雨の日

外は雨が降っていた。


部屋の窓を開けて、少しだけ顔を出して、風が吹くと小さな粒が顔にかかって、鼻から大きく息を吸った。

カエルの匂いも土の匂いもしなかった。

いい匂いかと言われたら微妙。でも嫌いじゃない。むしろ好き。

窓枠に押し付けられた足が痛かったけど、そんなことも気にせず俺は息を吸った。







人生において、自分の感情がわからなくなる時って意外と多い気がする。

いちいち名前なんて付けてられないってのもあるけど、大抵はどうにも言葉にできないのだ。


今だってそう。

何をしてるかと問われれば答えられるが、どうしてと聞かれたら答えられない。考えたこともない。


たまにないだろうか。なんとなく外を見たくなるとき。意味もなく窓を開けて外を眺めるだけの時間。



奥の部屋にこもって、カーテンも扉も全部閉めて。外は雨だから空が黒くて、部屋も薄暗くて。電気は机の上のだけ付けて。

そうして完成する。いつもと変わらないはずの、でもなんだかいつもと違う俺のお城。


そうだ、こんな日は紅茶でも飲もう。とことんいつもと違うことをするのだってきっと楽しい。





たしか前に差し入れでもらったやつがあったはずだ。この奥に、、あった。

マグカップはいつものやつ。ホコリを払えば元通り。クッキーとかも貰った気がするな。どこにやったっけ。


少し迷ったけど、やっぱり今日にしようって、棚から瓶を取り出した。

ちょっと急かなって思ったけど、でもほら、思い立ったが吉日って言うだろ?


大丈夫。いつでもいいように準備はしてきた。


瓶からたくさん、入るだけ。隠しきれない隠し味。




空を見たら、思い出しちゃったんだ。忘れてたわけでは決してない。

でも、ずっと自分の感情がわからなくて。ぐるぐる胸の中で悩んでた。

だけど、外の空気を吸って、それから空を見たら心がスッキリしたんだ。なんていう感情なのか、名前は付けられなかったけど。


だから大丈夫。自分でもよくわかんないけど、大丈夫な気がするから。だから、大丈夫。






「 」






雨の音が鳴り止まない。


伸ばされた手は、掴めなかった。

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【短編集】いくつも存在する俺たちの話 @tsukimine

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