家族



「ねえ、里さん。

 なんかヒネリのある料理ないの」


 瑠可は、次の日、会社帰りに里の店に行っていた。


 カウンターで、いつものメニューを食べながらそう言うと、忙しげに立ち働く里は、


「定番が一番美味しいのよ。


 それが家庭の味で。

 家族の味よ」

と言う。


 家族か。


 今はまだ、それを思えば、和歩が浮かぶが、いずれ、一真へと変わっていくのだろうか。


「ねえ、あんた、ほんとに一真くんと結婚すんの」


「そうだねー。

 いい加減な女になりたくないから、一度決めたことをひるがえしたくないっていうか」


「そうなの?

 単に怖いだけなんじゃないの?


 あの子に和歩と結婚したいって言うのが」


 あの子とは、お母さんのことのようだった。


「そりゃそうよ」

と素直に認める。


「どんな恩知らずだって話じゃない?


 今日まで娘にしてもらってましたが、明日から、息子さんの嫁にしてくださいとかおかしくない?」


「あんた、ほんとに私の子ども?」


 どうでもいいことにこだわり過ぎなのよ、と言う里に、


「里さんにはわからないのよ。

 親に捨てられた子どもの気持ちなんて。


 それを拾ってくれた人がどれだけありがたい存在だったかとか」

と言うと、真子が料理を運びながらも聞いていて、


「あらあら、瑠可さん」

と苦笑いしていた。


「私はあんたを捨てた覚えなんてないわよ。

 あの子が強引に引き取ってったのよ。


 あんたも、あの子の手を取った。

 だから、こんな子、もう知らないって思ったわ。


 腹を痛めて産んだのに。

 こんな裏切りってないって思った」


 いや、誰が父親を裏切って、愛人と出て行く母親についてくと思ってるんだ。


「そんなことより」


 そんなことよりってな……、と思っていると、


「あんた、ほんとに一真くんが好きなの?」

と訊いてくる。


「うーん。

 思ってたより好きかなって昨日思った」

と言うと、またも聞いていた真子さんが、あらあら、と言う。


 あのとき、結局、一真はなにもしなかった。


 いや、なにもとは言わないが。


 自分が嫌がったら、引いてくれた。

 少し困った顔で。


 そのときの一真の顔は好きだと思った。


 本当に大事にしてくれてるんだな、と感じられたから。


 だから、和歩の方がちょっとたちが悪いような気はしている。


「和歩には、ぐいぐい引っ張ってってくれるような、強引さがないからねえ。


 あの苦労知らずの、エリートのおぼっちゃまは」


「佐野先輩も、ほぼ同じ条件なのに、なんであんなに性格が違うんだろうね」


「生まれつきですかねえ」


 女三人、首を傾げた。


 里たちの歳になっても、男は不可解な存在のようだった。


 だが、男たちにとっての女もまた、同じことなのだろう。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る