第7話 価値観の違い

第一子の海斗が産まれたことで、春樹と七海の夫婦関係は明らかに変わってしまった。

そのことで、何度も話し合いをした。直接だと、七海が泣いて途中で話が終わってしまうことや、春樹が部屋を出ていくこともあるため、記録に残るようメッセージアプリでやり取りすることにした。



その中で、考え方の違いを知る。


春樹は人生を階段でイメージしていた。

恋人、夫婦、家族と一段ずつ階段を昇っていく感じだ。例えるなら、スポーツの小学生リーグから中学生リーグに変わるように、中学生になったら小学生リーグには戻れない。今いる場所で頑張るしかない。と思っている。


七海が「子どもが産まれて家族が増えても、夫婦の時間も楽しみたい」と言うのは、春樹に言わせれば、中学生リーグにいながら、たまには小学生リーグの試合も楽しみたいと言ってるようなもので、全く理解出来なかった。



夫婦から家族という階段を昇ったのに、「夫婦でもいたい」と言うのは、階段を下りることになる。甘えや戯言を言わず、今いる場所で頑張ろうとしてほしい。春樹はそう思っていたようだ。



一方、七海は人生をマラソンのようなイメージで捉えていた。

人生という長い道を歩み続ける。その中で、共に手を取り合うパートナー(夫)や家族が増えていく。形は変わっても、相手との距離感や関係性は変わらない。



隣にいるのが子どもなら"母"、夫なら"妻"として、夫と子どもがいたら"家族"として歩み、その時その時で関係は変化していく。


人は誰でも、会社や家庭、友人同士など、いる場によって違う顔や役割がある。「今のあなたの役目はこれ!」と一つに定めなくてもいいと七海は思ってた。



どちらが正しい、あるいは間違っているというより価値観や考え方の違いだろう。ただ、その価値観の違いに対しどう接するかが問題だった。


春樹は、相手の気持ちを理解しようと歩み寄ったり、すり合わせを行ったりするのではなく、ただ叱咤激励をしているだけに見えた。まるで一方通行の道を進んでいるようだった。




子どもが産まれてから夫婦関係は悪化した。初めての育児で生活リズムの変化や心の余裕がなくなる七海を見て、春樹は苛立ち態度が冷たくなった。涙した時に優しくぬぐってくれる彼はもういない。



日常生活だけでなく夜の生活にも影響があった。


海斗が産まれてから10か月が経った頃、カレンダーに予定を入れていた時にふと営みがなくなった事に気が付いた。妊娠期間も含めればもう2年以上だ。



産まれてしばらくして、情緒不安定になっていることを詫びて手を握った時はすぐに振り払われてしまった。

その後も何度か手を握ったりしたことはあるが、いつもあからさまに嫌悪感に満ちた顔で離れていく。その顔を見るのも悲しくなり七海もスキンシップ自体を避けるようになった。



日本がレスの多い国だとは知っていたし、いずれなくなるものだとは思っていたが予想以上に早く「いずれ」の時期になったことに驚愕した。そして寂しさを覚えた。




性欲が強いわけでもどうしてもしたいわけではない。

手を繋ぐ、抱きつく、キスをする、付き合っていた当初はなんのためらいもなく出来ていた事が、今は相手の顔色を窺っている。そして拒否されることばかりだ。欲望としてではなく、自分にはこの人がいるという安心感を求めていた。




そんなある日の夜、寝室で寝ていると春樹が突然後ろから抱き着いてきた。

普段は海斗以外に触れることがないため、手の大きさや腕の太さ、背中から伝わる熱が大人の男だと思い心臓がバクバクした。もっともときめきではなく、怪訝に思う気持ちが強かった。



「今日、生理?」


久々の営みの会話の一言目がこの台詞でげんなりした。七海は無言だったが自ら指を入れ確認をして違うことが分かりそのまま続けた。



「最近、七海が母親らしくなってきて嬉しいよ。2人目を作らないか」



この言葉で春樹の目的を理解した。男女の営みではない。春樹がしたいのは子孫繁栄だ。

準備万端のようで春樹のものが近づいてくる。


思いやりや愛情などは全く感じられず、一方的な交わりが続いた。まるで動物の交配だと思いながらも、七海は拒めなかった。


今拒めば今後一切、触れ合うことがなくなるかもしれない。このまま誰とも触れることがないまま終わるかもしれないことを恐れた。

そして、徐々に身体が反応してくることも拒めない自分も後になり嫌悪感に苛まれた。


こんなことが何回か続き、海斗が1歳を迎えてすぐ七海は2人目を妊娠した。



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