星降る夜に

🌸春渡夏歩🐾

前編 星祭と花娘

「わぁ〜!!」

 思わずあげた声。


 谷間を埋めつくすのは、真白ましろな花、花、花……。

 朝日を浴びて、咲きほこるのは一面の白い花。


 代々、引き継がれる大切な秘密のこの場所で、

 今年の星祭ほしまつり花娘はなむすめに選ばれたアカネは、花を摘みはじめる。


 この花びらを乾かして、花輪を作る。


 一年の内で、いちばん星がキレイに見える今の季節に、先祖の魂が帰り、一緒に成人のお祝いをするのだ。

 新成人は頭に白い花輪をのせて、他の人達と踊り、祭の最後にはランタンを流して、先祖の魂が戻っていくのを見送る。


 星祭まで、もうすぐだ。


 

 ◇◇◇


 

 その日のオレは、最低な気分だった。


 野宿が続いて、今日こそ宿をとろうと思っていたところに、アレを見つけてしまったのだ。

 街道をはずれた森の中や山の奥に、ときおり見つかるアレ。

 ……打ち捨てられた機械の墓場だ。


 オレの金属探知器センサーが反応して

 

 チッ! こんなところで……。


 それでも、見過ごすわけにはいかなくて、オレは街道をそれて、その方向へ足を向けた。


 オレは機械屋だ。

 

 修理すればまだ使える機械がこうして無造作に投げ捨てられているのを目にすると、何ともやりきれない気持ちになる。たいていの機械なら直せる自信はあるが、もちろん、あらゆる故障が修理できるというわけじゃない。

 ごくまれに、先のいくさで失われた技術の遺物、そんな掘り出し物が見つかることがある。 


 旅の途中で大型の機械を持ち運ぶことはできないから、交換用の部品にでも使えるものがないかと物色しているうちに、思いのほか、時間が過ぎていたらしい。

 気がつくと、目指す村の門はとうに閉まっていたというわけだ。


 今夜も野宿決定……。

 うぅ、野宿には厳しい季節に向かっている。日が落ちると足元から寒さが忍び込んでくる。


 せめて一杯のアルコールでもあればなぁ。


 今夜は宿に泊まる予定でいたから、昨夜に飲みきってしまっていた。


 ◇


 捨てられていた中で役に立ちそうだと思えたのは、わずかな部品だけだった。


 そして、手の中のコレは……鳥型玩具バードトイといわれるものだろう。

 元々の黄色い塗装が所々剥がれて、銀色の下地がのぞいている。大きさは両掌てのひらにすっぽりと収まるくらいだ。これほど完全な形で残っているのは、はじめて見た。


 昔々、有毒ガスが出るような場所で働く人達は、空気より軽いガスを検知するために、高い場所に鳥カゴを吊るしたという。

 技術が発達し、センサーが開発されたあとでも、鳥の形にしていたのは、その名残だったのだろう。


 やがて、危険な場所で人間が働く必要はなくなって、この技術は「おしゃべりなバードトイ」となったらしい。これが子供用のおもちゃだったとは驚きだ。戦の前は、いったいどんな世界だったのだろう。

 

 スイッチのたぐいは見当たらず、どういった仕組みで動くのか。


「おーい。お前、まだ動くのか? 起きろよ」

 機械屋としては恥ずべき非常に原始的なやり方だが、手に持ったままぶんぶん振ってみた。


「ワタシ……ピピ。ワタシ……トモダチ」

「おわっ!!」

 いきなり喋りだしたコイツを慌てて放り出すと、羽をパタパタさせて、座っているオレの膝に着地した。


 首をかしげて、オレをのぞき込み

「オナマエ……ハ?」


 それからあれこれ試して、いくつかの命令語コマンドを見つけだしたのは、夜も更けてかなり遅くなった頃だった。


 ◇


 翌朝は寝不足のボーッとした頭で、とにかく街道に戻ろうと森の中を歩いていた。


 大きな木の根元を迂回しようとしたとき

「うわっ!」

「キャッ!!」

 誰かと思いっきりぶつかってしまった。

 オレの頭から、ピピが驚いて飛び立った。


 こんな深い森の中を歩く人間が他にいるのか。


 ……え?

 地面に座り込んでいるのは、女の子?


 大事そうに大きなカゴを抱えている。その中には、たくさんの白い花が見えた。


「おい、大丈夫か?」

 立ち上がるのに手を貸そうと、カゴに手を伸ばすと

「ダメ! さわらないで。清純な乙女以外は触れちゃいけないの!」

「清純な乙女って」

 自分で言うのか……。

 申し訳ないが、思わず笑いそうになる。あちこちに泥やら枯葉やらがくっついていて、程遠い姿だぞ。


「ピピ、戻れ」

 ピピはオレの頭の上を定位置にしていて、戻ってきた。


 カゴの中身を心配そうに確かめて、立ち上がった彼女の肘から、すりむいたらしく血がにじんでいた。

「血が出てるぞ。ちょっと見せてみろ」

 持ち歩いている水で洗い流し、とりあえず清潔な布を巻いた。

 機械の修理は得意だが、人間の手当は……まあ、こんなものだろう。


「ワタシ、ピピ。……ダレ?」

「うわ、この鳥? 喋るんだ」


 彼女はオレとピピ、どちらに答えたらいいのかと迷いながら

「わたしはアカネ。この先のさとに住んでる」


 彼女の腕にも足にも、あちこちにすり傷や切り傷の跡があった。

「ありがとう。このお花を摘む場所は、深い谷の底にあるから、行くのが大変なの。おじさんは、旅の人?」


 おじさんって……ひどくないか? そんな歳に見えるのか。

 まあ、連日の野宿で小汚い格好だったことは認めよう……。


「オレはカイト。機械屋だ。機械を修理しながら、旅をしてる」


 彼女の住む「星降るさと」に一緒に向かう道すがら、祭の話を聞いた。よく見ると、大きな明るい茶色の瞳と、生き生きとした表情が印象的な娘だ。


「花娘は成人前の清純な娘のこと。ばあちゃんも母さんも選ばれたの。わたしも期待されてて、これはとても名誉なことだからって。来年には成人だから、ギリギリで選ばれたってわけ」

 そう言いながらも、あまり嬉しそうじゃない。

「わたしに娘ができたら、その子も期待されるのかな。わたしは花娘になるより、友達と一緒に祭を楽しむ方が良かったんだけど」


 郷の入り口で別れた。

「じゃあね。送ってくれてありがとう。ぜひ星祭も楽しんでいってね」

 アカネは手を振ると、駆け出していった。

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