35.道
次の日の夜、ダンテはアイリスに地下道についての説明をした。
ざっと見積もっても五百年は前に作られたと思われるその地下道の、地上への出入り口は神殿や街の各所に建てられていた小神殿につながっていた。
しかし、いつしかその入り口はほとんどが閉ざされていたそうだ。恐らく敵に見つかりやすいためだったのだろう。かろうじて残っていた出入り口から地下道の再整備が秘密裏に行われた。
首都に延びるその地下道は、南西側に広がる居住エリアを中心にそこから西の森林地帯まで五キロ以上も延びており、そこを通れば安全に郊外まで避難できる計画であった。
二年前のアンデ軍の首都攻撃は、ポリシア政府が予想するより早かった。アンデはポリシア南部に進軍してから、ポリシアの予想を遥かに超えたスピードで首都まで進軍したのだ。
この世界ではは大砲や銃の開発は進み始めていたが、戦車や輸送車など、移動手段の発達が遅れていた。飛行機なども登場していなかった。
だが、軍事開発に力を入れていたアンデでは、大砲を積んだまま速度を上げて進軍できる戦車の原型のようなものを戦場に持ち込むことに成功していた。その結果、ポリシアの守備も整わないまま、首都への攻撃が始まった。
あの時のポリシアは、地下道の整備などをする時間はなかった。
「今も出入り口は、小神殿に?」
「あぁ。奪回の計画では、祈りの時を利用させてもらう」
そこでダンテは、一息吐いた。
「毎週日曜日、祈りの時は多くの者たちが近所の小神殿に集まる。そこから一気に避難させる」
「でも、高齢の人たち、動けない人たち、病院に入っている人たちは?」
「子供や高齢者でも動ける人は極力自力で避難してもらう。病院は、今この首都エリアには一つしかないから話はつけてあるんだ。重症者はなるべく郊外の病院へ事前に移す。それでも間に合わない場合に備えて、病院や福祉施設にも戦闘員を配備する。守るために」
「うまくいくの……」
アイリスには現在の首都の人口の正確な数は分からなかったが、ダンテが話す通りに事が動いたとしても、少なからず一般市民の被害は出ると感じた。
「分かっている。非戦闘員の血が一滴も流れずに済むとは考えていない。また詳しくは説明するけれど、アイリスが思っているよりずっと抵抗勢力の賛同者は多いんだ。実際に戦闘に参加する者と、その支援をする者は相当数に昇るはずだ。それに……病院の受け入れは、アイリス、君のお姉さんが動いてくれている」
「姉が!?」
政治には疎い姉だった。医学の道を志した学生の頃から、その勉強と研究、そして働きだしてからは、一人でも多くの患者さんを救う。そのことしか頭になかった姉が。
「姉が……政治活動に」
「政治活動とは考えていないよ。みんなこれは自分の日常生活の延長のこととして考えているんだ。自分の生きる場所を取り戻すために」
「生きる場所……」
「僕たちは国を失って、それまでどれだけ自由に、意志を持って生活できていたかを思い知ったんだ。そして搾取されるだけの存在になったことへの悔しさ、怒り。みな、アンデへの怒りを抱えているんだよ」
「怒り……」
アイリスは思い出していた。
ルーカスに会ったあの夜のことを。
怒りにまみれていた自分を。ルーカスを殺そうとしていたのだ。
――そうだ、わたしは……わたしも憎いと思っていたのだ。心底。どうにかして、アンデの人間を殺そうとしていた。生きる目的は父やポリシアの人々の仇を打つこと。それしか考えていなかった。それなのに……なぜ。いつからこんな風に、怒りが消えてしまっていたのだろう。
アイリスは、もう一度あの頃の、怒りや復讐に心を支配されていた自分を取り戻そうと思ったが、それはしかし、どうやっても無理だった。
翌々日、体力もしっかり回復したアイリスは、ダンテと共に首都郊外の街を訪れた。
その街は周囲を森に囲まれた、自然豊かな場所で、首都からそう離れてはいなかったが、病院や療養施設などが多くあった。
その一つに、アイリスの姉が働いていた。
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