第2話 パワハラに遭ってたんし仕方ないだろ

ベージュ色の髪の女性がオレに抱きついてしばらく経って少しは情緒が戻ったのか事情を説明すると言い出した。

ここまでは予想のうち。いや、誰でも想像がつくし納得いく範疇だと思っている。

当然これから説明が始まるよな。


(なんて思ったのにどうしてこんなことになってんだ?!)


そのベージュ髪の女性があろうことか————————————ただいまオレに土下座している。


「誠に申し訳ありませんでした」

「い、いや急にどうしたの?」

「命を助けてくれた方に私はなんてことを………本当に、本当に申し訳ございませんでしたぁああっ!!」

「だから何がだよ!!」

「ひぐっ」

「あ、いやその………」


勢い余ってノリツッコミのつもりで大声上げちまった。

今のは仕方ないだろ、さすがに傷つくぞ。

でも今のはさすがに仕方ない。

最悪、土下座するのはいい(もちろん土下座して常に下向いてるべき存在って意味じゃあないけど!)。

でもそれはせめて何があって、どういう経緯なのか一通りちゃんと説明してからじゃないだろうか。


「あのさ、一応顔上げてくれるかな」

「いぃぃぃいやです」

「なんで頑なに断るんだよ。むしろそっちが気になってきた」

「私みたいな汚れた雑巾みたいな女には下向いてるくらいが、ちょうどいいですから………」

「あ~………」


これはあれか。

パワハラの副次的被害、モラルハラスメント通称モラハラが完全に抜けきってないんだ。

それに彼女の口ぶりからして何かオレに類が及んでいるのは明らか。

つまり彼女は今、突然解放されたことによる嬉しさと驚きが元々あったオレへの罪悪感に混ざってこんな形で発現した訳か。

どうすればいいんだろうなぁ。


でもしっかり聞かないと彼女の罪悪感はきっとそのままだ。

何よりオレが聞きたい。

なんで急にここに連れて来られたのかもだけど、全く無関係のオレにどんなかかわりがあるのか。

それが気になる。


「怒らないから一からちゃんと説明してくれないかな? 最後までしっかり聞くから」


そのままオレも彼女と目線が合う高さになるよううつ伏せになって目線を合わせて全力で微笑みかける。


「すみません。その………取り乱してしまいました」


目線合わせてしばらく経った頃、やっと落ち着きを取り戻したのか彼女が気まずそうに言いながら起き上がる。

頬を掻いてるのはまあまあ恥ずかしいってことか。

オレも起き上がるか。


「いいよ。それで? どうしてキミに関係があるの?」

「その前にあの………信じて貰えるかわかりませんけど私、女神………です」

「やっぱりそうなるか」

「信じて貰えるん、ですか?」

「さっきのクソパワハラ女も私が女神だとかイタイこと言ってただろ」

「い、イタイ………」

「いやいやキミがイタイ子ってわけじゃないからね。誤解しないでね」


何とかパニクる前に抑えたか。

これからはなるべくマイルドに言った方がよさそうだな。

どこに地雷が隠れてるかわからないし、これからもう少し言葉を選ぼう。

まあ、どれも仕方のないことだけど。


「す、すみません取り乱しちゃって。とにかく信じて貰えたってことでいいん、ですよね」

「当然信じるよ。キミの言葉だから」


自分が女神だとか冗談でも中々言えたもんじゃない。

口にする人が一人じゃなくて二人なら信じていいだろう。

ってかよく考えてみれば「ビームみたいなやつ撃とうとしてたから」の方がよっぽどマシじゃなかった?

それにこの辺り一面真っ白な妙な空間も目の前の女性とさっきのクソ女が女神ってことなら説明がつく。


「ご存じ通り私は………今風に言うとパワハラに遭っていたんです」

「どれくらい続いてたんだ?」

「ここにやってくる当たりにナリスさ………ナリスさんが上司になりましたからおよそ百年ちょっとでしょうか」

「えっぐ」


百年もパワハラに遭ってたのか………。

マジかよ。

それならすっかり艶がなくなった髪も、世界に絶望したと訴えるような濁った瞳も納得が行くわ。

お疲れ様って意を込めて彼女の頭を撫でる。


「私の愚痴なんか聞いてつまらないですよね。すみません、すみません。やっと話せる人が出来たって思ったら嬉しくてつい………」

「ん? ああいいよ、キミの身の上話にも興味はあったからさ」


本当のところ、サクッと自分がなんでここに連れてきたのかその真相が気になるが………。

さすがに言えないよ。

一年どころか一か月も耐えずらいパワハラのモラハラのコンボに百年も耐え凌いだのだ。

それに首を振る鋼を超えた冷え切った心なんかあいにくオレは持ち合わせていない。


「本当ですか………?!」

「うん。だからゆっくり話してくれていいから」

「では説明させていただきますね」

「その前に自己紹介から。私は、あ、アストロイアと申します」

「白本蛍です」


軽くお辞儀し合ってからオレを呼び寄せたアストロイアの説明が始まった。


「わ、私は元々人々の転生のサポートに携わっていました」

「転生のサポート?」

「は、い………最近はマンガや小説でその、よくある異世界転生のを案内する役割、です」

「へえ、すごいじゃん」


「あ、りがとう、ございます………。そこでその、働きっぷりと実績もあって運よく昇進することになって私の管理する世界が、できたんです」

「自分の管理する世界? その前まではランダムだったってことか?」

「い、いいえ、正確には呼び出した方のご意向に適した世界へ送り出してました。自分の世界もその、別でして………」

「ふーん」


異世界転生なんて適当に呼び出してチート与えてポイって印象だったけどちゃんとした判断基準というか手順があったんだ。

結構奥が深かったんだな。


「それで、それがさっきのクソ女ととういう関係があるんだ?」

「ナリスさ………ナリスさんの世界も今は私が管理することになっているんです。表向きは」

「表向き?」


そこからパワハラに遭った経緯を彼女が説明してくれた。

元々はそんなに仲が悪くなかったらしい。

顔を合わせば挨拶してたま~にタイミングが合ったら昼飯食べるくらいのなんの変哲もへったくれもない仲。

しかしそのクソ女がここへやってきた頃にはアストロイアと言った目の前の女性よりワンランク上がった後。


何故か知らないけど自分の世界まで管理するよう押し付けたらしい。

元々これは神様の界隈でもあってはいけないこと、しかし彼女は何のためらいなくそれを彼女に全て押し付けてそこから本格的なパワハラが始まったらしい。


隙あらば罵詈雑言に暴力、時には死なない神の特徴を利用して刃物でイジメる。

それは基礎中の基礎で、彼女の功績を横取りしたり、彼女の世界やクソ女の世界に転生した人をわざと弱く設定させて苦しむ姿を眺めて楽しんだり早死にさせたりしていたらしい。


これらは神の権力の悪用をも超える重罪当たるらしい。

当然報告するべき重大案件だが、部下の管理とかいっちょ前なこと言いながら監視して上へ連絡網も全部断ち切って連絡する手段なんか皆無な状態。


「担当のやつはもうちょっと慎重に選べつってんだよ、何が神だクソが………!」

「ここでその………あなた様がこちらへお招きされた理由が関わっているんです」

「やっぱりな………」


何となく予想はしてたけどやはりそうなるのか。


「あの連続殺人の犯人は………わ、私の魔法で呼び寄せたものなんです」

「………は?」

「すみませ、すみません、すみませんっ………!!」


嗚咽漏らしながら説明してくれた彼女によるとこうだ。

元々、死ぬ運命だった人にもう一度チャンスを与えたりするのが彼女たちの役目。

不正をしようが何しようがその中からやっていたらしい。


が、今回はとうとう調子に乗ったあのクソ女が彼女————————————アストロイアにオレを殺して連れてくるよう命じたらしい。

神のミスによる死は責任もって次の世界でサポートするのがセオリー。

それに乗っかってオレの苦しむ姿見て笑い転げる魂胆だったらしい。


「あのクソアマぁ………」

「ごめんなさい、ごめんなさいぃ………」


横になってる彼女を思いっきり睨む。


「軽蔑しましたよね。失望、しましたよね………女神ともあろうものがこんな無粋な真似なんて………」

「顔、上げてくれないかな」

「でも………」

「上げろ」

「っ………」


嫌々と震えながら頭を上げる彼女を真正面から見つめ返す。

濁った瞳にやつれた顔、艶がすっかりなくなったぼさぼさの髪。


「許すわ」

「へ?」


それだけ口にして彼女を思いっきり抱きしめる。


「キミはどちらかというと被害者だ、そんなキミにオレの人生返せとか責任取れとか今更言えないよ」

「で、でも私は………あなた様の人生を、未来を怖いなんてエゴで潰して………」

「逆に言うとオレだけだろ? 百年もパワハラで酷い目に散々遭って来た。再度いうけどそんなキミにごちゃごちゃ言うのは筋違いだって思うよ」

「蛍、さん………」

「よって今回のことは水に流す! ほら、綺麗な顔が台無しだから」


そんなボロボロな女神の両目に溜まった涙をそっと拭ってあげた。

………つもりだった。


「………魂は服ないですよぉ」

「え、え?!」


嘘?!

最後のこれ、勇み足だったのか?


「………ふふっ」


泣き顔の女子の涙を自分の服でそっと拭うあれがやりたかったんだけど………。

思いっきりすべったか。

まあ、いいか。

この可哀そうで可愛い女神がやっと笑ってくれたんだから。

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