少しだけ覚悟を見せよ

 ソフィアとのやり取りは、しばらく俺の記憶に残り続けた。

 有栖と同じヒロインである彼女とのやり取り……正直、もう少しマシな話し方があったんじゃないかって後悔している。


(……はぁ、まあでも本当に無事だったみたいだし良しとするか)


 流石にうちの両親もこういう世界に居座っているわけで、軽くではあったが事情は知っていたらしい。

 全貌を理解は当然のように出来なかったが、一つだけ確かなのはおそらく漫画やアニメで描かれた出来事よりも、相当の被害がローラン家に降りかかろうとしていたこと……本当に防げて良かったぜ。


「……はぁ」


 ローラン家のことは取り敢えず置いておくとしよう。

 今は午前の授業の途中ではあるのだが、さっきからずっと……いや、学園に来てからずっと今日はため息が尽きない。


「この考え方は、経済学において非常に重要だ。覚えておくように」


 教壇に立つ教師の話は何一つ耳に入ってこない。

 チラッと視線を横に向ければ、そこにはいつも居てくれるはずの有栖の姿がない。

 風邪を引いたとか、事故に遭ったとかそういうことではなく、単に家の都合での休みである。


(流石金持ちっていうか……西条家の御令嬢だわな)


 家がデカいということは、それだけやることが多いということだ。

 あくまで学生が本分でもあるので頻度は少ないが、それでもこうやって有栖が学校に来ない日は年に二回から三回はあるらしく、今日がその限りなく少ない一日だった。


『本当にごめんなさい。何かあったらすぐに連絡して?』


 昨日の段階で有栖からそう伝えられたが、仕方がないのに心底申し訳なさそうだったので、俺としては大丈夫だと返すしかなかった。

 まあ有栖のおかげで学園の構造を含め、色々なことは学習出来ているので問題は何もないはず……現に今のところ何もないからな。


「……よしっ、終わったぁ」


 そんなこんなで午前の授業は終わった。

 学食へ向かおうとして立ち上がった瞬間、いくつもの視線が集まるのを俺は感じた。

 やらかしがあまりにもって感じなのでいまだに友人は居ないし、有栖が居ないからか向けられる視線もまた遠慮がない。

 最近は減ったと思っていたんだが、どうやら勘違いだったみたいだ。


「ま、それだけ有栖の影響がデカいってわけか」


 もちろんあれからの俺を見直してくれた人も少なからず居るのでマシではあるが、まだまだこの視線と戦う必要はありそうだなぁ。


「十六夜君」

「……うん?」


 教室を出ようとしたところで、呼び止められた。

 呼び止めたのは二人の男子なのだが、申し訳ないことに彼らの名前を俺は知らない。

 クラスメイトではあっても全く絡みがなければそんなもんだ。


「西条様が居ないから心細いんじゃないかなって思ったんだ。もし良かったら俺たちと昼食を済まさないか?」

「……良いのか?」

「もちろんだ。色々言われてるみたいだけど、十六夜君とは仲良くしたいと思ってたんだよ」

「そ、そうか」


 俺だったら彰人とは仲良くしたくないが……。

 けどせっかくこうして誘ってくれたのならということで、今日は彼らと昼食を共にすることに。


「学食ではなくサロンの方へ行こう」

「いつも学食なんだろう? 偶にはこっちでも良いんじゃないかい?」


 サロン……?

 確かそこって学園でも有数の金持ちであったり、既にそこを利用している生徒から招待された人間しか入れないとか、そういう決まりがあったようななかったような。


(確か……そうだった気がする。主人公は少し問題外だけど、何も分からず立ち寄ってしまってそういう説明をされたはずだ)


 有栖ならともかく、十六夜家の俺にとって縁がないは言い過ぎだが立ち寄ることはまずない……そもそも有栖がサロンを案内しなかったのも、俺には必要ないと思ってくれてのことだろうし。

 面倒事はごめんだと断ろうとしたが、グッと腕を掴まれてそのまま引き摺られてしまう。


「お、おい……」

「俺たちの招待があるんだから大丈夫さ」

「つうかもっと色んな所に溶け込むべきだろ?」


 うっ……それに関しては言い返せない。

 というかかなり強く腕を掴まれているのもあるし、俺は一人に対してこいつらは二人だ……それに、無理やり腕を振り払ったら振り払ったで更に面倒になる可能性もある……仕方ないか。

 結局、俺は二人に付いていくことにした。

 だが……やはりこういうことは俺にとって面倒事を呼ぶのだと、サロンに着いた瞬間に理解した。


「君の婚約者である西条様はともかく、君にとっては場違いだが?」

「……………」


 もうね、察しというやつだ。

 サロンに入った瞬間、スッと俺を連れてきた二人が離れたかと思えば、こうして目の前に立ったのはおそらく先輩……三年生だろうか。

 顔も名前も知らないが、クイッと上げた眼鏡の奥にある彼の瞳には、明らかに下の人間を見下す意図が見える。

 早々に離れた二人だけでなく大半の生徒がクスクスと笑っているし、どうやら俺はまんまと罠に嵌ったらしい。


「もしかして迷ったりしたのかい? やれやれ、これだから盗人猛々しい人間は困る」

「盗人?」

「そうだろう? どうして十六夜家の人間は、西条家ほどの家と繋がりを持てるんだい? みんなが言っている――君の家は卑怯な手を使い、西条さん方の弱みを握っていると」


 おかしい……俺はただ飯を食いに来ただけのはずなのに、なんでこんな風に問い詰められているんだろうか。

 とはいえ特に思う部分はない……何言ってんだこいつって逆に呆れてるくらいだしなぁ……なるほど、どうやら金持ちとはいえ頭の作りが残念な奴は多いようだ……あ、今の俺もか!


「はぁ……君のような足手纏いが居なければ、西条さんもここを利用する高貴な存在だっただろうに。彼女がずっと誘いを断り続けていたのも、君が居たせいなんだろうね」


 有栖が……?


(おそらく有栖にとってもここの空気は馴染まないんだろう……それも理由の一つだろうが、付き合いですらここに来ないのはもしかしたら……関係が冷めきった彰人に対してまだ何かしらの期待をしていたからか?)


 その期待はおそらく、甘酸っぱいモノではない……婚約者であるからこそ、両家の両親を安心させたいという気持ちではなかろうか。

 そう考えると本当に、過去の有栖が不憫でならないなと思う。


(俺……逃げる気満々だったな)


 この場から早々に逃げる気だった。

 十六夜家の跡取りであること、有栖の婚約者であること、そのことに重さを感じているのは変わらないが……ちょっとだけ、今はまだ有栖の婚約者としてビシッと言いたくなってしまった。

 一度深呼吸をした後、再度俺は目の前の先輩を見つめた。

 イメージするのは常に最強の俺――嘘とハッタリを駆使し、場を支配する最強の俺だあああああ!


「ここを利用することで高貴な存在になれるのだとしたら、それはさぞ軽い称号になりそうだ」

「……なんだと?」

「だってそうだろう? 俺が言ったところで何も説得力はないかもしれないが、人を騙して嘲笑い、ましてや何も知らないくせに言いがかりを付ける人間が集まる場所だと俺は思ったからだ」


 目の前の先輩だけでなく、この場で食事をしていた全ての生徒が含み笑いを止めて俺を見つめた。

 その瞳に宿るのは敵意……いや、全員ではなさそうだ。

 中には純粋な興味というか、何をやってくれるんだろうという期待を滲ませた視線も僅かに感じた。


(つうか人を騙して嘲笑うって一番俺が言っちゃいけない言葉!)


 内心でツッコミをしつつ、俺は堂々と言葉を続けた。


「あぁいや、全員ではないようだ。その点に関しては申し訳ない……だが俺としても勉強になった。こうも分かりやすいと、付き合うべき人間とそうでない人間の判別が楽で助かるからな」

「……お前――」

「俺が喋っている――口を挟むな」

「っ!?」


 えっと……これ、自分で言っててアレだけど大丈夫かな?

 たぶんだけどこの先輩ってうちより家の格は上だよね……? でも、なんか凄いキラキラした目を向けてくる人が居るのはなんで……?


「しかし……どうやらあなたは俺だけでなく、有栖のことも下に見ているんだな?」

「……はっ?」

「だってそうだろう? 有栖もそうだが、西条家が他家に弱みを見せるようなヘマをするものか。それは彼女の婚約者として、そして家同士の繋がりがあるからこそ分かっている。あなたがさっき言った言葉は、間接的に西条家を貶めていることに気付くべきだ」


 漫画で襲われそうになったことは一旦置いておくとして、今の有栖のことを考えれば俺の言葉は何も間違っていない。


「ここに来ていれば、有栖は高貴な存在になれるとも言ったな? まずそこから間違ってるんだよ、あなたは……ここに居るあなたに同調する連中は何も分かっていない――有栖は元から高貴な存在だ。あなたたちの勝手な価値観で、彼女のことを語るな」


 ふっ、決まったぜ。

 スッキリしたとは思いつつ、すぐにやっちまったかなと不安が俺に襲い掛かってきた。

 次いで唖然としていた先輩だけでなく、周りの先輩と同じ考えを持っているであろう人たちが動こうとしたところで、そっと肩に手が置かれた。


「ここは憩いの場、騒ぐ場所じゃない」

「……ソフィアさん?」

「うん」


 手を置いたのはソフィアだった。

 そして――。


「この場は私たちが預かる。文句は言わせない」


 もう一人は、彼女の片割れであるフィリアだ。

 ちなみに今の名前に関しては、ソフィアは聞いていてもフィリアには届いていないはずだ。

 とはいえ……これはちょい予想外ではある。






【あとがき】


やっと五万字くらいになりました!

こちらの作品、面白いや続きが気になると思っていただけたら是非、お気に入りと評価などよろしくお願いします!

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