軽い金貨

 天秤と台。そして十二枚のコイン。その時点でどのようなゲームか分かったのは、牡丹もこういったゲームについては詳しかったからだ。


「ひょっとして、この中で一枚重さが違うコインがあるっていう」

「お、やっぱり知ってるか。じゃあ説明も簡単でいいな。予想通りだよ」


 従志郎は、手際よくコインを台に並べ始める。手つきからそれなりの熟練が感じ取れた。


(でも大丈夫。これなら見切れる)


牡丹もわざわざギャンブルの実技試験などという、潰しのきかない技能の試験を受けて島にやってきたのだ。相手の実力を測れるくらいの技量はある。

基本に忠実だが、手品(イカサマ)に必要な意表を突く動きは無い。それが牡丹の出した結論だった。


「こいつは学園で扱ってるゲーム用のコインでな。当然ほとんど重さは一緒。だが工業製品の常で、エラー品ってのは出てきちまう。この中の一枚がそれだ。人間ならよっぽど注意して比べないと分からない違いだが、秤だと確実に違いが出るくらい軽い。この通り」


 両方の皿に六枚ずつコインを載せる。牡丹から見て右側の皿が、首をかしげるようにゆっくりと落ちていった。


「こうやって重さを測っていって、これだ、っていうのがあったらそいつを選ぶ。で、この測定用のコインと比べて、秤が傾いたら勝ち。シンプルだろ?当然、こいつはパズルじゃなくてギャンブルだから、しょっぱなから一枚選んでもいい。一二分の一だが、当たれば勝ちだ」


 いわゆる論理パズルに、こういった問題が存在する。パズルでの基本戦略は、コインを三つのグループに分けることだ。二つを天秤にかけ、釣り合えば余った一つのグループが、傾けばどちらかのグループにエラーコインが入っていることになる。


 しかし、それは戦う相手がいない場合の話。そのことを牡丹は理解していた。


「秤を使っている方が回答できる、ってことで合ってますか?」


 牡丹の質問に、従志郎は感心したように目を見開く。

初心者のほとんどはルールを聞くだけで精一杯になるものだが、この新入生はゲームの穴を突こうとしていた。ルールを理解しようとする、勝つための問いだ。


「ああ、それでいい。先攻後攻はそっちが決めていいぜ。こっちは慣れてるんだ。そのくらいのハンデはあるべきだろ」

「エラー品だと思って選んだコインが間違っていたら?」

「そんときゃそいつの負けだな」

「エラー品は、軽いということで間違いないんですか?」

「そっちも間違いない。エラー品は軽い。重さが分からないなら一手手間が増えるが、それで賭けが面白くなったりはしないからな。シンプルにいこうぜ。他にはあるか?」


 牡丹はあえて答えなかった。考える時間はいくらあってもいい。きっちり並んだ一ダースのコインを見つめながら、計算を巡らせる。

 まず先攻後攻のどちらになるべきか。これがパズルなら、四枚ずつに分けて、三つの塊のうち二つを比べるだけでいい。それが最短距離だ。


 だがこれはギャンブル。確率が高ければ勝ちなら苦労はない。計算するにも、より考えねば五分以下の勝負を強いられる。

 牡丹はとりあえず先攻の場合を考えてみる。四枚ずつ比べた場合、さらに四枚から選ばねばならない。確率は四分の一。低すぎる。

 対して後攻は四枚からスタートすることになる。そうしたら後攻のプレイヤーはコインを一枚ずつ秤にのせる。傾けばそれで終わり。軽い方がエラー品だ。二分の一の確率で勝てる。

 もしエラーコインがのせた二枚の中になかったとしても、これはギャンブル。余ったコインから適当に選べばいい。それでも二分の一の確率で勝てる。

 場合分けすれば、二分の一の勝負を二回行えるわけだから、コイントスで二回とも裏になる以外は勝ちなのと同じ。後攻は四分の三の確率で勝てることになる。完全に不利だ。


 三枚ずつも似たような計算でアウト。一枚ずつでは恐らく泥試合になる。長引けば先攻の意味がない。逆に五枚、六枚はどうだろうか。最適に動けば五枚は後攻がわずかに有利。六枚は五分五分である。

 後攻にするべきか。牡丹の論理的な部分はそう告げている。しかし、勝負師としての勘は、それは逃げだと糾弾していた。

 多くの勝負においては先攻が絶対に有利だ。単に一手多く動ける以上の価値がある。

 それは盤面を作れるということ。相手の行動を操れるということだ。これが初めての対戦である以上、経験値は向こうが圧倒的にある。微妙な確率上の有利を得て、主導権を売り渡すべきか。どうにも割のいい取引とは思えない。


「先攻で、お願いします」

「悪くないな」


 後輩の宣言に、従志郎は微笑んで頷いた。


「じゃあ、ざっとかき混ぜてくれ。公平にな」

「いいんですか?わたし、結構得意ですよ?こういうの」


 ちょっと生意気なことを言う。牡丹もそれなりの努力をして入学を許可されたのだ。実践したことはないが、イカサマの類もできないことはない。

 後輩のそんな挑発を、従志郎は笑ってかわす。

「いいさ。小細工くらい見慣れてるし。俺だってここに一年ちょっとはいるんだぜ?」

 それで準備は整った。



 牡丹は手袋をつけなおす。従志郎もあわせるように、白手袋をきつく引き伸ばした。

 真っ白な手袋は商品に汚れをつけず、指紋を使ったイカサマを封じるためのもの。そして着用者がただの学生ではなく、プロのエンターテイナーであると示す証明書でもある。

 牡丹はござの上にコインを並べると、魔法のようにかき混ぜていく。手を滑らせると、黄金のコインは一直線に並んだ。こういう芸は見飽きているだろう従志郎も、ちょっと目を見開くくらいには手際がいい。


「お、言うだけあるじゃないか」

「練習しましたから!それで、取っちゃっていいんですね?」

「ああ。好きにはかるといい。ただコインとか秤の扱いは気を付けてくれよ?手垢一つでゲームが成立しなくなるからな」


 言われるまでもない。もとより手袋はそのためのものだった。

 コインの準備を負えると、今度はトランクの緩衝材にはめ込まれた天秤が出てくる。一目で店売りのものでないことが分かった。


 美術品に近い。秤の本体に刻まれた彫刻は精緻で、皿は鏡のように輝いている。これまた複雑に彫刻された両腕を置く支点は、筆先のように細い。これで従志郎の言ったような精度が実現できているのなら、とてつもない技術が使われているはずだ。


「これ、いくらするんですか?そもそも作ってくれる所を見つけるのも大変そうなんですが……」

「ああ、こういうのは学園地下の工場で注文するんだよ。ポイント払いなら割引が利くぜ?これはトランク含めて五万ポイントくらいだったかな」


ざっと五百万円強である。


「高すぎる!いえ、物の値段は適正なんでしょうけれど、こんなゲームで使うような道具じゃなくないですか!?」

「安心しろ。レンタルだ。二年生にもなると人脈ってものがあるんだよ」


 コネだけでこれほどの道具を調達できるならたいしたものだった。それをこんな勝負で使うのは無駄以外の何物でもないのはご愛敬である。

 従志郎は、これまたトランクの緩衝材に埋まっている台座の上に天秤を置いた。トランクの機構を細かく動かし、水平器まで使って平衡を確保する。


「本格的ですね……。1ポイントなのに」

「どんな小さいことでも全力を出す!それが勝負師。と言いたいが、この勝負の性質上、どうしても精密さが必要だからな。ここの生徒だと、下手すりゃミリグラム単位を素手で量る奴がいるし」


 さすがはギャンブラーの殿堂だった。何しろ国内唯一の公的IR施設。金がかかれば異能を持つ人間がどこからともなく吸い寄せられるものだ。

 用心を重ねれば自然、厳密さが求められる。そしていらない苦労を背負い込む羽目になるわけだった。


「もっと簡単な勝負にした方がいいんじゃ……」

「そういう簡単で面白いゲームはな、上位のキャストが取っちまうんだよ」

「な、なるほど……」


 身も蓋もない。しかし心底納得できる理由だ。こうはならないようにしないと、という秘かな決心がより固くなる。


「さあ!待たせたな。準備完了だ。あとはお好きに選んでいいぜ?」


 少し意地が悪そうに、従志郎は大きく腕を広げた。不可解なほどの余裕。


 賭けている額がたったの1ポイントだから、と納得もできる。だが、このちっぽけなギャンブルのために手間を惜しまなかった人間が、そんな不真面目なものか、と勘が告げる。


 何か罠があることは間違いない。


(うーん、でもコインにおかしな点は無かったし……。天秤も、機械なんかを入れる隙間はなさそうだしなあ)


 しばし悩む牡丹だったが、自分が入学式に向かう新入生だったことを思い出す。

 こんな勝負に時間などかけていられる身分ではないのだ。


(もう、いいや!えいやっ!で選んじゃお)


 もとより軽すぎる勝負である。こうと決めれば行動は早かった。


「えいやっ!これで!」

 適当に二枚のコインを指さす。とりあえず様子見といった選択だった。

 それでも二枚の中にエラーコインが入っていれば勝ちである。悪い判断ではないと、牡丹は思っていた。

 それは従志郎も同じようで、うんうんと首を振っている。


「よし、それじゃあ皿にのせてくれ」

「はい!」


 元気よく返事すると、一転慎重な手つきでコインを皿に置く。かちり、とコインが底に着くと、天秤は楽器のように震え出した。

 精度がいいのは本当らしかった。かなりの長時間、天秤は迷うように腕を揺らす。

 それでもしばらくすると、腕は地面と平行になる。秤は両端の重さが等しいと結論をだし、エラーコインの不在を示した。 


「はずれ、みたいですね」

「まだ分からんぞ。ここから残りの十枚の内一つを選べば、十分の一で勝ちだ」


 従志郎の訂正は間違いではないが、現実的ともいえなかった。


「さすがに選びませんよ。先輩の番です」

「そうか。じゃあ俺はこれだな」


 そう言って、従志郎はコインを一枚抜き出す。


「あの、一枚じゃ天秤は使えませんが」

「ああ、量らない。これがエラーコインだ」


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