第3話 トランプがさらしたカードの意味を読む

「関税によってより高収益で価値ある企業になるのに、なぜ売却したいのだろうか」


 トランプ次期大統領はそうのたまったそうだ。はい。


 そうすると、あっちゃこっちゃでハレーションが起きた。


「トランプも日本製鉄によるU.S. Steelの買収に反対!」

「日本製鉄の前途多難!」


 という受け止め方が主流になっている。


 だけど、そうか? コメントというものは客観的に、かつ冷静に読み取らなくっちゃいけないんじゃないの?


 冒頭の文章の一体どこに、「オレは買収に反対だ!」と書いてあるのか? ないよね?


「どうして売りたいのかなあ?」


 そう疑問を示しているだけだ。それに加えて、「U.S. Steelは関税によって高収益で価値ある企業に変わる」という観測を述べている。


 これってさあ、天才的な印象操作なんだよね。


 まず、そもそもトランプは鉄製品に輸入関税を課すとは具体的に明言していない。やってもおかしくないけどね。特に中国メーカーに対して。

 仮定の話として鉄に高率の輸入関税をかけたら、国内製鉄メーカーには強い価格競争力が生まれる。


 なので、「高収益で価値ある企業」に変わるという理屈は成り立つ。

 仮定に基づく論理的帰結である。


 理屈を言っているだけで、何らコミットしていない。

 よって、後になって「約束が違う」とか揚げ足を取られる心配が一切ない。


 それでいて「アメリカの労働者の利益を考慮している」とか、「アメリカ企業の価値を大切にしている」、「国防上の安全保障に留意している」といった印象を与えることができる。


 要するにリップサービスに過ぎない。こういうことが猛烈にうまいのだ。トランプという人は。


 なんでそんな発言をするかと言えば、バイデン&民主党に対するけん制でしょうねえ。これからの選挙をにらんで、バイデンが一方的に労組票を集めることに歯止めをかけようとしたのでしょう。


「こっちだって労働者のことを考えていますよ」というわけだ。


 その上、純アメリカの製鉄業を立て直すというイメージもコメントに含めてある。民主党は単なる一企業の買収阻止だが、うちはを守りますよ、と。

 しかも、鉄鋼最大手クリーブランド・クリフスに対しても、いい顔をしている。「オタクのことも守りますよ」と秋波を送っているのである。


 うまいねえ。これぞ全方位外交のお手本というやつです。


『いや、2024年12月には買収反対というコメントを出してるよ!』


 そう。それは事実だ。昨年12月3日にトランプ次期大統領は、「かつて偉大で強力だったUSスチールが、外国の企業、今回の場合は日本製鉄に買収されることに全面的に反対する」というコメントをSNSに投稿している。

 さらに続けて「大統領として私はこの取り引きを阻止する。買収者は注意せよ」とも言っている。


『それ見ろ! トランプは買収を阻止するって言ってるじゃないか!』


 うん。そうなんだ。そうなんだけど、そんなに単純な話じゃないのだよ、この発言は。

 問題のSNS投稿でトランプはこうも言っている。


「一連の税優遇措置と関税によって、我々はU.S. Steelを再び強く偉大なものにする。すぐにだ!」


 わかります? 「税優遇措置と関税によって」なのだ。買収中止命令によって阻止するなどとは一言も言っていない。ここがバイデンとは違うのだよ。


 税優遇措置を受ける条件に米国資本であることを入れれば、外国企業に買収された後ではインセンティブを受けられないことになる。

 鉄に輸入関税をかければ、国内企業の価格競争力が上がる。市場価格が上昇し、収益性も向上するという帰結だ。


 でも、これって「買収阻止」に直結するのか? いや、関係ないよね?


 一連の発言を総合すれば、こういうことになるのではないか。


『自分は外国企業によるU.S. Steel買収に反対だ。U.S. Steel立て直しのために税優遇措置や関税による保護を行うこともやぶさかではない。それなのに、なおも企業売却するというのか? そんな判断はおかしいんじゃないか? そんなおかしな判断をするとしたらそれは俺の責任じゃない。U.S. Steel自身の責任だ』


 そして、多分こうなる。


『これだけ助けてやると言っているのに、U.S. Steelが身売りすると言うなら俺はもう知らん。一切手助けはないと思え!』


 と言って、税優遇を与えず、関税保護も行わない。要するに何もしない。


 それでトランプの立場は立つのだ。「米国企業と米国民の利益を最大限に守ろうとした大統領」という体裁が保てる。

 で、結果はどうなるかというと、日本製鉄は買収を実行した後、大規模投資をしてU.S. Steelの設備更新をする。コストダウンに成功し、収益性が改善する。


 地元経済はうるおい、雇用も保証されて万々歳というわけだ。


 全米鉄鋼労働組合(USW)もその結果に文句はつけられない。文句を言いたくなるのはクリーブランド・クリフスなど国内競合他社だけだろう。

 だが、トランプは痛くもかゆくもない。「最大限守ろうと手を差し伸べた」という大義名分が立つからだ。


 「U.S. Steelが売られて困るなら、自分で買えば良かったじゃないか?」


 クリーブランド・クリフスに向かい、そう嘯いていれば良い。


 つまるところトランプがやっていることは「PR戦争」だ。口先だけで民主党を追いつめている。

 バイデンにできることは「千日手」に逃げ込むだけだった。中止命令に日本製鉄がごねることは承知の上だ。ごちゃごちゃ揉めていれば中間選挙になだれ込める。そう考えて売った千日手だったが、トランプの口先介入で勢いを削がれた。


 1月12日ロイター通信によれば、対米外国投資委員会(CFIUS)はバイデン米大統領が出した買収禁止命令で30日以内とされていた計画放棄の期限について6月18日まで延長を認めた。


 ほら。民主党政権下で強権による中止という(後々火種となる)結果を残すことを恐れて、塩漬けにした上でトランプ政権に丸投げしたわけだ。最初からこうするつもりの出来レース。


 トランプは「俺は救いの手を差し伸べた。中止命令はバイデンが出したものであって、俺のディールじゃない」と、引き継がれる前に防波堤をめぐらせたというところだろう。


 政治の世界はグロいねぇ。日本製鉄が(翻弄されて)激怒するわけだ。

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