運命の糸はあなたを逃がさない

「……………」

「……………」


 車の中、俺たちの間に会話はなかった。

 とにかく申し訳なさそうに顔を伏せ続ける天音さんを見ていると、それだけ今回のことに気付いてほしくなかったんだろう。


「……?」


 バックミラーを通じて桜木さんと目が合うが、どうやら俺に任せたいらしい……やれやれ。こういう状況の経験はないんだがな……けどこうして俺がどうにかしたいと思って動いたのだから、この行動の責任は俺が取らないと。


「天音さん」

「っ……」

「俺には、天音さんに判断を変えろだなんて言うことは出来ない。人が決めたことを無理やりに覆すのは最低なことだからな」

「……………」


 下を向き続ける天音さんへ手を伸ばし、彼女の手へと重ねた。

 ビクッと震えた彼女はゆっくりと顔を上げ、ようやく俺と視線を合わせてくれた。


「でも、もしまだ天音さんが俺の使用人を続けたいと……少しでもそう思ってくれるなら戻ってきてほしい。天音さんが本心を隠し、辞める原因の理由があるならそれは俺が退かしてやる」

「……彰人様」

「家の力を誇示するのは好きじゃないし……そもそも俺がそれを言うのかよって自分にツッコミをしたいくらいだけど、それをやれるだけの力が十六夜にはあるんだからさ」


 西条家やローラン家に比べてうちの力が強いわけではないが、それでも天音さんを守ることは出来る……俺もそうだし、父さんと母さんだって相談してくれたら手を差し伸べるに決まってるんだから。


「……本当に、彰人様は優しいですね。桜木さんもそうですし、無論旦那様や奥様方、湊様も同じというのは分かっています。それでも私は、あの人が迷惑をかけるかもしれないって思って……あんな暴力ばかりする人が父親だなんて知られたらどんな目をされるかって……」

「……………」

「相談したら助けてくれる……それは分かってました。でも弟のことで既に大きな助けをしてくださいました。これ以上を望むのは罰当たり……ならせめて迷惑をかけてしまう前にと思ったんです」


 やはり、そのあたりの苦悩があったんだな。

 あの男のことだし、これを機に娘のことがどうとかで十六夜にちょっかいを出してくるのは容易に想像出来る……いや、むしろ天音さんが仕事を辞めたとしてもああいう奴は更に汚い手口を考えるはずだ。


「彰人様、あの者について連絡が入ったのですが……」

「うん?」

「どうやら西条家の影も見張っていたようで拘束した模様です」

「……なに、影って」


 西条家の影って何……?

 漫画とかアニメでもそんな名称出なかったというか……何となく想像出来るけど影って何……!?


「動いたきっかけは、有栖様より事情を聞いていた一夏様のようです。未来の弟を困らせるゴミはこちらで排除すると……」

「……一夏さん、ぶっ飛び過ぎじゃない?」

「否定は出来ませんね……ですがもちろん、しっかりとルールに則って処理するとのことです。これで天音さんを含め、ご家族の方にも近付くことは金輪際ないでしょう」

「あ……」


 そこで力が抜けたように天音さんは背もたれに体を預けた。

 天音さんにとって色々ありすぎただろうし、家に帰して詳しい話はまた後日……そう思ったのだが、家の前に着いても天音さんはしばらく俺の手を離すことはなかった。


「なら、ここでも別に良いか。なあ天音さん?」

「は、はい!」

「天音さんが気にしていた問題はこうして片付いたわけだ。それにあなたの事情を知って尚、俺はあなたに変わらず使用人として働いてほしいと考えている。もちろんあなたが望む限りだが?」


 呆然としていた天音さんだが、段々と頬を緩ませ……そして全ての重荷から解き放たれたような笑みを浮かべるのだった。


「私は……ずっと彰人様のお傍でお仕事がしたいです! あなたに必要とされなくなるまで、お傍であなた様を支えていきたいです……っ!」

「よしっ、それじゃあ決まりだな」


 こうして、天音さんは引き続きうちで働くことが決まった。


「……あ~」

「……えっと」


 ただそれでも、天音さんの手は俺の手を離さない。

 お互いにどうしていいか分からないまま時間が進むも、何を思ったのか桜木さんは少し外の空気を吸うと言って車を出て行った。


「とにかく、めでたしめでたしってことで良いか」

「……彰人様」

「うん?」

「本当に……本当にありがとうございます」

「あぁ」


 しっかし、一夏さんが動いたのは予想外だったな……未来の弟だとか言われたのはともかくとして、あの人がそこまで言ってくれるほどに変わるとは思わなかった。

 あれかな……一度でも懐に入れたら甘々になるタイプだったりするのかもしれない。


「けど、本当にもう少し考えてほしかったけどな? 弟さんのこととかも含めてさ」


 そう言うと、天音さんは深く頭を下げてまた謝った。

 それからもずっと他愛無い話を繰り広げた結果、天音さんのお母さんが仕事から帰ってくるくらいまでになった。


「それじゃあ天音さん、また明日」

「はい! しっかりとお世話をさせていただきます!」


 いつも以上に気合を入れる天音さん。

 明日からはまたいつも通りの日々が始まるんだなと安心し、車に乗り込もうとしたところで天音さんがスッと距離を近付けた。


「より一層、彰人様に尽くします――私の心、体も全てあなた様に捧げます。私は彰人様のために生きたい……のために、私はずっとお傍で尽くしたく思います」

「あ、あぁ……」

「あらあら、大胆ね天音ったら!」


 天音さんの真っ直ぐすぎる言葉に、つい動揺してしまった。

 俺だけでなく彼女のお母さんや桜木さんも傍に居るのに、天音さんが見つめているのは俺だけ……しかも車に乗って見えなくなるまで、ずっと天音さんはこちらを見ていた。


「……はぁ、何とかなったか」

「お疲れ様です坊ちゃま」

「あぁ」

「あそこまで言わせてしまっては、途中で天音さんのことを投げ出すことは出来ませんな?」

「……………」

「これは年寄りの言葉に過ぎませんが、有栖様と接する時や私たち使用人と話をする時、そして体を張って天音さんを守ろうとした姿……これが十六夜家の未来を担う方の姿だと思うと感慨深くなりますよ」

「いや、俺は……」

「彰人様の考えも重々承知しております。時間はまだある……ゆっくりと答えを出すがよろしいでしょう」


 ……ほんとに、儘ならない立場だな長男ってのは。

 しかしそれでも天音さんが無事だったのはもちろん、これからも使用人として働いてくれることは変わらないので、そこは安心だ。



 ▼▽



 後日、輝かんばかりの天音さんが茶菓子を手に部屋に入ってきた。


「お待たせしました」


 そんな天音さんを出迎えるのは、部屋の主である俺と今日も今日とて一緒に帰ってきた有栖だ。


「ありがとう天音さん」

「良い顔をするようになったのね、天音さん?」

「はい。彰人様と桜木さん……そして有栖様、一夏様のおかげです」

「ふふっ、それは良かったわ」


 一時期はどうなるかと思ったが、変わらない笑顔の天音さんが居るだけでこうも嬉しくなるとは……やはりああいうことがあったからなのか、変わらずに居てくれることへの感謝もひとしおだ。


「それではごゆっくり」


 天音さんが部屋を出て行き、有栖と二人になった。

 優雅な所作で紅茶を飲む有栖を見ていると、当然のように有栖と視線が交差する。


「どうしたの?」

「……あぁ」


 せっかくだから有栖に話を聞いてもらった。

 俺が十六夜の名を重いって感じていることなど、前に伝えた気持ちに変化があるわけではないというのを前提として伝えた後に、今の立場だからこそ守れるものがあることに気付いたんだと。


「そうね……家の力は私たちの力でもあるわ。その力の恩恵に預かる人が居るのもそうだし、私たちの気持ち一つで助けられる人も居る。今回の天音さんについても、あそこまでスムーズに事が運んだのは今の彰人さんだったのも大きいでしょう」

「……………」


 そうだよなと頷いた俺の手を有栖が握った。


「気持ちは分かるわ。でも難しく考える必要なんてない……今はただ、自分のしたいことを真っ直ぐにしてみたら?」

「俺のしたいこと……」

「えぇ、間違っていたら間違ってると叱ってあげる。素晴らしいことをしたら褒めてあげる。たとえあなたがどんな道を選んだとしても、私がそれを肯定してあげる……それが傍で支える西条有栖という女よ」

「……っ」


 分かりやすく顔を赤くした俺に、有栖がニヤリと笑った。

 いやいや、どんだけ恥ずかしいことを言ったのか分かってるのかこの子は……でも恥ずかしいという気持ちはすぐに収まり、逆に有栖に抱く安心感の方が強くなった。


「ま、まあ確かに考える時間なんて長いもんな! まだ高一だぞ俺ら」

「そうよ、とっても長いわ……とってもね」


 意味深な有栖の表情と言葉に、ドギマギさせられたのは言うまでもなかったのだが……しかしこれを機に、少しだけ家に関することだったりを俺は考えるようになった。

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