19Peace 「紹介その2」

 いつの間にかローラは完食していた。そのことに気づいたのは俺が大いに動揺したからだった、視線を右往左往させたからだ。

 大いに動揺した。

「俺が、を殺す」

 その響きに心臓がうるさい。

「そうだ」

 小さく答えるのはローラの心地よい声だ。


「おまたせしました。ニンニクたれの串鶏焼きになります」

 また同じウェイトレスの声だ。不思議だと思ったそれは注文は俺ので全てだったはずだった。

「あ、ありがとうございます」

 クレア嬢の注文だった。

「ちと、吸血鬼がいるのにニンニクって無遠慮だろうか?」

 そう聞かれて呆気に取られる。今はそれどころの話ではないのでは。

「今はそれどころの話ではないのでは」

 言っていた。

「それもそうだな」

 また時間を置こう、また後で話を聞かせてくれ。そうローラは言って席を立った。俺はまだこのグラタンを食べ終わってないのだが。

 それよりも、吸血鬼を殺す話にではなくニンニクの下りに「それどころではない」と言ったのだが。


 俺たちはクレア嬢の住まいへ招待された。道中は前夜に降った雨のおかげで朝日の照り返しがまぶしいばかりが記憶に残る。

 家は戸建てで綺麗に整ったカラフルなお菓子のような外観で、入ってみればビビットなカラーのクッションが飾られていることが目に入る。しかしすぐに一本道の下り階段だ。ビビットな目に優しくない壁紙と、踊り場には大きなテディベアが待ち構えていた。

 独特の構造をした家だと感心しながら、俺はまんまと招かれたのだ。

 俺は部屋に入ると、随所に溢れんばかりのクマのぬいぐるみたちが目に入る。そして振り向けば、ローラは入口の手前で立ち止まっていた。


「私はクレア嬢の策にハマるのはゴメンだ」

 

 それを言ったローラと部屋との間には鋼鉄の柵が降りる。まるで檻のように、檻の獣は狩られるセオリーだ。

 檻の獣は察するに俺だろうが。それを察した俺はクレア嬢を真っ直ぐ見据える。

「さすがに察しがいいな」

 クレア嬢は白のゴシックな軍隊服のまま、小さな背丈で俺を見つめる。

 俺はナイフを一振り作って構えながら言う。

「それで、何が始まるんだ?」

 聞くと、クレア嬢は手の中に白杖を作り出す。それに俺は驚いて眉をひそめる。

「ポン」とクレア嬢が白杖を床につく。

「ガタン」と、ぬいぐるみたちを置いていた家具のあれこれがバラバラになってぬいぐるみがバラバラと落ちていく。

 見ればクレア嬢はニヤリと笑う。

「さあ、パステルワールドの始まり始まり!」

 言ったそばからぬいぐるみは爆発する。

 爆発の煙は確かにパステルカラーで、ビビットカラーとどう違うのかは見分けが分からなかった。カラフルな爆煙が部屋の全体を包み込む、同時に床はあとかたもなくバラバラに崩れ落ちる。

 俺は見事に姿勢を崩して落下し始めた。その直後床の木片や鉄塊が俺の頬や足をかすめていく。おそらくぬいぐるみに仕込まれた殺傷力のある金属玉だろう、爆弾にはよくある仕組みだ。

 しかし全てのぬいぐるみが爆発したおかげで金属玉の数は無数に角度を問わず襲い来る。

 おれは全てかわすことを諦める、回復力に任せるつもりだ。そう考えてクレア嬢の方を見る、するとクレア嬢にはカスリもしていないことが明らかになる。驚きだ。

 それも、不思議でしょうがなく、俺の洞察力ではその理由を解明するのはあまりに遠いものだと思えた。

 しかしおかげで俺は、そのレベルで戦いたいと思えた。だから俺は武装を設ける。

「諾歩陰」だ。それに足場が必要だ、人ってものは地に足をつけなきゃ影も落とせないだろう。

 しかし、爆煙とその光に囲まれた中では影の操作もままないない。ほとんど全ての力が封じられている。

 俺はパステルカラーの煙の中を掻い潜ると地の底に向けて底なしに落ちていく状況を確認する。そしてクレア嬢を確認する、マスケット銃の一丁を俺の眉間に正確に構えている。

 確認した直後はしてやられたような気になって、なぜだか少し嬉しくも感じた。その一射は見た目より強烈だった。

 引き金を引かれて撃鉄がなり火薬が爆発することを俺の目で見て確認する、対処法は手足で防ぐ他にない。けれど火薬量が膨大だと分かるほど強烈に大きな火花と白煙を放ち、弾頭は正確に尋常じゃない速度で俺の頭蓋へ迫りくる。


 防御は無意味だった、二の腕も頭蓋骨もあとかたもなく消し飛ばされた。思えばかなりの至近距離でもあった、ライフリングのないマスケットでも正確に撃てる距離だっただろう。

 俺は頭と腕を失ったまま、鉄塊にズタボロにされていく。今のシルエットは本当にグロデスクだろう。

 壁際まで吹き飛ばされた。

 壁にあたって、そこからフリーホール。ブラッドの時じゃないが、凄まじい消耗を感じていた。しかし爆発が終わって光源がなくなり血鬼能力スキルの本領が蘇る。

 もともと俺を殺す気がなかったからか、鉄塊は聖性が付与されていたりはしなかった。体の回復は早かった。


 諾歩陰も足場も作り出す。気分は快調だし、ナイフはまだ手の中だ。胸の中で何かが変わった。

渾沌なる浅黒背影ナイアーラトテップ!」

 俺はナイフに異形な固体を付与すると、投げ放つ。漆黒の小尾を引いて飛んでいく。

 手を大きく広げて落下を楽しんでいるように、合わせてクレア嬢は高らかに叫ぶ。

「紹介しよう、私は万物を作り出す!」

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