Round3 -不朽の鉄槌-

 フランク王国の王として、ヨーロッパに君臨したクローヴィス。

しかし彼も歳には勝てず、倒れてしまった。彼の後継者も見つからず、私はあの林檎……転生林檎を囓ったのだ。


 そしてまた、目を覚ました。

まだフランク王国は存在していた。

だが、クローヴィスの死後、フランク王国の領土が分割相続されたことで、王の権力は衰退し、さらにはクローヴィスの子息を始めとした多くの貴族や豪族などでフランク王国の領土が分割されたために、とても1つの国とは言い難い状況であった。

 そこで、王に代わって国を1つに統べ上げる存在……それが、「宮宰」だった。

その立場につく男が、カール。彼だったのだ。

彼なら、またこのフランク王国を再興し、1000年帝国を創り上げることが出来るかも知れない。

そう思って、私は彼を見守ることにした。


 

 彼は遠征を行って領土の拡大を行うと同時に、国内で発生した反乱も鎮圧した。

それにより、彼の国内外における権力基盤は徐々に強まっていった。


 だが、それと同時に懸念すべき勢力が姿を現した。それがアンダルスの支配者……ムーア人だ。

 ヨーロッパでは、キリスト教が主として信じられていた。クローヴィスが改宗したように、実際は中で派閥があり分裂していたのだが、それでも、信じられていたほとんどはキリスト教だった。

そのキリスト教世界に、異端も異端、イスラム教の手が迫っていたのだ。

 そのイスラム教国家であるムーア人は、東は中東、アフリカの北部沿岸を通って、西はイベリア半島まで支配を広げていた。

そしてその魔の手は、今にもこのキリスト教世界を貪り、食い尽くそうとしている。

実際に何度も、ムーア人には侵攻されていた。

 1000年帝国の前に、こいつを倒さねば。

やらねばならない。

キリスト教世界を守り、1000年帝国を創るため。

私は、彼に出来るだけの力を貸そうではないか。



 732年、ムーア人が再びフランク王国への侵攻を開始した。ボルドーを略奪し、ロワール川の要衝、トゥールに迫っているという。

要衝だけは落とさせない。落とさせてはならない。

 流石にこれには、私の加護無くとも判断を下した。

「これは、フランク王国だけの問題ではないのだ! キリスト教として、キリスト教世界として! 異端であるイスラム教は、撃退せねばならない! 明日、キリスト教信者である皆が、またキリスト教信者として生きることが出来るように! 我々は、立ち上がらねばならないのだ!」

そう声を張って、彼は民衆の士気を上げるとすぐに迎撃の姿勢を取るよう命じた。


 カール率いるフランク王国軍はすぐに馬を走らせ、現場へと急行する。

私も、それを傍から見守っていた。


 そしてついに、フランク軍は現場に到着する。

「ポワティエでの市街戦は危険だ。少し街から出たところで戦を展開する。」

その指示のもと、フランク軍とムーア人はポワティエの近郊で敵と睨み合う形となった。

我が軍勢は20,000人、対する敵は25,000人だった。


 数こそ劣勢であるが、彼は実に戦の出来る男であった。

事前に理解していたこの「ポワティエ」という地形をよく活かし、森や丘をよく利用したと共に、「ファランクス」という戦術を上手く使って防衛体制を整えた。

「来るぞ! ファランクス、突撃に備えろ!」

馬の駆ける音が近づいて来た直後、オォッと歓声が上がって、辺り一帯に金属音が鳴り響く。

今までであれば簡単に突破されていたが、今回は騎馬がこのファランクスを超えて本陣へと迫ることはない。

森などで加速が出来なかった騎馬は、何重にもなるこのファランクスを超えることが簡単には出来ない。

この戦い方で、フランク軍は敵の主戦力である騎馬を無効化した。

 敵は従来の戦術を発揮できず、戦いは長期戦となる。

 カールは好戦的で、かつ武勇優れた人間だ。自ら現場に立って、現場の指揮を執り、自らもそれに参加する。

彼のその勇気に感化して、皆も士気が高まってゆく。

優れたリーダーであった。

私は見守っているだけであったが、今まで好き勝手されていた自軍と、しっかりと渡り合えていた。


 戦が始まって丁度一週間。

カールはこう言った。

「後方にある略奪品を襲撃し、敵後方に混乱をもたらせ」

と。

敵陣後方……すなわち本陣には、ボルドーなどから略奪を行った物品があった。

それは兵士で山分けになる予定で、兵士にとってはこれが給料と等しく、気が気ででなかった。

これを叩けば敵に混乱が生じ、総崩れになる。

そうカールは考えた。

そして、それを実行に移したのだ。



「突撃せよ!」

一気に攻勢をかけ、騎馬が敵後方の略奪品の荷車などを襲撃する。

「略奪品を守れ!」

「こっ……殺される!」

略奪品の他に、イスラム勢力は家族を同伴させていたのだ。

これにより現場は大混乱。

敵軍の司令官であるガーフィキーは、統率が乱れた自軍を立て直そうと前に出た。

今ならいける!

「敵の司令官だ! 狙え!」

そう誰かが叫んだと同時、一気にフランクの弓兵が攻勢をかけた。

矢が空を切り裂くように飛んでいったかと思うと、すぐに敵陣へ落下する。

「急げ! 敵はすぐそこだ! 焦るな!」

そう言って自軍をまとめていたガーフィキー。

ここで、決着をつける!

ここで勝ち、ヨーロッパを制すのはこの私だ!


矢がガーフィキー向け、音を立て突き進む。

矢が突き刺さると同時に、ガーフィキーは倒れた。




 略奪品を襲撃され、司令官も倒れたウマイヤ軍はすぐに撤退を開始した。

カールは一言、

「敵の再度突入を警戒し、戦闘隊形を解くな」

と言った。

 しかし、しばらくしてもムーア人は戻ってこない。

遂に、戦闘が終わったのだ。

 一週間にわたる、長い攻防戦は終わった。

キリスト教世界とイスラム教世界の戦いは、このカールと言う人物によって、救われたのだ。

良かった……良かった。


これによりイスラム勢力をヨーロッパから追い返したと共に、フランク王国は西ヨーロッパへの影響力を強めた。

さらに、カールは国内の支持を集め、権力を最高と言える程まで強めた。

そして、カールは「マルテル」という称号を得て、カール=マルテルと呼ばれるようになった。



 しかし、彼は新たな王朝を開かなかった。

彼なら、出来たはずである。

確かに、十分な権力を保持していた。

それでも宮宰の権限は制限もあり、1000年の帝国を創り上げるには、王朝を開くことは必要だった。

「王朝を開こう。君なら出来るよ、ねぇ!」

私の声は届かない。

カールは今の宮宰という立場を全うし続けた。

称号を得ても、病になっても、それが悪化しても……死ぬまでずっと、彼は宮宰にとどまった。


 741年、カール=マルテル 死去


何故彼が最後まで宮宰の地位にとどまったのか。それは、私にも分からない。

しかし彼はその力を持って、ヨーロッパを、キリスト教世界を守ったのは確かだった。

それでも、それでも。

……また、クローヴィスを失ったときと同じような気持ちだ。

1000年帝国を創り上げると期待していた人を失い、ヨーロッパで1000年に及ぶ帝国を創り上げるあの夢も水泡に帰した。

私の努力は無駄ではなかったが、私の願いは無駄だった。

この願いが無駄になっては、どうしようもない。

ただヨーロッパの世界のために尽くした、では駄目なのだ。

私は、このヨーロッパを制し、千年にわたって、永遠の繁栄を手に入れたいのだ。


 もう一度、もう一度。

いや、こうなったら一度や二度ではない。

何度でも、やり直そう。

私は転生林檎を取り出して、思い切り囓った。

 私が囓ったその林檎は、少し苦いような気がした。

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