まさかの事実

「うがああああああああああ湊ぉ……」

「ど、どうしたの兄さん!?」


 夕飯の後、俺は湊の部屋に訪れていた。

 特に苦労したわけではないが、天音さんの事情が無事に解決したことで安心したのもあるが、それ以上にここ最近の疲れが一気に出てきたのかもしれない。


『お疲れですか? 私が何か出来ることはございますでしょうか? 彰人様を癒すためでしたら、なんだってご命令を聞かせていただきます♪』


 有栖が帰った後、天音さんがそう言ってきた。

 なんでも!? なんてリアクションをしそうになったのだが、本当に何でもしてくれそうだったので逆に怖気付いてしまい、また今度頼むよと言って逃げてきたわけだ。


(……天音さんの忠誠心というか、使用人として主人を癒そうっていう気持ちがこれでもかと伝わってくるんだよな)


 それは、彼女を使用人としている俺からすれば嬉しいことだ。

 それだけ信頼してくれていること、そこまでして俺が尽くしたい相手だと言うことだから……けど、その身に纏う雰囲気があまりにエロくて本当に落ち着かないんだ。


「迷惑なら出て行くけど、どうだ?」

「迷惑なんかじゃないよ? ただちょっと驚いて」

「そっか、なら良いな!」


 椅子に座る湊の背後から、軽く体重をかけるように抱き着く。

 頭を撫でても照れ臭そうにする湊だが、こうして抱き着けばそれ以上に顔を赤くして照れてしまう。

 今の俺にとって有栖がもっとも身近な存在とはいえ、やはり転生した身ではあっても身内のことは可愛がりたくなるものらしい。


「ちょっと兄さん……くすぐったいかも」

「え? そうか? 俺は全然くすぐったくないけど」

「そりゃあ兄さんが触ってきてるからでしょ!?」

「……そうだったのか」

「あのさ、もしかしなくても揶揄ってる」

「おう」


 自信持って頷けば、湊ははぁっとため息を吐いた。

 しかしそれでも俺を振り払わないのは弟としての優しさか……でもこんな風に湊と仲良くなれたのもやっぱり感慨深いものがある。


「じゃ、止めるわ」


 スッと湊から離れ、この部屋に来た時の定位置でもあるソファに座る。

 少しだけ乱れた髪の毛や寝間着を整えた湊は、少しだけ不満げにしながら隣へと座った。


「……えっと、嫌ならほんとに戻るから言ってくれな?」

「へっ? ううん、そういうのじゃないんだよ。だから安心して」

「そうか? なら良いんだが……」


 湊はふぅっと息を吐き、俺へと視線を投げかける。


「それで? 何がそんなに疲れたの?」

「ほら、色々あったからよ」


 そう言えば、湊は察したかのようにクスッと笑った。

 弟ということもあって俺の事情のことを彼も知っており、多くを説明しなくても理解してくれるのが助かる。

 学園で苦労していることや、天音さんのために動いたことも全部だ。


「色々あって……それで考えたこともあってな」

「考えたこと?」


 そして、ここからは湊も知らないことだ。

 それは俺自身が考え始めたこと……今のところ、これは有栖だけにしか打ち明けていない気持ちの変化に関するものだ。


「ほら、俺には色んなことが役不足だって話をしただろ? それは今も全く変わってないんだが、今回の天音さんのこともそうだし……もしかしたら他にも、俺が十六夜だからこそやれることがあんのかなって。俺が今の立場だからこそ、助けられることもあんのかなってさ」

「なるほどね。その重みに耐え切れないって兄さんは思ってるけど、それがあるからこそ助けられる人たちが居る……そこにジレンマを抱えているわけだ」

「まあな」

「……兄さんがそんな悩みを抱くようになったなんてね。でもそれもまた兄さんの変化ってやつかな」


 結局は宙ぶらりんだけどな。

 有栖に長い目で見て考えれば良いと言われはしたが、それでも色々と考えちまうお年頃なわけだ。

 俺には無理だと、その気持ちは全く変わらない……でも支えてくれる人や思いがあることを知ってしまうと、俺でも頑張れるんじゃないかって考えちまうんだよ。


「人間らしいよ兄さんは」

「なんだよ、俺の事を化け物とでも思ってたのか?」

「そうじゃなくてさ。前の兄さんはこの家を継ぐって言ってた……その、何もない愚民とは違い選ばれた人間だからとか言ってさ」

「……………」


 おい、おいマジで彰人。

 彰人ってマジでどういう思考回路してんだ……? これさ、絶対作者さんが彰人は頭がおかしすぎるってツッコミを怖がって描写省いてるだろ!


「父さんや母さんの前ではいい子ぶってたけど、とにかく以前の兄さんはそんなことを言ってた。だから今みたいに、多くのことを考えて悩む姿には凄く共感出来るって思ったんだ」

「それが人間らしいってことか?」

「うん」


 なるほどなぁ……確かに人間らしいと言われればそうかもしれない。


「後は……こんな風にボクと時間を作ってくれること、それがボクにとっては凄く嬉しいかな」

「湊……お前、可愛すぎんか?」

「か、かわっ!?」


 いやさ、本当に可愛いと思う。

 以前まではイケメンだとか思ってたけど、こうして弟として接していると可愛いが勝つ……あぁあれかもな。

 俺ってずっと一人っ子だったからさ……それで弟っていう存在がいざ出来たから可愛くて仕方ないんだろう。


「おらおら、照れやがってこのこの!」

「に、兄さん!?」


 肩に腕を回し、思いっ切り抱き寄せて頭をわしゃわしゃする。

 せっかく乾かしたサラサラの髪が乱れてしまうが、そのことをちょっとだけ悪いと思いつつも一切止めない。

 思った以上に良い匂いなのと、俺なんかと違って華奢な湊の体は小さくそしてどこか柔らかい。


「もう! 髪の毛がボサボサじゃないか!」

「……ごめんなさい」


 はい、当然怒られましたとさ。

 しかしそれでも湊は本気で怒っているわけではなく、やはりどこか楽しそうな様子は隠せていない。

 とはいえ湊のおかげで大分癒されたな……そろそろ部屋に戻るかと思ったところで、俺はまさかの言葉を聞くことになるのだった。


「……本当にここ最近は、兄さんとのことで安心することが増えたよ。少し気にしてた部分はあったんだよね……兄さんはたぶん、義理の弟であるボクのことをずっと嫌いなんだろうなってさ」

「まあ今の俺は……うん?」


 ……うん?

 ………うん!?

 …………ちょっと待て!?


「すまん湊……なんて言った?」

「兄さんは、義理の弟であるボクのことを嫌いなんだろうなって」


 ……義理の弟って何?

 まさかの言葉に自分の頬を抓ったが、普通に激痛が走ったので夢ではないらしい……え? 湊が義理の弟……ごめん何それ。


「取り敢えず……嫌いじゃないから安心してくれな?」

「うん。そう言ってくれると嬉しいよ」


 渦巻く疑問を胸に秘めたまま、湊の部屋を出た。

 そのまま自室に戻ってベッドに飛び込み、ボーッとしながら天井を眺めて時間が過ぎていく。


「……湊が義理の弟?」


 湊って彰人と血の繋がった弟じゃなかったのか……?

 確かに原作でもそこまで十六夜家に関しての深堀はなかったし、彰人が消えたことで湊が十六夜家の跡取りになる……というのが本来の流れだ。


「……どうなってるんだ?」


 あの様子だと、彰人は元々湊が義弟だと知ってたことだ。

 別に湊自体が隠していたわけでもないし、そうなると天音さんを含めて他の使用人も知ってる……のか?


「……えぇ?」


 ……取り敢えず寝よう。

 本当にもう色々と疲れたわ。

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