第6話 新しい仲間、新たな目標

天鵞大聖堂。


リリアニーは質素な部屋で目を覚ました。


彼女はマルコ神甫に引き取られた孤児で、幼少の頃からこの部屋に住んでいた。

たった1日、大聖堂を離れ、冒険者としての初日を過ごしただけなのに、再びこの部屋に戻ると、どこかよそよそしさを感じる。


「ティール……」


彼女は自分の頬を触れた。涙の痕があるようだった。

しかし、驚くべきことに、もう鼻がツンとするような悲しみの感覚は残っていなかった。


リリアニーは無理やりその感覚を呼び戻そうとした。そうして悲しみを続けたかった。


「そうしなければ……そうしなければ……まるでティールへの私の気持ちが偽りだったみたいじゃない……私、こんなにティールのことを好きだったのに……ティールの……」


(おかしい。ティールのどこが好きだったっけ?)


リリアニーはティールの長所を頭に思い浮かべた。容姿端麗で、博識だった。

しかし今、そのどれにも心が動かされることはなかった。


(変ね……胸が……空っぽみたい。ティールの知識が豊富だって言ったって、そんなに長く付き合ったわけでもないし、彼の顔が好きだったって、それじゃあ私が浅はかな女ってことじゃない……)


「リリアニー殿、起きていらっしゃいますか? マルコ神甫様が朝食をご用意されたそうです。拙者、殿にお伝えしに参りました。」


「華櫻……わかったわ。身支度を整えたらすぐ行くわね!」


冒険者ギルド


「ロバート、今日の依頼を選んでくれ。」


「えー、なんだよ、急がなくてもいいだろう? もう少しこの美しいお嬢さんとお話させてくれよ。」


「彼女は単に礼儀正しく対応してくれているだけよ。これ以上しつこくすると……困らせてしまうわよ。」


「ロ、ロバート様、以前から言おうと思っていましたが……マティサ様の仰ることは正しいです。それでは失礼します……」


「お、おい、待ってくれ……」


去りゆく女性の背中を見送りながら、ロバートはため息をつき、マティサに恨めしそうな視線を向けた。


「年増女! お前、俺に嫁いでくれるわけでもないくせに、俺のナンパを邪魔するなよ! 一体何がしたいんだ!」


「だから言ったでしょ……」マティサはカップの中のスプーンをゆっくりとかき回しながら答えた。「帝都に家を一軒買ったら、結婚を考えてもいいって。私、別に名義に私の名前を入れてほしいなんて言ってないわよ。」


「くそっ、このペースで金を稼いでたら、帝都に家を買える頃には俺たち二人とも爺さん婆さんになっちまう! そんな時に結婚して何の意味があるんだよ!」


「愛する人と余生を共に過ごすため……でしょ?」


「じゃあ子孫を残すことはどうするんだ!」


扉のベルが鳴り、ギルドに一人の貴族の少女が入ってきた。


彼女は黒い礼装を身にまとい、優雅さを湛えた立ち振る舞いをしている。


滑らかな金髪に、天使のような顔立ち。微笑む赤い瞳はどこか魔力があるかのように人を惹きつけ、さらに魔性のごときスタイルを備えた、まさに絵画から抜け出たかのような美貌であった。


「ごきげんよう、皆様。」


ギルド内の全員の視線が彼女に釘付けになった。


一部の者は最初気づかなかったが、仲間に指摘されて改めて彼女を見ると、やはり同じように目を奪われた。


「美しいお嬢さん、もしよろしければお近づきになりませんか?」


貴族の少女はロバートを一瞥し、その赤い瞳はまるで魂を見透かすかのようだった。


「ウナイド魔法塔が全滅した件について、何かご存じですか?」


「え? 知りません。」


彼女の体から強大な魔力が一気に放たれ、ロバートは吹き飛ばされ、棚に叩きつけられてようやく止まった。


それを目撃したギルド内の冒険者たちは、一瞬で緊張感を高めた。


(六環の魔法使いだと……!?)


(何をするつもりなんだ……?)


(まさかギルド内で暴れる気か?)


「失礼しました。ですが、私より弱い男性には興味がありません……私はフィルテ、フィルテ・ローンと申します。ここにいる方々の中で、ウナイド魔法塔が全滅した件について何か有益な情報をお持ちの方がいれば、その情報に対し500ゴールド以上の報酬をお支払いします。」


ロバートはようやく立ち上がった。彼女に殺意はないようだったが、何の防御もせずにあの一撃を受けたため、やはりかなりの痛手を負った。


「見た目はこんなに可憐なのに、手はこんなに容赦ないなんて……まさに『棘のあるバラ』ってやつか……」


ギルド内は静まり返り、誰も発言しなかった。


「まぁ、どなたも情報をお持ちでないのですか? そんなはずはないと思いますが。あるいは、報酬が少なすぎますか? では……」


フィルテは一本の指を立てた。


「有益な情報であれば、一本につき1000ゴールドをお支払いします。」


この莫大な額に、全員が一瞬心を動かされたが、実際に情報を持っている者はいなかった。六環の魔法使いを騙して、嘘の情報を売るような命知らずもいなかった。


「フィルテ様、こちらでその依頼を正式に登録されてはいかがですか?」


「そうですね。それで構いません。ただし、情報というものは時間が経つほど信憑性が低くなるものですので、期限は今日限りとします。私はここでお待ちしても構いませんか?」


「もちろんでございます! すぐにお茶とお菓子をご用意いたします!」


誰もこの露骨な優遇に異議を唱える者はいなかった。フィルテは貴族の名門出身であり、国王からの厚い信頼を受けているだけでなく、自身も六環の実力者なのだから。


フィルテはまだ整然とした椅子を選んで腰を下ろすと、すぐにギルドの奥からメイドが紅茶とクッキーを運んできた。


「ウナイド魔法塔全滅の情報を集める……1000ゴールドごとに報酬を支払う……依頼人はフィルテ・ローン殿。これでよろしいでしょうか? 100ゴールド以上の依頼にはギルドが5%の手数料を取る規定ですが、問題ありませんか?」


「その手数料も含めて1200ゴールドにしてください。情報提供者には1000ゴールド、残りの200ゴールドはギルドの分です。」


「太っ腹ですね! では、すぐに修正して掲示します……はい、依頼が掲示板に張り出されました!」


こうして、冒険者ギルドは徐々にいつもの日常を取り戻したが、どこか全体的に静まり返っており、誰も彼女の存在を軽視してはいなかった。


「ねえ、あれが噂のフィルテ・ローンなのか……」


「そうさ。兄妹どちらも天才と呼ばれる存在だったけど、兄貴のサラースは四年前の事故で亡くなったんだ。」


「でも兄貴って私生児だったんだろ?」


「は? そんな噂はもう否定されただろ。」


「いや、それでもあの事故はなんか怪しいんだよな……証拠隠滅のためとか言われてるし。」


フィルテはこうした噂話には関心を示さなかった。


噂というものは真偽に関わらず、一度流れ始めたら、止められるのは時間だけ。


全員に「真実」を説いて回るのは、愚か者のすることだ。


「皆さん、おはようございます。あれ……えっ?フィルテ殿ですか?」


数人の視線が入り口へ向いた。そこには高身長で温和そうな青年が入ってきた。


文系の青年らしい雰囲気を持ちながらも、どこか陽だまりのような暖かさを感じさせる微笑みが特徴的だった。


その背後には、ジェック、華櫻、そしてリリアニーの三人が続いていた。


「おや……あれはウェイン・トゥライエ殿ではありませんか? ラファエル先生はお元気ですか?」


「フィルテ殿、ご心配ありがとうございます。父は健在で、最近は古い友人たちと写生旅行に出かけております。」


「それは何よりです。機会があれば、また執筆について教えを請いたいですね。それで、後ろの方々は?」


「彼らは、今日ここに来る途中で知り合った冒険者チームです。彼らの元々の法術師が体調不良で休むことになり、私を仲間に勧誘したいようです。」


ウェイン・トゥライエ、23歳。つい先日ようやく三環に到達したばかりだが、まだ三文法術を使いこなせていない。


「なるほど、ウェイン殿もついにチームを組む決意をされたのですね。」


「ははは……」ウェインは苦笑を浮かべた。「それもこれも、フィルテ殿の兄上のおかげです。幼少の頃、私は友人との絆や連携、そして苦労の末に掴む勝利に憧れていました。仲間と一緒に夕陽の下、ギルドに戻り、祝宴を開く……そんな冒険者の理想の生活に。」


「ええ、確かにそれは冒険者の夢のひとつですね。」


「でも……あなたの兄上を目の当たりにした時、その幻想は粉々に打ち砕かれました。何でもできる天才、無敵の暴力……私が反抗期に差し掛かり、冒険者として少しずつ自信をつけ始めた頃、そのすべてを目の当たりにして、私は一人で秘境を攻略しようと決意したのです。」


「失礼しますが……フィルテ殿とは、あのフィルテ・ローン殿でございますか?」華櫻が問いかける。


「そうよ。」


「それでは、殿の兄上というのは、まさか……」


「サラース・ローンよ。私には彼以外の兄はいないわ。」


「……」


華櫻は珍しく感情を露わにした表情を見せた。


「そんなに彼を尊敬しているの、華櫻?」


「もちろんでござる! サラース殿は法術師でありながら、十五歳の時点で四環戦士と互角に近接戦闘を繰り広げていたと聞いております!」


「化け物だな……」


フィルテは紅茶のカップを置き、少し誇らしげな表情を浮かべた。


「それでは、私からも一言。今日はここで依頼を出しました。興味があるなら、ぜひご覧になってください。」


「おお、それじゃあ、まずはその依頼を見てみるよ。ジェック、お前たちはミア嬢から報酬を受け取ってきな。」


フィルテは、華櫻の黒髪を見つめながら、何かを思い出していた。


(東方の人……そういえば、家にも以前、東方出身の侍女がいたわね。彼女は兄の前でなぜか恥ずかしがっていて、それで他の侍女たちからいじめられていたっけ……)


流水の秘境。


その小川は濃い霧に覆われた一帯を流れ、その両岸には鬱蒼とした森林が広がっていた。


「ダメだ。この秘境の最強クラスの魔物でさえ、魂を喰らう価値がない。」


「残念です……。」


「問題ない。以前なら、強力な魔物のコアをそのまま持ち帰ってフィルテに吸収させていた。だが今は、稀少な魔物を無暗に狩れば調査を招く。だから、こうしてお前を鍛え上げるんだ、ティロ。」


「それだけで十分です!サラース様、私のレベルアップに付き合ってくださるなんて、本当に感謝しかありません。今の私はまだ足手まといですが……努力します!」


流水秘境には、河岸の森林に生息する魔物だけでなく、川に住む両生類や水生の魔物が多く生息している。また、さまざまな薬草や香草も採れるため、「黄金国の秘境」とも称される。


ただし、三環から四環の冒険者がチームを組んで挑むことを推奨されている場所だ。冒険者は二環から三環までは比較的簡単にレベルアップできるが、それ以上は急激に難易度が上がる。このため、多くの者が五環止まりとなる。


「でもサラース様、私はまだ二環になったばかりで、この秘境に来るのは少し無理があるのでは……?」


「それを見越して、先に月光秘境で鍛えておいたんだ。」


サラースは腰にかけたポーチを外してティロに手渡した。


「これは?」


「ポーションだ。月光虫と流水草を材料に作ったものだ。もし負傷したら、それで回復するんだ。」


「でも、治癒魔法で治していただけるなら……。」


「俺が治癒魔法で治すと、経験値が減る。だが、自分でポーションを使えば、その問題は避けられる。」


「つまり、自分でポーションを使って回復すれば、受けられる経験値が最大になるってことですね?」


「その通りだ。ただし、魔法による治癒はどんな低レベルでも痛みを遮断する効果がある。だがポーションの場合、どんな高品質であっても痛みを和らげることはできない。怪我が重ければ重いほど、治療は痛みを伴うことになる。」


「……わかりました。」


川沿いを進むのが流水秘境を探索する最も理想的なルートだ。


「迷彩ワニ、泥カエル、霧猿――これが流水秘境で主に遭遇する魔物だ。そして川には大量の食人ウナギが生息している。ただし、こいつらは経験値が少ないうえ、水中での戦いを得意としない冒険者が多いため、ほとんど相手にされない。」


「そのウナギって、内臓に猛毒があって、弱い電流も出せるあの肉食魔物のことですよね? でも味が抜群だとか聞いたことがあります! 私の故郷で作るウナギ丼の何十倍も美味しいらしいですけど……いつか一度食べてみたいです。」


「敵だ。」


「えっ?」


サラースはティロの前に立ち、手で前方を指差した。その先には、湿った泥の川岸が広がっている。


「何もいないように見えますけど、サラース様。」


「よく見てみろ。」


ティロは目を細めてじっくり見た。一部の「地面」がほかよりも平坦で、そこに規則的な小さな突起が見える。それは、まるで鱗のようだった。


「あれは迷彩ワニだ。川辺の泥に身を潜め、獲物が水を飲みに来るか、すぐ側を通り過ぎるのを待ち伏せしている。近づくと、突然飛び出してくる。」


注意して見なければ見抜けない上、普通のワニとは違い水中に隠れていないため、思わぬ奇襲を受けやすいのだ。


「攻撃してみてもいいですか?」


「【飛石】を使え。【火炎】ではダメだ。湿った硬い皮膚を持つ迷彩ワニには、火や刃物はあまり効果がない。」


「わかりました!【飛石】!」


ティロが唱えた魔法で、地面から金属質の細かい粒が飛び上がり、雨のように迷彩ワニの体に降り注いだ。一部は皮膚に食い込み、一部は滑り落ちたが、多くが地面に打ち込まれる結果となった。


迷彩ワニは体に付着した泥を振り落とし、黄色の縦目を見開いた。


「ええっと、もっと集中して一点を攻撃すべきだったかな……。」


「今は考える時間はない。」


迷彩ワニは泥から体を引きずり出し、狂暴化したように突進を始めた。湿地では動きが制限されるが、その分、目の前の獲物を狙う執念が凄まじい。


「成体の迷彩ワニだな。仕留めろ。」


「【飛石】!」


ティロは再び魔法を放ったが、二環に上がったばかりの彼女にとって、二文法術は魔力の消耗が大きい。連続で使うには限界がある。


第二発の飛石はある程度的を絞って命中したが、それでも迷彩ワニの硬い皮膚を破るには至らなかった。


逆に攻撃を受けたことで、迷彩ワニの突進はさらに加速し、ティロとの距離を急速に縮める。


(防御を破れない……私の魔力が弱すぎるのかな……でも冷静にならないと、私じゃワニの速さには逃げ切れないし、このまま攻撃を受けたら命はない……。)


迷彩ワニはその口を大きく開き、鋭い牙をむき出しにしている。黄色い瞳には、まるで捕食者としての冷徹な意志が宿っているようだ。


「【風】!」


ティロの法杖から柔らかい風が吹き出した。激しい風ではないが、迷彩ワニの目に直接当たり、乾燥させ始める。それにより、ワニは頻繁に目を瞬かせ、視界が遮られた。突進の軌道もぶれ、速度が落ちてきた。


「口を狙え。」


「【飛石】!」


第三発の飛石が、迷彩ワニの開いた口に向かって放たれる。細かな金属粒が口腔内に打ち込み、舌や喉、そして食道の内部を傷つけた。迷彩ワニは一瞬のたうち回り、苦しそうな咆哮をあげた後、ついに動きを止めた。


「これで大丈夫……ですよね、サラース様。」


「……ああ。次は森の中に向かう。」


「迷彩ワニの胆が薬になると聞いたことがあるので、解体してみてもいいですか?」


「……やれ。」


ティロは慎重に迷彩ワニの体に近づき、何かを探している様子だったが、解体に適した道具を持ち合わせていないことに気づいた。彼女の持つ法杖はまだ彼女を完全には認めていないため、形状を変化させる機能が使えないのだ。


「うう……。」


仕方なく、地面から適当な鋭利な石片を拾い上げ、それで迷彩ワニの体を切り裂こうと試みた。


「そのまま手を伸ばして切れば……大丈夫ですよね。もう死んでるんですから。」

(でも、この大きな口……なんかやっぱり怖いなぁ。)


ティロが迷彩ワニの口に手を入れようとしたその瞬間、サラースが一歩前に進み、自らの腕をワニの口の中に差し込んだ。


その直後――迷彩ワニの牙が突然閉じ、サラースの鉄製の腕と噛み合った。金属と牙がぶつかり合い、鋭い「カンッ」という音が響いた。


ティロは驚きの声を上げた。


「まだ生きてたんですか!?」


サラースの腕は迷彩ワニの口の中に挟まれている。ティロは慌てて攻撃しようとしたが、どこを狙うべきか迷い、動きを止めてしまう。


(身体を攻撃しても意味がないし、口の中を狙おうにもサラース様の腕が邪魔で……どうすれば……。)


「もう死んでいる。」


そう言うと、サラースはもう片方の手で迷彩ワニの背中を殴りつけた。一撃で背中の硬い皮膚を貫き、大きな穴を開ける。


「ここから解体を始めろ。このような生物にとって、死亡は終わりではない。忘れるな、ティロ。我々も同じだ。」


ティロは戸惑いながらも、サラースの言葉の意味を噛みしめて頷いた。


「サラース様、その……手は大丈夫ですか?」


「俺を傷つけることのできる物理的な攻撃は、そもそもお前に対処できる範囲外だ。だから心配する必要はない。」


その一言でティロの心に安堵が広がると同時に、目の前で発生した戦闘が彼女に与えた経験値の量に気づいた。


「306点……今週中には三環に到達できそうです。」


「早いな。これがその指輪の力だ。ただし、三環以上への昇格はかなり難しい。」


「そうなんですね……でもサラース様、半年で五環なんて、本当に可能なんでしょうか?」


「可能だ。お前には才能がある。俺が秘境を案内し、この指輪があるなら問題ない。俺には計画がある。その計画を進めるには、お前が五環以上の力を持つ必要がある。」


「半年で五環……努力します!」


サラースはティロが迷彩ワニを解体している間、周囲の気配を探っていた。


流水秘境の森。


川沿いを離れると、森林の中はさらに歩きづらくなる。


霧はさらに濃くなり、地面は落ち葉に覆われており、その下には木の根が張り巡らされている。次の一歩で何に躓くか分からないほどだ。


「ここからは足元だけでなく、頭上にも注意を払え。霧猿は群れで行動し、木々の間を自由に移動できる上、石を投げるなどの遠距離攻撃を仕掛けてくる。足元ばかり見ていると、霧猿に石で叩きのめされて囲まれてしまう奴が後を絶たない。」


サラースの言葉が示す通り、地面には冒険者が残した装備が散らばっている。それは、無惨に殺された冒険者の遺物であるか、あるいは急いで撤退する際に落としていったものだろう。


「分かりました……なるべく足を高く上げて、落ち葉の下の根に躓かないようにします。」


森林にはもはや普通の鳥はいない。霧猿によって追い出され、残っているのは霧猿と共生関係にあるカラス、そして「罪人の樹」と呼ばれる植物型魔物だけだ。その外見は、まるで十字架に磔にされた罪人のような形をしている。


「なんて可哀想なんでしょう……どうかその魂が故郷に帰れますように。」


「冥界を見た者が言うことではないな。」


「すみません!私の故郷では、『落葉帰根』がとても大切な考え方なので……。」


「静かに、前を見ろ。」


サラースが足を止めた。ティロもその場に立ち止まり、前方の密林から聞こえる物音に耳を澄ませる。


「ジェック殿、背後に気を付けて!」


「【風】!……くそ、この林の霧は川辺のものと違って、全然吹き飛ばせない!」


「【生命、水】——治癒!華櫻、少しは良くなりましたか?」


混じり合う数人の声と、霧猿たちの鳴き声が聞こえてくる。


「サラース様、前方に冒険者のパーティーが霧猿に襲われているようです。」


サラースは何も言わず、静かに待っているだけだった。


「助けに行きますか?」


「……助ける?」サラースはティロを見つめ、「構わない。」


その一言を聞き、ティロは急いで前に進もうとした。しかし、その直後、サラースが言葉を続けた。


「だが、その後、彼ら全員を消さなければならない。秘密を守るためにな。」


「え……?」

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