第5話 ミスタ・フルッタ・ディ・スタジョーネ

【第五話】 ミスタ・フルッタ・ディ・スタジョーネ

「ほな、第二ラウンドといこっか」

 円珠先輩が右腕を振り下ろし、開始の合図をする。刹那、檸檬が飛び込んできた。

 「先手必勝ですよ!来夢先輩!」

 檸檬が叫ぶ。

 「リモーネ―檸檬―」 

 「うっ⁉」

 目の前の世界が黄色になった。液体のようなものが頬を伝う。

 次の瞬間、目の前が見えなくなった。いや、痛くて開けられないというべきか。液体のようなものが目に染みる。それにこの匂い…もしかして…。

「気づきました?そうです!私のマジアはリモーネ!レモンやレモン汁を自在に体から放出できる能力なんですよ!」

まずい…これじゃまともに立つのも厳しい。

「いきますよ!」

 檸檬が目にもとまらぬ速さで追撃を加えてくる。1,2,3発と体に刻まれる斬撃をただ耐えるほかなかった。て、手強い…。だが、徐々に視界も開けてきた。痛みも随分治まってきた。これなら反転攻勢も…。

「甘いですね…。リモーネ―檸檬―」

 再びレモン汁が、しかも先ほどのそれよりもさらに多量のレモン汁がこちらに襲い掛かってくる。今度は避けられる…。

「トゥリスタ―旅人―…、あ、あれ?」

 おかしい、移動できない。もう一回!

「トゥリスタ―旅人―…やっぱり発動しない…うっ⁉」

 能力を発動できず焦っていたが、やはり間に合わなかった。激しいレモン汁をくらい、立ち上がれなくなったところを…檸檬に討ち取られ敗北した。

 「どうですか⁉私のマジア⁉」

 檸檬が語り掛けてきた。

 「すごいね。ただのレモン汁がここまで実践に応用できるなんて」

 「でしょ!これで街の人たちを見返してやる!」

 「街って地元の歌館のこと?なにかあったの?」

 「そうなんですぅ…。聞いてくださいよぉ。ここに来るまでに起きた壮絶な事件を…」

 ―私が先月行われた能力査定検査で、A判定になった時の話です。地元の町内会の人たちが壮行会を兼ねた宴会を開いてくれたんですよ。歌館市内の居酒屋で。

 いっぱい料理が出てきて、その中にから揚げが入っていたんですよね。あ、ここは自分の出番だって思って。出てきた10人前のから揚げに得意のリモーネでレモン汁をかけたんですよ。喜んでくれると思って。そしたら何故か大ブーイング。次の日の見送りにはほとんど誰も来てくれなかったんですよ!―

 檸檬が語ったその事件の全貌を聞き終え、恐怖を覚えた。この子に。え、から揚げに即レモンかけちゃうの⁉しかも、店のやつじゃなくて、自分の身体から出てきたやつを⁉衛生的にダメじゃん!末恐ろしい。

 「た、確かに凄惨だね…」

 「やっぱりそうですよね⁉」 

 反応に困っているとエリナと戦い終えたももが助け舟を出してくれた。

 「先輩を困らせちゃだめだよっ、檸檬ちゃん」

 「あ…ごめんなさい、つい熱くなっちゃって」

 「檸檬ちゃんは次エリナ先輩と練習だよ、来夢先輩とは私がやるから」

 そういうと一礼だけ、し終えてから檸檬はエリナのもとに向かった。

 「ありがと、もも!」

 「い、いえ、それではお相手よろしくお願いします…」

 少しかすれた声で挨拶を済ませるもも、相変わらず可愛い…。

 ほな、と円珠先輩の点呼で第三ラウンドがスタートした。

 今度は間合いを確かめ、慎重に動く。先ほどの二の舞は避けたい。

 こちらを警戒しているのか、ももも動きを見せない。この様子なら…。

 「トゥリスタ―旅人―」

瞬間移動して、ももの背後に回り込む。

「来ましたね、来夢先輩。ぺスカ―白桃―」

マジア名を呟くもも。ももの方に視線をやると、みずみずしい白桃が一玉、ももの掌のうえにあった。

「後ろに居るのは分かってるんですよ…。来夢先輩…。」

刹那、ももは体勢を変え、私を…組み伏せた。

 呆気にとられているわたしの口に、ももは白桃を一玉まるごと押し付けてきた。

 「さぁ、食べてください!来夢先輩!」

 「ちょっまっ…んふーんん―――っっンン⁉」 

 ももが押し付けてきた白桃が口を塞ぎ、喋ることができない。

 「終わりです、来夢先輩」

 動けない私の身体の上に乗ったままのももは、対魔剣を当て戦闘は決着を迎えた。


 し、死ぬかと思った…。それにしても、あの子あんな怖い子だったっけ⁉

「大丈夫ですか…?来夢先輩…」

「大丈夫‥にしても今のマジアは何⁉」 

「私のマジア、ぺスカ―白桃―です。効果は…桃を自在に出したり出来ることです…」

ももはまだ何か言おうとしていたが、円珠先輩が声を掛けてきたので、一旦その場を離脱する。 

「どうやった?初めての手合わせは」

「まだ不慣れですが、とりあえず基礎は叩き込めたような気がします」

「そらよかったわ。それで、一個頼みがあるんやけど、聞いてくれんか」

引き受けてくれへんか、と言わないあたり最初からやらせる気だ、この人は。

「あんたと、エリナは対決まで12日間ほど、ちょっとでもええから雫理亜となかようしてくれ」

敵情視察、あるいは心理的に戦いづらくすることが狙いか。いずれにせよ断る理由はない。

「いいですよ、雫理亜先輩ダイスキですし」

「うん、助かるわ!疲れたやろうし、今日はここまでにしよか!」

あれ、意外と優しい?私がこの人を偏見で見てた‥だけ?

 いつもより随分と優しくなった円珠先輩に少しだけ申し訳のなさを覚えた。


「じゃ、気ぃ付けて帰れよぉ」

円珠先輩はそういって自転車に跨り、ここから南に2キロ、市境にある反麻川(そるまがわ)を越えた先、四賀市(しかし)にある学生寮へと帰っていった。一方、私とエリナは生徒会の雑務で居残っている雫理亜先輩を待つことにした。日も暮れており、あたりは少しだけ暗い。

待つこと20分、目当ての雫理亜先輩が校門前に現れた。

「やぁ、待たせたね」

「いえ、滅相もないです!お疲れ様です」

「じゃ、せっかく誘ってくれたことだしご飯食べに行こっか」

 そう言って歩き出した雫理亜先輩の横に付いて私たちも歩き出した。校門前にある彼方学園前駅のコンコースを抜け、反対側・駅西口は多数の飲食店が軒を連ねる一人暮らし学生にとっての天国である。

「で、どこで食べる?」

「財布と相談した上だと、あそこのファミレスがよさげですけどね。安くて美味しいし。」

 「エリナ君はどこがいいんだい?」

 「わたしこういうチェーン店とか一切行ったことなくって…。よくわからないんです」

 そう話すエリナに、ありえないとばかりに驚いた表情を見せる雫理亜先輩。

 「噓だろう⁉君は一体どんな暮らしをしていたんだい?」

 「あ、エリナのお家ってかなりお金持ちで…。あまり外食とかしないんですよ」

 うんうんと大きく頷くエリナ。納得したのか表情を切り替える雫理亜先輩。

 「人様の事情に少し突っ込みが過ぎたようだ。申し訳ない」

 「いえいえ、気にしないで下さい!それより早く入りましょ!」

 お腹の虫さんも我慢の限界だったようなので、エリナの意見に全肯定し、ファミレス〈フェスタ〉に入店する。店内は比較的空いており、2分ほど待ってから店員さんに座席の案内をされた。タブレットを3人で回しあい、ひとしきり注文してから話を切り出す。

 「そういえば雫理亜先輩はどちらの出身ですか?」

 「私か?私は水の都・水城(みずき)出身だ。君たちは?」

 「私たちは二人とも洛都出身なんですよ。エリナと一年違いで私がこっちに来た感じです」

 「そうか、二人とも洛都か。いいじゃないか、世界でもトップクラスに栄えている大都市だ」

 「いやぁ、私たち高校生にしたら洛都も真坂も変わんないですよ」

 「今はな。だが今後何かしようと思うなら選択肢が多いに越したことはない」

 そう語る雫理亜先輩は少し寂しそうであった。空気が重くなりそうな気がしたので急いで切り替えを試みる。 

 「そういえば、雫理亜先輩、口調変わりました?一人称も少し前から僕じゃないですし」

 「あぁ、あまり深く知らない人には基本的に僕って言うようにしているんだ。これだけで鬱陶しいやつの大半は眼前から消え失せる」

 「じゃあ、なんで私たちには一人称を変えてくれるんですか?」

 「そりゃ、君たちは鬱陶しくないからな。敬意や愛情で接してくれる人を邪険にする必要はない」

 「雫理亜先輩っ」

 二人して感激していた。一生この人について行こ…。

 「ほら、もう商品が届いたぞ」

 気が付くと複数のトレーを載せた運搬用のロボットが、机の前で佇んでいた。

 ご注文の商品が到着しました、とだけ繰り替えすそれから、商品を受け取り完了ボタンを押してもとに戻す。

 届いたハンバーグディッシュ、ライス大盛りを平らげ、全員が食べ終わるとタブレットで食後のデザート選びを始める。

 「みんなで食べるなら、これいいんじゃないか」

 そう言って雫理亜先輩が指差したのは、フルーツの盛り合わせだった。

 「いいですね、これ」

 「だろ、ここに来たら毎回頼むんだ」

 そうして届いたフルーツの盛り合わせを、スマホで撮ってから自分の皿によそう。

 「なんだ、来夢はレモンと桃食べないのか?」

 「いやぁ、ちょっと色々ありまして…。しばらくは遠慮したいですね…」

 そう言って、今日の練習の出来事を話す。笑われるかと思ったが、そうではなさそうだった。

 「レモンと桃を操る…。李はそんな話をしていなかったが…いや、あるいは…」

 ここでエリナに肘鉄をくらう。

 「来夢なんで全部言っちゃうの⁉」

 しまった、と思ったがもう遅かった。

 「貴重な情報をありがとう。この礼はどこかでするよ」

 「い…今の話無かったことには…」

 「それは些か難しいな。だが、こちらだけ情報を掴んでいるのもフェアじゃない。うちの部員データを渡すからそれでおあいこだ」

 そう言って雫理亜先輩は鞄の中からファイルを取り出し、開いた。

 「まずは一人目、北大路明火(きたおおじあけび)。彼女のマジアはフーモ―火煙―。煙を起こす。」

 「二人目は、梅津雲雀(うめづひばり)。彼女のマジアはトゥウィッタ―囀り―。鳥の群れで相手を攻撃する。今日あかせるのはこの二人だけだ」

 「ありがとうございます!」

 正々堂々と勝負するために情報を渡してくれた雫理亜先輩には、尊敬以外の言葉が見当たらない。本当に感謝します。

 「ところでお手洗いは行かなくてもいいのかい?電停にトイレはないし、駅のは混む。今行っておいた方がいい」

 そうさせていただきます、と二人でトイレに行き用を済ませると既に雫理亜先輩が会計をし終えた後であった。

 「いや、流石に悪いですよ!ここは食べた分払いますから!」

 「いや、いい。誘ってもらったせめてもの礼だ。何より君たちと違って、私にはアルバイトで得た収入がある。ここは私が払うよ」

 「雫理亜先輩…」

 二人の目には涙さえ出そうな勢いがあった。 

 「代わりに、決闘のときは互いに手加減なしだ。どんな手を使ってでも勝つ。それを意識するんだ」

 はい!と答え、コンコースでエリナを見送った後、雫理亜先輩とホームで電車を待つ。

 「…君は瞬間移動が出来るんじゃ…?」

 「そうなんですけど、ここの定期券を持ってると、洛鉄グループの店とか施設とか割引がきくんですよぉ!」

 「そうなのか。三年になって初めて知ったよ」

 「グループには遊園地とかもありますから!今度一緒に行きましょうね!」

 「あぁ、時間を作れるよう努力するよ。あ、来た」

やってきた各駅停車に乗り込む。

「来夢はどこで降りるんだ?」

「私は二駅先の黒羽です!雫理亜先輩は?」

「もう少し先の吉斗市(きっとし)駅だ。私生活まで真坂で過ごすのは嫌だからな」

「なるほどぉ、理解はできます。ただ遠いと何かあったとき大変じゃないですか?」

 「その何かがあったら学校どころじゃないよ。あと君がそんな発言するの、面白いね」

 そう言って雫理亜先輩は笑っていた。あまりにも新鮮で眩しかった。 

 「おっと、もう次は黒羽だね。今日は楽しかったよ。ありがとう!」

 「こちらこそ!ご馳走様でした!それから…」

 そう言って雫理亜先輩の耳元で囁く。

 「遊園地、絶対行きましょうね」

 少しだけ顔を赤らめた雫理亜先輩が、うんと言っているのが聞こえた。

 「じゃあ、おやすみなさい~」

 そう言って開いたドアから降りて、雫理亜先輩に一礼して発車する電車を見送った。

【第五話】ミスタ・フルッタ・ディ・スタジョーネ

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