音楽

@harutakaosamu

音楽

 音楽室の外に今年も「落ち葉入れ」が出来た。

 これは何かというと、うちの学校名物桜並木が、秋になると物凄い量の落ち葉を落として、風が吹けば視界をさえぎられ濡れれば自転車が滑って、と校内でちょっとした混乱が起きるからだ。因みに春満開時でも花びらで同様の事が起きる。恐ろしい。

 落ち葉を入れるもの、といっても地面にベニヤ板で四方を囲むだけなのだが、高さが2m程なので脚立が必要になる。十一月も下旬になって落ち葉入れもいっぱいになってきた。溜めてどうするんだといつも思う。

 落ち葉用に学校が用意した竹ざるに、竹の熊手で掻き集める。ちりとりと違って沢山入るし砂がふるい落とせる竹ざる。ほうきよりも楽に落ち葉を掻き集める熊手。こんなに重用するとは思わなかった。昔の人凄い、竹細工凄い。

 そして野外清掃のときにいつも思う。や、こんなときでなくともたまに思うのだが。

「なーんで私たち女子の制服にまだスラックス無いんだろ、今どきじゃないよねえ。やっぱ一族経営だからなぁ、元女子校だしね。そう思わない? まみちゃん?」

「……まちのん、表現が昭和やんか」

「……スラックスが?」

「パンツとかズボンって言わんとこがウケるわ。本めっちゃ読んでんねんな」

「あ、今ね、横溝正史にはまっているの。金田一耕助シリーズ」

「ナニそれ、名探偵の少年マンガちゃうん?」

 うちは私立中高一貫共学校で、中等部のうちにクラスがひとつ減った。高等部卒業までにまたひとつふたつ減るらしい。進学校怖い。

「まちのん道具片付けとくねえ」

「ありがとお。捨ててくるう」

 問題は、落ち葉で山盛りの竹ざるを脇に抱えながら脚立を登らないといけないとき。

「や、独りでは無理やって」

 独りごちながら脚立の足場を整える。制服だがアンダースパッツ履いてるし、まいっか。竹ざるを脇に抱えるだけで、ほらもう落ち葉がこぼれる。

 唸りながら脚立を登ったら、落ち葉の山から男子生徒の足が二本飛び出していた。

「ス、スケキヨーー!」

 視界が斜めになっていく。体勢を崩した。竹ざるがベニヤ板に当たって落ち葉が跳ねる。

 ぶはっと落ち葉の山が割れて腕が飛び出してきた。

 青い空を掴むかのように広げた腕で掴まれて、半ば吊り上げられるかのように落ち葉の海に引きずり込まれた。

「ーー町野まちのさん」

「た、田鍋たなべくん。あ、ありが、う、へ、べべ……」

 口の中がジャリジャリと苦い。落ち葉と土ぼこり。

「だいじょーぶ?」

 田鍋くんだって頭も制服も落ち葉と土ぼこりまみれなのに、呻く私の身なりを整えようと頭を払ったりしてくれている。スカートは自分で直した。アンダースパッツ履いていたって恥ずかしい。やっぱり「まいっか」で上手くいったためしがない。

「はあ」

 ドキドキが止まらない。落ち着こうと空を見上げると、旋回しながら鳥が飛んでいる。鴉か鳶か。秋でも上昇気流はあるんだー。

「ーーあの田鍋くん、私……沈んでいってるんですけど、どしたらいいのっ!?」

 落ち葉の上に正座しようとしてモゾモゾすると、落ち葉の中にドンドン埋まっていく!

「よし、ほいじゃあね。こっち、こっち来てみりん。……あ、あーっ! ちょっと待ってや、もう俺に乗ってまっとるがね」

「とっ、ちゃっ、ちょっと……ちょっとこれはちょっと!」

「なあ、町野さん、俺の上に乗せておかんと、まるでアリジゴクみたいにズブズブ呑まれてまうもんで」

 仰向けで寝転んでいる田鍋くんの膝の上に乗り上げるように体を預けている。

「ええー、どうやって出るの?」

 落ち葉はフワフワではなかった! ガサガサして痛いしチクチクして身動ぎしていたら、あともう少しで満杯だった落ち葉は3分の2まで潰れてしまった。ベニヤ板と空の切れ目が高い。

「はあ」

私のため息に、田鍋くんが

「ため息ついとると幸せ逃げるがねぇ」と返す。

 間。

 はあ、どうしたらいいんだろう。

 ……音楽室で誰かが弾いている。サカナクションの曲。

 田鍋くんは頭の後ろで腕を組んで、空と落ち葉を交互に見ている。合わない目線が、気まずい。

「……やっぱ、邪魔しちゃった?」

 おそるおそる聞く。

 だって、こんな所で黄昏たそがれてるようなタイプではないのだ、田鍋くんは。

 だって、顔に付いている汚れが泣いた跡みたいなんだよ、田鍋くん。

「んー、や、そうやないよ。町野さんがちょっとおっちょこちょいでおもろかったもんで」

「お、おっちょこちょいって。昨今聞かんわ」

「ん、『さっこん』って何だ?」

「『昨今』知らんの!?」

「知らんがね 」

「昨今の若いモンは」

「おまえも若いやん!」

 笑いの後の、間。

 イヤイヤイヤ、同じクラスなったことあるけど、田鍋くんとこんなに話したこと無いのよ。

 足のアチコチが疼くようにチクチク痒い。落ち葉で切っているのかも。でもモゾモゾするとまた沈みそう。

 チラチラと田鍋くんの顔を見る。

「……やっぱ、どうやって出ようか考えてる?」

 声をかけてみるけど、何話せばいいのか分からなくてオドオドしちゃう。

 だって、男子生徒とこんなに密着したことなんかない。

 だって、田鍋くんに体を預けて馴染んでいるのが、触れているところが同じ体温になっているのが恥ずかしい。

「いや、なんもないや」

「あらー」

「驚いたがね」

 間。

 イヤイヤイヤ、いたたまれない。出ましょう、どうやって出ましょう?

 でも、何となく、本人の口から「出よう」と言わせたい。言うまで待ちたい。

 間。

 音楽室。

 私を探しいる声。

 自分の所在を応えようとするが、こんな所に二人で居るなんて、何か勘繰られだりやっかまれたりするあのはちょっと、なんというか恥ずかしい。

「よしっ、出よか」

 私の下敷きになっている田鍋くんは、気合いとともに跳ね起きた。 落ち葉に足がズブズブ沈んでいく。

「おおきん、ほいじゃあね、まず自分の足の上に乗っかってみりん。重いとか痛いとか全然気にせんでええで、ほんまええでええで。このままやったらほんまに出れんがね。おうおう、板に手ぇ掛かれるか? よおし、ほいじゃあ足持つでー」

 中腰になった田鍋くんの膝に片足乗せて、もう片足は両掌てのひらに乗せられて。こ、これはーー!

「よし、いくよ。せーのっ、ほいっ!」

 兎のようにぴょいと跳ね飛ばされて、私の体は中に浮いた。

「ほ、ううっーー!」

 浮遊する世界。田鍋くんと目が合う。ニヤニヤ笑ってる。なんてことをなんてことを!

「ま、まちのーん!」

 落下しながら振り返ると手を伸ばして駆け寄るまみちゃん。イヤイヤ受け止めちゃダメだから、怪我するから!

 体を捻ってストンと足から着地した。運動神経悪くない私、てかまみちゃん足遅かった。

「な、まちのん、うええ!?」

「居た、落ちた、投げられた」

 ーーカエサル活用か!?

 独りツッコミ入れながらベニヤ板の向こう側に声を掛ける。

「田鍋くん!」

 オウ、と声と共にダンッとベニヤ板が跳ねて、縁を掴む手と顔が向こう側から飛び出した。

 が、すぐ消える。

「ホンマ田鍋くんやん。何してんねん田鍋くん、ほんまに。てかまちのん、田鍋くんとあんなとこで何してたん!?」

 横でアニャオニャ言ってるまみちゃんを無視する。

「 おっけー、町野さん、脚立立ててみ! 」

「え、脚立!?」

「 立てて伸ばしてみりん! 」

「た、立てて伸ばす?」

「 そうそう、立てて伸ばして! 」

「立てて……伸ばす?」

「え、町野さん分からんの? ほんとに? 町野さんに分からんことあるがね? 」

 ベニヤ板越しに驚かれている。面白そうに笑ってる声。

「うーん」

「 えー、町野さんって何でも知っとるイメージあったもんで驚いたわ」

「うん、教科書載ってることは大抵覚えてるんだけど、今ものすごく分からん」

「昨今の若いモンやろ」

「それな」

 無視していたまみちゃんが、「ウソやん、何してんの」と言いながら、ベニヤ板の横に脚立を立てると片足を持ち上げて梯子にした。

「え!?」

 ビックリしている私にビックリするまみちゃん。

「え、ウソやん、え、ホンマに知らんかったんまちのん!?」

「知らないわあ。ナニコレ、コロンブス!?」

「や、そんなん常識やで」

「イヤイヤ、ビックリした、すごいわあ。アレくらいビックリした、『悪魔が来たりて笛を吹く』の楽譜くらい」

「何やのん、それ。また昭和かいな?」

 ベニヤ板がドンドン鳴る。

「おーい、ええかあ!?」

「あ、ごめーん、忘れてたわあ」

「もう、ひっどいことするなぁほんま!」

 ベニヤ板が割れるかと思うほどの音を鳴らして、田鍋くんが一気に上半身を乗り出した。慌てて梯子にした脚立を支える。

「 アタマ気ぃつけてよ! 」という声に首をすくめる。ブンっと頭上の風を切る重い音がした。ヒエッ。

「よ、よっと」

 ちょっと足掛けただけで、田鍋くんは飛び降りた。着地する背中に、「要らなかったんじゃない?」

 と抗議すると、

「あーちょっと欲しかったなあ」と答えて笑った。

「あ、田鍋くん、顔に傷ついてるよ。葉っぱで切ったかな、痛くない? 」

「やっぱし、この辺が気がするとこだ。なんか痛いなーって思っとったんよ。町野さんは平気か? 」

「全身痒い〜」

「俺も〜」

 間。

「あー、……」

「……じゃ」

 何となく、お互いに言い淀みながらの解散になった。チクチクとうなじが痒い。

「……ねえ、何があったん、その葉っぱまみれって何?」

 まみちゃんの聞きたいことは、正直に答えたくない。

「うーん、ちょっとーー」

「ちょっと?」

「うん、ちょっと異世界転移してきた」

「おぉ、ほんまかぁ〜。そりゃしゃあないなあ」

 面白いから許す、と言ってくれたまみちゃん。もう見えない田鍋くんの後ろ姿。


 田鍋くん、田鍋くん。

 こんなになっても思い出すなんて思わなかった。

 田鍋くん、田鍋くん。

「そのとき、おもしろかったがね」って、まみちゃんと三人で話したかった。

 まみちゃん、ごめんね。ごめんね。

「私の好きな人が、私の好きな親友を選んでくれて嬉しい」って、あのときは本当に思っていたんだ。

 本当に思っていたんだよ。



























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