9.記憶の中で

「あなた、北部の人?」

 買い物の帰り道、近づいてきた女性に、声をかけられるまで気付かなかった。

 差別される。そう言われていた。この国に奴隷のように連れてこられたアイリスたちは、ポリシアの出身と知られれば時にひどい迫害をうける。

 そう聞いていたアイリスは、なるべく訛りを隠そうとしていた。しかし、つい最近ルーカスと話をするようになるまでは、この国で最初に入れられた収容所を出てからはほとんど誰かと長時間喋る機会がなかったため、自分でも気付かないうちにポリシアの、それも出身の北部訛りが出ていたようだ。


 呼び止められたアイリスは警戒した。

 しかし、その女性は警戒するアイリスの様子をあらかじめ予想していたように、笑顔で話しかけてきた。まるでアイリスの警戒心を解くように。


 二人が出会ったのは、アイリスのいつもの買い物の帰りであった、

 屋敷の外では目立った行動を控えたいアイリスは、頼まれたものを買い、籠の中を今一度確認して、近道の公園を通って帰るところであった。

 公園には遊ぶ子供たちに、見守る母親たち。

 女性は基本的に家事のみをするこの国では、子供を見守るのも母親の役目であった。

 そんな様子を複雑な気持ちで見つめながら歩いていたアイリスの歩く速度は、自然とゆっくりとなっていた。しかし、目立つ行動は控えなければ、と緩めた歩をまた速めたところであった。

 声を掛けられるまで、気配に全く気が付かなかった。

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