42.思いの先に

 その後も、当日の作戦の話が事細かに続けられた。

 ポリシアの首都、ダージャ・ランツはポリシアの昔の言葉で『ダージャの花の街』という意味であった。

 国花にもなっているダージャが、冬になるとこの地の多くの場所に咲き乱れることからそう名付けられたと言われている。

 ダージャ・ランツは南北にメインの入り口となる道路が一本しかない。あとは西側に森に抜ける道がある。それはアイリスの姉、レイがいる街に繋がる道でもあった。

「主要なこの三本の道。北は北部のグループが占拠する予定だ。南も中部に拠点を置くグループがアンデからの援軍の状況を知らせてくれるために待機する。いざとなれば、南エリアでアンデの援軍を迎え撃つ。だが、その前になんとしても統治府を奪い取る。アンデ軍との戦いは時間との勝負だ」

 コサヴィックは力を込めて言った。

「分かっています。そして、昨日のターシャたちの話だと、武器庫を押さえなければいけない」

 ダンテは地図でダージャ・ランツの北側を指差した。

 首都は機能別にエリアを正確に分けていた。それが効率的だと考えられていたからである。

 行政エリアは王宮を中心に北東エリアに。南側は主に居住地。そして西側は教育エリア。大学や学校などが集まっていた。

 北西エリアは病院や福祉施設。そしてその先の小高い丘陵地に大神殿群があった。アイリスが勤務していた大神殿を有する宗教エリアだ。

 軍事関係のエリアは王宮の近くにあったが、アンデはそのままそのエリアに統治府を置き、軍部の統括本部や武器庫など重要な機能をそのエリアに集結させていた。

「武器庫は北部のグループと首都グループとで攻める。大砲を出されてしまっては終わりだ。そこは絶対に早急に奪還するぞ」

 コサヴィックの言い方には緊迫感があった。そこがこの作戦の運命を決めると言ってもいいのだろう。

 ずっと研究や教育に邁進してきたであろうその壮年の男性には似つかわしくない言葉と緊迫感であった。アイリスは自身も大きな渦に飲まれていく感覚に、急に恐ろしくなった。

 ――だけどわたしは、自分で決めたのだ。

 しっかりしなければと自分自身の心を奮い立たせた。

「わたしは当日は何を?」

 アイリスの問いに三人の視線が一気に集中した。

「君は、避難誘導の補助を」

 前線で戦うわけではないことにホッとした自分がいたのも事実であった。

「祈りの時は併合されて一年は禁止されていた。宗教自体の信仰を否定されたわけではなかったが、表立って集会をすることは禁止された。それはもちろん宗教以外の集会もだ。最初は抵抗されることを予想していただろうし、そのために監視も厳しかった。しかし、みなそれに耐え抜いた。祈りは各自、寝室で、居間で、ひっそりと行った。相手が気を緩めるのをただじっと待ったのだ。そうして一年が経った頃、北部での抵抗グループが表立って武力衝突を起こし始めた。それでも他のグループはじっと我慢していた。中には血気はやって明日にでも反乱を起こそうとする者もいたが、我々は耐え忍んだ。そうして祈りの時の集会は再開を許された」

 コサヴィックはこの二年のことを思い、高ぶる感情を抑えながら話した。

 祈りの時とは週に一回、近くの神殿に集まり、神に祈りを捧げ、みなで話をする時間であった。もちろん参加は強制ではなかったが、信心深いこの国では仕事などの理由がない限り、その時間はみな神殿に集まった。

「北部で武力衝突が始まったのに……集会が認められるようになるなんて」

「僕たちを試していたのかもしれないし、あまり厳しくしすぎると反乱が各地で起こると恐れたのかもしれない」

「まあ、実際のところ、集会が許されるようになって国民の感情も少しは落ち着いたところがあった。最初の一年は自由の許されない地獄のような一年であったからな」

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