これが運命って奴かしら


 

 翌日のお昼前。


 瑠可はパソコンを打ちながら、うとうととしていた。


 昨日の騒動のせいか、悪い夢を見て、よく眠れなかったからだ。


 天井に張りついているボスが、今の一真になっていた。


 彼の後ろには蜘蛛の巣がある。


 身軽だから、ボス猿のように言われていたが、天井に居るから、どっちかって言うと、蜘蛛だよな、と夢の中で、妙に納得していた。


 その天井の一真が、どすん、と自分の上に落ちてくるのだ。


 リアルに重い。


 実際に感じた一真の重みのようだ、と思いながら、目を覚ますと、身体の上にパンフレットが山と載せられていた。


 和歩が側に立って、自分を見下ろしている。


「遅いぞ、瑠可。

 お母さんが早く下りて来いって言ってる」


 は、はーい……、と笑顔のない和歩に返事をしながら起きた瑠可は、彼の背を見ながら、今、私にパンフレットを投げつけたのは奴だな、と思っていた。


 やれやれ、とベッドから降りると、バリだのハワイだの大きな文字で書かれた冊子が布団の上から、どさどさ落ちた。


 と、いう悪夢だ。


 いや、途中からは、夢ではない。


「大丈夫? 浜野さん」


 隣の席のおばさまがそう訊いてくれる。


「あー、大丈夫です。

 ちょっと寝不足なだけで。


 今、眠り薬を盛られて、膝に短刀を突き立てる忍者の気持ちがすごくよくわかるな、と思っていたところです」


「……ちょっと外、歩いてきたら?」


 人の良いおばさまを不安がらせてしまった。


 ありがとうございます、と言い、瑠可は席を立った。


 大きく伸びをしながら、日差しの強い渡り廊下を歩く。


 別棟まで行って、なにか飲み物でも買ってこよう。


 そう思ったとき、向こうから、麻美がやってきた。


 麻美のちょっと色気を感じるような、いい香りがふんわりと漂ってくる気がする。


 匂いというより、彼女の放つ気配なのかもしれないが。


「麻美先輩っ」

と瑠可は、忠犬ハチ公のように駆け寄った。


「何処行くの?」

と素敵な笑顔で、麻美が訊いてくる。


「ちょっと眠くて。

 ジュースを買いに」

と笑うと、


「じゃあ、私も行こうかな」

と言う。


 麻美は一緒に、今来た通りを引き返してくれた。




 結局、建物の外にある自販機まで、二人で歩いた。


 シャキッとするために、炭酸系の新製品のジュースを買ってみたが、なにやら、不思議な味がした。


 白い壁に背を預けると、熱がじんわりと伝わってくる。


 なんとなく夕べの騒動の一部を話していた。


 一真が、これは、運命だと、のたまった辺りだ。


 迷わず、麻美は笑い出す。


「わかるわかる。

 急に発想が壮大になるのよ、恋をすると。


 でも、一真もなるとは意外ね」


 珈琲を飲み終えたらしい、麻美も壁にすがり言った。


「私だって思ってたわ、昔は。

 好きな人を王子様みたいとか」


「麻美先輩でもですか?」

と言うと、麻美は笑わず、アスファルトを見つめていたが、


「ねえ、和歩に会わせてよ」

と言い出した。


「十時以降なら大抵、居ますよ」


「そんなに遅くに行ったら、ご迷惑じゃない?」


「佐野先輩に比べたら、全然ご迷惑じゃないです」

と言ったら、笑っていた。


「ちょっと二人で話したいから、和歩の携帯の番号教えてくれない?」


「あれ?

 知らなかったでしたっけ?」

と言うと、麻美は、


「消しちゃった」

と言う。


 はあ、そうなんですか、と釈然としないながらも、元々知っていたのだから、いいだろうと、和歩の番号を教えた。


 だが、赤外線で飛ばそうとしても、うまくいかない。


「来ないじゃない……。


 瑠可っ。

 あんた、実は教えたくないんじゃないのっ?」


「えーっ。

 私は飛ばしてますよーっ。


 先輩が受け取ってないんですよー」


「試しに、一真を送ってみなさいよ」


「先輩、それも消したんですか?」


「一真の番号なんかあってもなくても一緒よ。

 わざわざ消さないわよ」


 なにかの弾みで消えたのよ、と言う。


「あっ、ほら、一真なら来るじゃないの。


 ……これが運命って奴かしらね」

と呟いていたが、ただの機械音痴のようだった。









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