危険だ……
トイレに行く、と言って、瑠可と別れたあと、麻美は久しぶりに緊張している自分に気がついた。
彼氏と出かけても、今はこんなことはない。
なんなんだろうなー、もうっ、と思いながら、すぐに訪れるはずの昼休みを待つ。
そして、和歩にかけてみた。
急がしくて出ないかも、と思ったが、和歩はすぐに出てくれた。
「二階堂か」
とこちらがしゃべる前に言ったので、なんでわかったんだろうっ、と感激したが、よく考えたら、携帯の番号を勝手に消したのは自分なので、和歩の方には残っているはずだった。
単に着信に表示された名前を見て言ったのだろう。
和歩にとっては、自分の携帯番号など、自分にとっての、一真のそれと同じだ。
あってもかけないから、あってもなくても関係ない。
「……和歩」
と言った声が、思ったよりも掠れていた。
あ~っ、もうちょっと可愛い声で出たかったのにっ、と思う。
緊張で喉が締まってしまったらしい。
「あの、ちょっと話があるんだけど。
今度、会えない?」
少し間があり、
「……いいけど?」
と和歩は言ってきた。
そう言われたら、嬉しいかと思ったが、特に嬉しくはなかった。
なんだか余計、苦しくなっただけだ。
和歩は自分がなんの話があると思ってるんだろうな。
そう思って。
このタイミングだ。
恐らく、瑠可か、一真の話だと思っているだろう。
明日の昼に、お互いの会社の中間地点で、ランチに行くことになった。
学生時代なら、舞い上がっただろうが、今は、そういう気分にはならない。
まあ、彼氏も居るし、そんなんじゃないし。
ただ、本当に、話しておきたいことがあるだけだ、と麻美は思った。
「今日、二階堂から電話がかかってきたんだが」
晩御飯のとき、和歩がそんな話を振ってきた。
うん、と瑠可が言うと、
「知ってるのか。
お前はついて来ないのか」
と言う。
「なんで私が。
麻美先輩は、おにいちゃんに話があるんでしょ?」
なんの話なのか、少々気になるが。
まさか、ついていくわけにもいかないし、と思っていると、母親が、
「ねえ、瑠可。
今日は来ないの、一真くん」
と上機嫌で訊いてきた。
なに言ってるんだ、この親は、と思いながら、ご馳走様~と立ち上がる。
お風呂に入って部屋に戻ると、すぐに一真から電話がかかってきた。
「瑠可。
いつパスポート取りに行くんだ?」
と訊いてくる。
「えっ。
パスポート?」
「うちで式を挙げるにしても、和歩の式が海外であるかもしれないし。
俺たちの新婚旅行が海外かもしれないだろ」
「俺たちのって……。
いや、それ以前に、先輩は、新婚旅行は海外に行きたいんですか?」
確か、飛行機は苦手だと言っていたような、と思いながら問うと、
「行きたくないとも」
と言う。
「だが、お前が行きたいと言うのなら、ついていく」
新婚旅行で、ついていくって言い方も変だが、と思いながら、
「私も国内で温泉とかの方が好きです」
と言うと、
「そうだろう!?」
と一真は意気込んで答えてきた。
「じゃあ、国内を予約しよう。
八月十五日なんて、もう何処の宿も空いてないかもしれないけどな」
「ちょーっと待ってくださいよーっ。
十五日でいいとは言ったけど。
相手は先輩でいいなんて言ってませんよっ。
っていうか、先輩には、私なんかより、いい相手が現れますよ」
早まらないでください、と言って、
「なに使い古された断りの文句言ってんだ」
と言われる。
「まあ、それもこれも、年をとってから、いい思い出になるさ。
あのとき、あんなこと言ってたなーなんて」
「同窓会で再会したときの話ですか」
「……つくづく可愛くないな、お前は。
ところで、今、カーテンを開ける音がしたが」
「いや、すごいタイミングでかかってきたので、まさか、また外に居るのかと」
しかし、家の前の道路を見てみても誰も居なかった。
「そうか。
来て欲しかったのか」
と上機嫌で、一真は言う。
「ちーがいまーすー」
危険だ、と瑠可は思っていた。
元より、一真のことは嫌いではないし。
こう勢いよく陽気に押されてきたら、お調子者の自分など流されていってしまう。
かといって、此処で、ぐっと踏ん張ってみても、和歩との未来などないのだが。
「わかりました。
パスポートは早いうちに取りに行きましょうよ。
おにいちゃんからは、まだ、なんの指示もないですが」
「そうなのか?
そういや。
そもそも、和歩はパスポート持ってるのか?」
「さあ?
子供の頃は、持ってたような気もするんですけどね」
「持ってたにしても、パスポートも更新しないと、切れてるぞ。
海外挙式にしては、呑気だな。
まあ、いい。
俺は今週は、木曜が休みだ。
お前も休むか」
ええーっ、と瑠可は眉をひそめる。
「じゃあ、休めたら、連絡くれ。
じゃ」
と電話は切れてしまう。
勝手に決めるなーっと誰も居ない夜道を見ながら、瑠可は絶叫した。
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