第10話 二度めだ!!

「心優しく美しいシールさんなら、きっと私が不当な扱いを受けるのを見過ごせないはずですよね?客観的に考えて、精神的な補償くらいはあってもいいのでは?例えば、私の哀れな報酬額を、半減せずに済ませていただくことはできませんでしょうか?」


「ミル、ここはギルドよ? 勇者アマチュア慈善機関じゃないんだからね~?」


「その法案、まだ議会にすら上がっていませんよ。今年中に議題に上がるかも怪しいものですし……。それに、今回の任務で私とミュウさんに若干のミスがあったことは認めますが、さすがに報酬額半減まではいかないでしょう?」


「あなたの言う『若干のミス』って、百年もの歴史を持つ神秘の洞窟を爆破したこと?

それとも、依頼書にしっかり書かれていた『調停』という文字を無視して、全員を病院送りにしたこと?

あるいは、警信使ジュンシンに捕まって、最終的にギルドが保釈金を負担するハメになったことかしら?」


シールさんが淡々と事実を列挙するのを聞きながら、ミルの背中を冷たい汗が伝った。


──このままではまずい。

そもそも、ミュウさんとは報酬を折半する約束だった。

罠の銀糸代と、事前に行った遁地会と落地会の調査費用を差し引いて。

さらに、あのチンピラたちから奪――いや、自発的に譲り受けた品々の利益を加算すれば、本来なら報酬額は倍になるはずだった。


しかし、現実はそう甘くない。


洞窟の爆破はともかく、警信所けいしんしょを巻き込んでしまった時点で報酬額の半減は確定。

おまけに、チンピラたちの物品も没収される羽目に……

もはや、損失を出さずに済めば精霊さまに感謝すべき状況では?

現状に鑑みますと、誠に不道徳ではありますが……申し訳ございません、チンピラたち。これも生活のため…


「シールさん、この件は分けて考えるべきではないでしょうか。

まず、洞窟の損壊についてですが――あの時の状況はあまりにも混乱を極めておりました。


シールさんも先ほどご覧になったかと存じますが、警信所けいしんしょ内で魔術を使用できたあのチンピラがいたことを考えれば、この洞窟の崩落はそいつらの仕業であり、我々が引き起こしたものではございません。


次に、我々の調停手段についてですが、事態の緊急性を考慮し、彼らを一斉に病院送りにすることが最も迅速かつ確実な解決策でございました。

そして警信使ジュンシンによる逮捕も、すべてあのチンピラの魔術が原因であり、我々には一切の関与がございません。」


これこそが「原因と結果のすり替え」。

これこそが「真実を覆す詭弁」だ。

ミルはそれを、見事なまでに体現してみせた。


彼の口から語られた瞬間、物事の本質はまるで違うものになった。

何も知らない者であれば、その理路整然とした弁論にすっかり騙されてしまうだろう。


だが、彼の相手はシールさんである。


「そういうことなら、ミルが裁判所から召喚されたとき、

ギルド代表として傍聴申請しても問題ないわよね?その場でミルの証言がブレないことを確認するためにね♪

ちなみに、ギルドに対する詐欺行為は違約金二倍よ?」


ミルは肩をすくめ、とうとう開き直ることにした。


「シールさん、私のこの傷だらけの体をご覧ください。本当に、あと少しで命を落とすところだったのです……しかも最近の物価は上昇する一方で、ねむじゃんの食費も

あります。委託報酬が半減すれば、私生きて…」


シールさんはふわりと微笑みながら、ミルの肩を軽く叩いた。

「ミル、転職を考えたら?」


――まさかの二度目の転職勧告!!!


「私の委託報酬、せめて減額なしという選択肢はございませんでしょうか?」


「無理よ。これはギルドの規則だから、私の一存で変更することはできないの。そんなことをしたら、ギルドの運営自体がめちゃくちゃになっちゃうわ。」


「しかし……」


「小動物みたいな目で見つめられても、規則は規則よ。」


――くそっ、こうなると、最初からねむじゃんを連れてくるべきだったか……!

ミルは心の中で悔しがった。

シールさんの目の前で、ねむじゃんがちょこちょこと歩き回っていれば。

さすがの彼女も可愛さに負けて、減額まではいかなくとも、何かしらを譲歩してくれたかもしれない。


「シールさん~、もう一度だけ考え直していただけませんか?特別な、例えば勇者アマチュアポイント制度とか。ポイントを貯めることで、多少のメリットを得られるとか……!?」


ミルは最後の望みをかけて食い下がったが、シールさんは微笑を崩さず、淡々と書類をミルの前に差し出した。


「ダメよ。この世の勇者アマチュアは皆同じ。ミルは今日、運よく依頼を取れて報酬も得られたけど、世の中には依頼掲示板の端にすら触れられない者が山ほどいるの。かつてのミルのように。もし私がここで前例を作ってしまったら、残った最後の依頼を巡って必死に争っているそこの勇者アマチュアたちが、皆ミルを真似するわ。」


シールさんに諭されながら、ミルはカウンターに向かい、書類に筆を走らせた。


内心では溜め息をつきながらも、ものの数分で必要事項を記入し、書類をシールさんに手渡した。


ミルの不満げで、どこかしょんぼりした表情を見て、シールさんは思わず苦笑した。

彼が記入した書類に一通り目を通し、記載内容に誤りがないようしっかり確認する。

何せ、目の前の金髪青年は紳士のように振る舞うが、この手の書類に関しては年々狡猾さが増しているのだから。


ふと、シールさんの脳に、二年前のミルの姿が浮かべる。

まだ勇者アマチュアになりたてで、右も左も分からず、素直で純粋な新人だった頃の彼を。

――これが「時の流れ」ってやつなのかしらね。

相当変ったな。いい意味でも、悪い意味でもある。


とはいえ、彼に変わらないものがあるとすれば、それは彼の筆跡だろう。


勇者アマチュアの多くは、ギルドの受付を「金を受け取る場所」としか考えておらず、そのせいか、提出する書類の字は読解不能なほど汚いことがほとんどだった。


だが、ミルだけは違った。


彼の文字は常に整然と揃い、まるで書道家が筆を振るったかのように美しかった。

見ているだけで気持ちが良くなるほどの。


そんな静寂を破ったのは、後方からの騒がしさだった。

声のボリュームは増し、果てには魔術の気配すら漂う始める。


ギルド内の混乱ぶりに、先ほどまで落ち込んでいたミルも思わず眉をひそめる。

ましてや、ずっと言葉で制止していたシールさんにとっては、なおさら苛立つ状況だった。


やがて、シールさんの表情から微笑みが消え、怒りの色が浮かぶ。

とはいえ、彼女はまだ冷静だった――少なくとも、ある出来事が起こるまでは。


――ドゴォォォン!!!


突如、一人の勇者アマチュアが吹っ飛び、受付カウンターへと突っ込んできた。

勢いよく倒れ込んだ彼は、書類と水の入ったコップを派手にひっくり返す。


今朝からシールさんが丸一日かけて整理していた書類が、全滅した。


ミルは落ち込んでいるどころではなくなった。

むしろ、今の彼が抱えているのは純然たる恐怖。

――シールさんの機嫌を損ねた結果がどうなるか、彼は既に何度も目にしている。


黒いオーラが彼女を包み込み、もはや表情を読み取る必要すらなかった。


「シールさん、落ち着いてください!どうか冷静に……!」


ミルの必死の説得を遮るように、シールさんは鋭い視線を向け、言葉に強烈な感情を乗せて、命じた。


「あのバカなゴミたちをボコボコにしてきなさい。15ギル払うわ。」

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