秘密と運命と婚約者

 サロンでのやり取りは、予想外の乱入者によって幕を下ろした。

 ソフィアとフィリア……有栖の家と同格とも言えるローラン家のご息女にして、その気になれば親しい間柄でも見抜くのが難しいとさえ言われている双子だ。


「えっと……助かったよ。ありがとう」

「ううん、良いの。ソフィアがジッと見つめた先に君が居て、面倒事に巻き込まれていたみたいだから」


 そう言ったのはフィリアだ。

 さっきも言ったが見抜くのが難しい二人……それなのに俺は、やはり二人の判別が何故か出来てしまう。

 ……って今は考え事をするよりも、あの場から離れるきっかけをくれたソフィアにお礼を言わないと。


「ありがとうソフィアさん。口答えせず出れば良かったんだろうけど、ちょっと言いたくなってさ」

「お礼なんて全然良い。話の流れは知らないし詮索もしない……でも助けられたのなら良かった」


 そう言ってソフィアはニコッと微笑んだ。

 綺麗な笑顔だなと思いながらも、そんな笑顔に似合わない淡々とした喋り方は彼女たちの特徴だ。


「……ソフィアは知り合いなの?」


 さて、ただ助けただけならフィリアからもしても普通だろう。

 それにも関わらず、どこか知り合いのように話す俺とソフィアの様子が気になったらしく、フィリアは目を丸くしてそう言った。

 その問いかけにどう答えようか迷う俺よりも早く、ソフィアが頷く。


「実は一昨日のパーティの時、彼と話をする機会があった。それから学校でもちょっと話をしたから」

「そうだったんだ」


 どうやら黒海に関することは言わないでくれるらしい。

 ちゃんと約束は守ってくれるんだなと安心すると、ぐぅっと大きな腹の虫が鳴った。


「……すまん」

「あ、そっか。お昼だもんね……一緒にどう?」

「ソフィアが提案するのも珍しい……でも確かに悪くはないかも。君は婚約者が居る立場だけど、ローラン家の私たちに対してあらぬ噂を立てる愚か者は居ないし、そもそも二人だから心配ないと思う」


 ヤンデレ姉妹からのお誘い……とはいえ、昼食を済ませていない俺にとってはありがたい提案だった。

 ぐぅぐぅとしつこいくらいに鳴り続ける腹の虫は、隣に立つソフィアのツボにハマったのか彼女にずっと笑われてしまい、恥ずかしくなった俺は二人の提案に頷くのだった。


(……でもやっぱり視線を集めるわけで)


 学食に着き、テーブルに着いた時に向けられる視線は相変わらずだ。

 しかしその向けられる視線に含まれるのは悪意というより、一体どういう組み合わせなんだという不思議そうな視線が多い。


「流石男の子、沢山食べるんだね」

「まあこれくらいはな」

「……凄い」


 最初の頃は遠慮というか、食は細かった。

 けれど有栖と一緒に何度も学食を利用することで慣れたのもあってか、量も少しずつ増えて今ではこの通りだ。

 最初は緊張していたものの、食事を進めていけば段々と緊張はなくなっていき、二人との会話も楽しみを見出せるようになった。


「……やっぱり、噂は当てにならないね」

「噂って聞くと嫌な予感しかしないが」


 ジッと目を見つめてくるフィリアに問い返す。


「入学して早々に婚約者を裏切り続けた男子っていう……」

「別に間違っちゃいないが……ただまあ、これはソフィアさんには話してるけど俺にも色々あったんだ」

「そうみたいだね……今のあなたは、噂に聞く人には見えない。それに西条さんとも仲睦まじいって困惑……評判だよ?」


 今、絶対に困惑って言ったの俺は聞き逃さないぞ。

 でもやっぱりあんなことがあっても有栖と仲が良いというのは、事情を知らない側からすれば困惑されているらしい……まあ分かっちゃいたが。


「どんな噂があるにせよ、有栖には感謝しかない……本当に俺には勿体ないほどの婚約者だよ」

「周りがなんと言おうと当人たちが納得してるならそれが一番」


 そうだなと頷く。

 しかし……やっぱり普通にしてると二人も普通なんだよな……漫画だと二人がヤンデレに開花するきっかけになったのは、家のことでボロボロになっていた二人の心に主人公が寄り添った結果だ。

 主人公が彼女たちをヤンデレに目覚めさせる前提は崩れたが、心が壊れないだけでなく家族もバラバラにならず、こうして彼女たちが笑顔なら全然良いじゃないか。


「飲み物淹れてくる」


 フィリアが立ち上がり、必然的にソフィアと二人になった。


「改めて、ありがとう十六夜君。あなたのおかげ」

「いや、良いんだ。前も言ったけど、俺の言葉を信じてくれたソフィアさんの功績だ」

「……でもその手段を取れたのは間違いなくあなたが居たから。私とフィリアだけじゃない、ローラン家に関わる全ての人が救われた」


 ソフィアは少しだけ、椅子をずらしてこちらに近付く。

 魅力的な顔立ちなのは分かり切っていることだが、彼女を構成する全てのパーツがあまりにも整っているせいで視線を奪われる。

 ただ、やはり傍にずっと有栖が居てくれたのもあって、緊張が勝り口を動かせないだなんて恥ずかしいことにはならなそうだ。


「私は、あなたに本当に感謝してる……家の未来もそうだし、私たちの未来もあなたは守ってくれた。私はあなたにお礼がしたい」

「だからお礼は――」

「それだけあなたがしたことは大きいの。あなたが望むなら、私は私の全てを差し出しても構わない」

「ちょ、ちょっと!?」


 グッと体を寄せたソフィアは、クスッと微笑んだ。


「それだけ感謝しているってこと……でも」

「?」

「流石にあれだけのことがあって、誤魔化すのも難しい……だからフィリアと両親には、あの場で私たちに黒海さんのことを伝えてくれた人が居たってことだけは話した」

「……ま、そりゃそうだよな」


 事が発覚した直後はホッとしていたんだろうけど、冷静に考えたらその事実を知れた理由を調べるのは当然だろう。

 ソフィアは俺との約束を守ってくれているが、それでもやっぱり苦労させているみたいでその点は申し訳ない。


「父と母は凄くお礼をしたがってる……そしてフィリアも同じ。特にフィリアは、私以上に家のことも両親のことも愛してる……だから姿を見せないあなたに、凄まじいまでの感謝の念を抱いているの」

「……フィリアさんが」

「特に変わった様子は見受けられないでしょ? でもフィリアはずっと、それを運命だと言って毎日祈ってる……その人に会えるのを」

「……………」


 それ、ちょっと怖くないかと伝えたらソフィアは笑った。


「お礼に関しては、大々的にしたいんだよ? けどあなたが目立つのを望まないのなら仕方ないし、何より約束したから……だからこのことは伝えない。私とあなたしか知らない約束……私とあなたしか知らない真実」


 そしてと、ソフィアは胸の前で手を合わせた。


「私とフィリアを見分けられることも、私とあなただけの秘密」


 その後、二人との食事は終わった。

 学食を出る際に向けられた訝し気な視線も、ソフィアとフィリアが一睨みすればその視線は散っていき、改めてローラン家の影響力を思い知った気分だ。


「フィリア、少し待ってて。お手洗い行ってくるから」

「うん」


 フィリアが離れ、俺もまた教室に戻るために別れを告げようとしたところでフィリアが呼び止めた。


「ねえ、十六夜君」

「うん?」

「十六夜君って好きな言葉はある?」

「……いきなりどうした?」


 良いから答えてほしいと言われたので、頭に浮かんだ言葉を口にした。


「平和にしとく」

「良い答えだね。私は――」


 運命だよ、そう言ったフィリアの声が妙に脳裏に焼き付いた。



 ▼▽



 ソフィアとフィリアに助けられ、一緒に食事をしたことは放課後に家に来た有栖に伝えた。


「ふふっ、それは私としてもお礼を言わないとかしら……とはいえ、私が居ないからとサロンに連れて行こうとした彼らには話をしないとかしら」

「いや、そこまではしなくて良いんじゃないか? いい勉強になった」

「そう? あなたがそう言うならそれで良いわ」


 別に明日は休日でもないのに、外が暗くなっても部屋から出て行こうとしない有栖は、優雅に俺のベッドに腰かけている。

 いつ帰るんだろう……夕飯とかうちで食うのか?

 等々色々と気になることはありつつも、何だかんだで彼女が傍に居るのは安心する。


(一日学校で会わなかっただけでこれか……?)


 そう思うくらいには、心から頼れる存在が有栖だけってのも大きいのかもしれない……そう考えると本当に有栖には感謝だな。


「それより、そっちは何もなかったのか?」

「えぇ、ずっと兄と姉の傍に居たから大丈夫よ。むしろ……とある大企業の社長さんが近付いてきた時、姉がスマホを手に脅していたのはビックリしたけれどね」

「……一夏さん、何してんの」


 あ……やっぱり西条家には手を出しちゃダメなんだなと、有栖の話から改めて思い知るのだった。

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