第17話 太白星、踏み込む

正直なところ、根本慶樹という男の

失踪に直接『髙佰家』が絡んで

いるとは、とてもじゃないが

思えなかった。


ほんの僅かでも疑わしさがあれば

即、排除して行く。この業界全般が

そういうモノだからだ。ましてや

反社や犯罪絡みは完全アウト。これは

幾ら相手が超の付く富裕層だろうと

例外などない。


俺が引っ掛かるのは、根本という男が

失踪したその 事実 を、休職などと

当たり障りのない言葉で誤魔化すのか。


 此処はが肝心だ。






最近すっかり行き慣れた上層階の、と

言っても俺等のフロアの数階上にある

役員階の、通称『毛足妖怪赤絨毯』に

一歩、足を踏み込んだ。

「…っ。」エレベーターから降りる

只それだけなのに、いつもやられる。

この ぐにゅぁ とした踏み心地が

俺の上がり過ぎるテンションを元に

戻してくれる。


 べつに俺、カチコミに来た訳じゃ

ねえからな。


PB事業の責任役員である森専務に

面談を取り付けられたのは、偏に

PB事業本部長である直属の上司、

小田桐さんの口添えのお陰だった。

 銀行生え抜きの神田専務カンカンとは違い

外部から来て、いつの間にか本丸に

住み着いた、まるで妖怪の様な役員。

ぶっちゃけ、何考えてんだかイマイチ

分からないが、元が外資系ファンドの

シニア・マネージャーだったとか。

メガバンクの役員にはあまりいない

肩書きを持つ。



「…?!」いきなり、数メートル先の

扉が内側から開いた。そして何故か、

中からが顔を出した。

 役員ごとに施策の旗振りが決まって

いて、神田専務は 店舗削減計画 の

責任者だ。しかも執務室は真逆方向。


     何でこんなトコに?


思うより先に、神田専務カンカンが満面の

笑みで俺の元に走り寄って来る。

「藤崎君!」「あ…はい。」自分でも

驚く程に薄ら間抜けた声を出す俺。

「いやぁ奇遇だよね!何で同じ建物の

中なのに、顔を合わせないのかと

思ってたんだよ!元気にやってる?」

「…えぇ。」テメェとはもう二度と

関わる事もないと思ってる。そんな

気持ちは噯気おくびにも出さず。


「森さんの所に行くの?」相変わらず

目が笑っていない。「一体何しに?」

そしてどういう積もりか矢継ぎ早に

質問を浴びせて来た。

「担当顧客攻略の進捗具合のご報告に

伺おうかと。」「…ふぅん。」言って

カンカンは一つ大きなため息をつく。


 何ナニ何なんだ一体…?


「…それはそうと。藤崎君が担当する

髙佰家。あれは気を付けた方がいい。

まさかの  だから。」

カンカンの奴、何を今更…。


「本物…と仰いますと?」わざと

神妙な顔をしてやる俺。可愛い部下を

持って幸せだろ。「いや、ね。君も

やんわり聞いてるよね?死者蘇生。」

どうだ?怖いだろ、とでも言いた気な

カンカンは如何にも滑稽だった。


「死んだ人間を生き返らせる事が

本当に出来たとして…。」「いや、

怖いのはそこじゃないよ、藤崎君。」

「…。」一瞬、空気が変わった。

この男が言っているのは、決して

。そう思った途端、

無意識に緊張が走る。


「いやぁ…やっぱりそこかな?」

いやに勿体ぶるカンカン。

どこなんだよ…?俺はヤツの顔を

穴が開くほど見つめてやる。

「…藤崎君、キミね。自覚してるかも

知れないけど、そんなにヒトの顔を

じっと見ない方がいいよ?何というか

君は…整い過ぎてて剣呑だから。」

言うや、何か変な感じで目を逸らす

カンカン。


 知っとるわい、言われんでも。

わざとですから早く言え!


「…まあ、君が相変わらず切り札には

変わらないんだ。」「私、ですか。」

「死者蘇生が、現実的なものならば。

その技術は恐ろしく利益を生む。

どう言う手順を踏むかは分からないが

実際、それが密かに脈々と行われて

来たのは事実な訳だ。」「……。」

「門外不出の技術なんだろうがね、

それを欲しがる企業は数多だ。しかも

絵空事などではなくて実際に近年、

という噂もある。

多分、何らかの秘薬とか。そういう

類のノウハウだとは思うけどね。」


「つまり、私共に期待されているのは

単に 髙佰家のPB として資産運用の

契約を取付けるだけではないと?」

「有体に言えば死者蘇生のノウハウを

提供して貰える様に働きかける。」

「…!」「それを期待している企業と

新たな融資案件を目論む銀行との

端緒を作る事。背後にそういった

大人の事情も控えている…かもね。」

「それは……初耳です。」ついつい

動揺しかけるが。


「君らの知らない所で既に着々と

皮算用が進んでいる…かも知れない。

あくまで、これは全く何ら根拠など

ない無駄話だけどね。」カンカンは

そう言うと、ほんの少し表情を

引き締める。

「君も、既に耳にしていると思うが

蒔田の所の 中堅 が一人…髙佰に

使いに出たまま行方が知れなく

なっている。」「神田専務。」何故、

管轄外の役員であるこの男が俺に

そんな事を忠告するのか。もしや

小田桐さんに 失踪 の情報を

リークしたのは…。


「…御忠告、有難う御座います。

肝に銘じて職務を遂行して参ります。

御約束がありますので、私はこれで

失礼します。」頭が自ずと下がる。

「重々、気を付けて。でないと…。」




ヨシクニ に、顔向けが出来ない。




神田専務は、確かにそう言った。






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