みんなええ子やと、彼は喜ぶ

「風邪?」

『えぇ……』


 朝の報せにしては突然だった。

 人間である以上は風邪になるのもおかしな話ではないが、体調管理に関して気を配っている有栖だっても風邪は引くようだ。

 ……こう言ってはなんだが少し安心した。

 有栖もちゃんと人の子だったんだなと。


『こら、何か失礼なこと考えてない?』

「有栖も人の子だったんだなと」

『なによそれ……』

「ま、何でもないさ。それよりもすぐに治してくれ……って言うのも変かな? 早く治してくれないと寂しいしさ」

『分かってるわ。今日はしっかり安静にするわね』

「おう」


 それから少し話をした後、通話は終わった。


「風邪だったのですかな?」

「珍しいけどそうらしい」

「ははっ、初めてかもしれませんな」


 有栖が風邪を引く……というのは、確か原作でも描かれるようなことはなかったはずだ。

 主人公が風邪を引く描写があって、ヒロインたちが代わる代わるお見舞いに来るシーンはあったが……まあでも、こういう形でも有栖が居ないのは寂しいが仕方ない。


「行こう桜木さん」


 桜木さんの運転する車に乗り、一人での登校となった。

 ということは今日もあの日みたいに何かあるか……そんなことを考えながらも、学園に着いた時には堂々としたものだった。

 最近は当然のように有栖が傍に居るため、こうして一人で歩いているとそれもまた珍しいのかよく見られる。


(でも、確かに減っては来たか)


 女子からの視線は圧倒的に減り、残っているのは男子だけだ。

 女子に関しては有栖がそれとなく根回しというか、色々と伝えてくれているみたいなのでそれも大きいみたいだな。


「おはようさ~ん」


 挨拶もそこそこに教室に入ると、誰も返事は返してくれないとそう思っていたが……。


「おはよう十六夜君」

「お、おう……」

「おはよう」

「あ、あぁ……」


 まさかの挨拶が帰ってきた。

 教室の入口近くに座っている男子二人で、別に友人というほど親しい間柄でもなく、それどころか全く会話をしたことはない。

 だからか盛大に驚いてしまったが、これもまた変化なのかなと嬉しくなりつい笑みが零れる。


「……悪くないな」


 まだ高校一年の冬前……全然やり直しは可能だろう。

 席に付いて荷物を整理していると、突然教室が騒がしくなり、何事かと視線を向けた。

 すると扉の方からソフィアとフィリアが顔を覗かせていた。


「何してんだあの二人」


 ちなみにこれは有栖から聞いた話だが、彼女たち二人は原作のように没落しなかったのと、婚約者が居ないことで色々な家からのアプローチが後を絶たないらしい。

 彼女たちの両親は家が無事だったとはいえ、一歩間違えたら全てが終わっていたというのを経験したため、より一層事業に対する丁寧さも洗練されてどんどん大きくなっている。


「……あ」

「居た」


 用は俺か……?

 目が合った二人は堂々と教室に入り、そのまま真っ直ぐ俺の元へと向かってきた。


「おはよう彰人君」

「おはよう」

「おはよう二人とも」


 今日も今日とてあまりにも似すぎている二人だ。

 だがやはりどちらがソフィアでフィリアなのか、俺にはバッチリと分かってしまうが……とはいえ、まだ見分けられることについてはソフィアしか知らないんだよな。


「どうしたんだ?」

「あぁうん。今日、有栖さんお休みでしょ?」

「実は連絡があって。今日、彰人君の傍に居てあげてほしいって」

「有栖が?」


 どうやらこうして二人が来たのは有栖が頼んだかららしい。

 でも傍に居てあげてほしいって……俺はそんなに一人だと彼女を不安にさせてしまうんだろうか。

 そこまでしてもらわなくても大丈夫だという自信はあるが、せっかくの気遣いだし……う~ん。


「その……別に大丈夫っちゃ大丈夫だぞ?」

「みたいだね。でも頼まれちゃったから」

「そうそう。だから授業以外は傍に居ようかなって」


 そう言って二人は俺の両隣に座った。

 正に両手に花という状態ではあるが、果たしてこれでまたどんな風に言われてしまうのか……想像はしたくないが、二人もそれは分かっているはずだけど、それでも傍に居てくれると言うのなら安心するな。


「ありがとう」

「ううん」

「良いよ全然」


 お礼を言えば、二人とも笑顔で頷いてくれた。

 そこからはとにかくフィリアが俺に話を振ってくれるので、俺はそれに答えるように会話を広げていき、ソフィアはフィリアほど話さないが楽しそうにしているのは凄く分かる。


(最近のフィリア……なんか凄く可愛くない?)


 ふと、そんなことを思った。

 フィリアもソフィアも可愛いし美人というのは、誰もが考えることだと思っているし、有栖だって二人のことは超が付くほどの美人だと言っているくらいだ。

 でも、何故かふとそう思ったのである。


「フィリア?」

「なあに?」

「いや……」

「??」


 一瞬とはいえ、ヤンデレに覚醒する兆しをフィリアは見せた。

 しかしそれをギャグのような流れで食い止めることが出来たし、運命の人とやらが結果的に俺だったことについても、あれからは全くそのことを聞かれることもなく……。

 その代わりにこうして普通の会話というか、美少女が笑顔を輝かせて話を振ってくるのでそれはもうただの美少女というか……すまん。

 俺も自分で何を言ってるのか分からなくなってきた。


「ねえ彰人君」

「うん?」

「その……やっぱり彰人君と話すの凄く楽しい」

「そ、そうか……」


 そして時々、フィリアはこんなことを言ってくる。

 その度に彼女は顔を赤くして下を向くので、明らかに意識されていることが伝わってくるので俺も反応に困ってしまう。


「……………」


 顔を赤くするフィリアをジッと見ていると、彼女はあちらこちらに視線を泳がせ、たまらなくなったのか立ち上がってお手洗いに向かった。


「流石だね、彰人君」

「いや俺は……」

「フィリア……あの日から別の意味で彰人君の話ばかりなんだ」


 残ったソフィアに詳しく聞いた。

 何でもローラン家に俺と有栖が言ったあの日から、フィリアは運命の人などと言うのは家族の前でしなくなったらしい。

 だがソフィア相手には俺の話を一度でもすると止まらなくなったようで、常に何かしら俺に対する会話が展開されているらしい。


「まあ、私も嫌じゃないけど盛り上がるんだけどね」

「そうか……」

「うん。さてと……それにしても、随分と見られちゃってるね」


 俺に向けていた柔らかな表情は一転し、無機質な物となってソフィアは周りを眺める。


「普段こっちに来たりしないのと、君たちだからじゃないか?」

「ローラン家として注目されているのは分かるけど、何だろう……不快な視線かも」

「不快?」


 不快だと、ソフィアはそう言った。

 ジロジロと見られることが不快なのかと思ったが、別にそれはどうでも良いらしく、何故不快に思ったのかその理由をソフィアは話した。


「詳しくは言わない……敢えて言うと、どうして……なんでっていう視線かな。あなたたちには何も関係ないよねって言いたくなる」

「……あ~」


 そうか、そういうことか。

 ソフィアは自分に向けられた視線よりも、俺に向けられるどうしてっていう視線に対して不快に思ったのだ。

 その視線の出所は明らかに俺よりも家の格が上の所……分かりやすいのは見るからにローラン家との繋がりを求めている男子ってところだ。


「私と彰人君は友人……それを邪魔されるのは嫌だから」

「そうだな……ありがとうソフィア。そんな風に思ってくれるのは凄く嬉しい」

「ううん、私は普通のことを言ってるだけ……もしもこれで私たちの仲が拗れたりしたら、私はその原因を許せないから」

「……………」


 冷気を纏ったような瞳でソフィアは彼らを睨む。

 そうして彼らの視線は消え失せたが、やはりこういう世界はどこも家の格が全面的に出るんだなと思い知らされる。


「……本来、俺みたいな存在はすぐに潰されてたんだろうな。そう考えると有栖には本当に感謝しかない」

「ないとは言い切れないけど、それは仮定の話。今の彰人君はそんな心配ないよ。仮に誰の反感を買ったとしても、感情的に手を出してしまったら終わることを彼らは理解している。それだけ西条家の力は大きく、有栖さんはあなたのことを考えてる」

「あぁ……って、そう言われると俺の方が怖くなるんだが」

「それに」

「それに?」

「ローラン家も一緒。あなたに何かあったら、私もフィリアもその相手を地獄の底まで逃しはしない」


 逃しはしない、その言葉の後にガタガタと椅子が揺れる音がした。

 果たして今の言葉に何を感じての動揺かは知らないが、その動揺した何者かはおそらく……俺が有栖と婚約者でなかったら、そうしてやると思っていた連中なのだろう。


(って……もしスムーズに最初、有栖と婚約が解消されていたら俺ってもう消されてたのか?)


 今となっては、有栖との婚約解消は考えられない。

 しかしそうなっていた未来もあったんだなと思うと、本当に崖っぷちを俺は歩いていたようだ。


「彰人君は、今日お見舞いに行くの?」

「もちろんだ。有栖の場合は移すから来ないでって言うだろうけど、ここは行くのが婚約者ってもんだろうし」

「きっと喜ぶと思う」


 有栖のことまで考えてくれる……フィリアもそうだけど、ソフィアも凄くええ子やないか。

 そう思わずには居られなかった。





(なんつうか……良い子ばっかりやないか。フィリアのヤンデレ化を阻止出来たし、ソフィアも変わらずでほんまええ子ばっかや! あんな度を越えたヤンデレは物語の世界だけなんだなぁ)

(そうだよ、私たちは友人なの……ううん、私はもっとも彰人君と距離の近い友人になるの。そうして絆を深め合って、友人という枠を越えるその瞬間を私は求めてる……ふふっ、彰人君は決して私に対して嫌な感情は持っていない……それがまず安心するし、何より私の心を満たす。こういう時、男の子だったら何も気にせず彰人君と仲良く出来るんだろうな……触れ合いどころか、沢山のことが一緒に出来る……ううん、でも男の子だったらこの胸のときめきもないだろうし、何より彼は今の私に優しい目を向けてくれているから)

(あぁもう……っ! 照れちゃってお手洗いに逃げるとか子供!? 私って自分で思うくらいに子供!? でも……でもしょうがない。だって照れちゃったから……)

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