもお米が止まらん!」

 4、5才の見た目に似合わない食リポを披露しながら白米をかき込む少年。


 その姿を見て微笑んでいるメイドの頭の中では、「少年の食いしん坊はどこから来ているのか」という問いが浮かんでいた。



「「おかわり!」」

 少年とその父の威勢の良い声が重なった。

 二人とも米粒ひとつ残っていないライス皿をメイドの方へ突き出していた。


「はいはい、お待ちください」

 メイドが優しい笑みを浮かべながら皿を受け取り、立ち上がった時には、先程の問いの答えは「父譲りなのだ」という結論に至っていた。



 △▼△



「手を合わせてください!」

 立ち上がった少年がそう音頭をとると、彼の父親と、メイドが言われた通りに音を立てずに手のひらを合わせた。


「せぇの!」

「「「ごちそうさまでした!」」」

 こうして三人で挨拶をしてから、三人で片付けをする事が彼らにとっての日課である。



 皿を6枚ほど重ねて、その上にフォークとナイフを3セット乗せる少年。


「そんなに一度に持って平気か?」

「はい!ボクは父様とうさまが思っていらっしゃるより力持ちなのです!」

 少年はそう言いながら、落とさないようにゆっくりとキッチンへ向かった。



「あっ!」

 先程強がりを言った少年だったが、言わずもがなバランスを崩してしまい、手から皿とカトラリーが雪崩のように落ちはじめた。

 皿は陶器製のため、落とせば割れてしまう。少年の顔は青ざめていた。



 ……バリンッ!という悲痛な音が立て続けに



 床に皿やカトラリーが着くギリギリ、少年が魔法で浮かせたのだった。


「ふぅ……危なかったぁ」

 左手のひらを上に向け、右手の人差し指で浮いている皿を指さすと手のひらの方へ、指先で弧を描いた。

 すると皿たちは少年の手のひらの上へ戻った。



「お皿運び、ありがとうございます」

 メイドが鉄板を金たわしで洗いながら、よいしょ、と言いながらキッチン台に皿を置く少年に言った。


「うん、今日も美味しかった〜!いつもありがと、エビネ!」

 そう言って屈託のない笑みをメイドに向ける少年。


 メイド改めエビネは、手に付いた泡を流すと手を拭き、膝をついて少年に視線を合わせた。

「急にどうなさったのですか、リル様。わたくしの方こそ、いつも美味しく召し上がって頂けて嬉しい限りです!」


「エビネが嬉しいとボクもうれしい〜!」

 そう言いながら駆けていく少年改めリルをエビネは死角に入るまで眺めていた。

 


 △▼△



 エビネが、丸く大きな月を臨むバルコニーで涼んでいると、ガラス張りの戸が開かれた。


「魔王様、どうなさいましたか」

 エビネがそう話しかけたのは、リルの父親だ。夕食の時とは雰囲気が違う。

 それもそのはず、頭には威圧的な雰囲気の大きな角が生えているのだから。


「少し風に当たりにね。リルは?」

 しかし魔王の人あたりに変わりは無い。相変わらず柔和な口調でエビネの問いに返す。

 そんな彼の手には丸い氷とウイスキーの入った透明なグラスが収まっていた。


「もうお休みになりましたよ」

 そう、エビネが答えると、魔王は「そうか」と短く答えた。



「……リルは、母に会えずに寂しくないのだろうか」

 そう言うと、魔王はグラスを傾けた。

 それによって氷が、カラン、と涼しげで寂しげな音を立てた。


「どうでしょうか……私には分かりかねます」

 エビネの気まずそうな声色を聞いて、魔王は答えにくい質問をしたことをと謝ろうとしたが、彼が口を開く前にエビネが「しかし……」と話し出した。


「もし私がリル様の立場であったなら、父上と毎日遊ぶことができて、魔法を教えて貰うことができて、食卓を囲むことができて……幸せで充実した日々だと感じていると思います」


「そうか。ならキミの美味しい料理を毎日食べられるというのも幸せの一因であろうな」

「……嬉しいことをおっしゃりますね」

 そう、魔王に笑いかけたが、照れ隠しなのか、先程は生えていなかったヤモリのような黄緑色の尾を体に巻き付けるエビネだった。




「……盗み見はよくないでしょ、リルくん」

「ひゃっ!?」

 急に話しかけられて思わず声を漏らしたリル。

 その声を怪しがってこちらを向きそうな魔王とエビネの様子を察知し、リルは話しかけてきた人物に飛びかかり、二人の死角へと押し込んだ。


 今、リルに押し倒されていて、先程リルに話しかけたのは……

「トルビーくん!二人にバレちゃうでしょっ?!」

 慌てた様子で声を潜めて言うリル。

 その様子に、トルビーは満足気に笑うと、膝の上のリルを抱き上げて、立たせてから続けた。


「ご報告に参りました。リルくん」

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