第16話 死人ヲ返ス

漸く私の 当面の仕事 は見えて

来たけれど、思っていたよりずっと

意外なものだ。それでも、心が

騒ぐのを感じていた。


 今迄とは勝手が違うのは当然だ。


担当する顧客ニーズの深掘りや最適な

運用提案は、あくまでも自分自身の

裁量でやるのが定石だった。

けれどもPB拠点は真逆。個々の動き

自体が一つのに向けられている。

それは多少の戸惑いを齎したものの

同時に新鮮でもあったのだ。



髙佰に関わるであろうの出入を

過去に遡ってリストアップする。



通常は事務方の仕事で、自分が今迄

培って来た 営業のノウハウ は特に

必要ない。強いて言えば、 か。


膨大な出入のデータから神経衰弱の

要領で髙佰との一致を探す。尤も、

これは通常の『卜占』の対価自体が

破格の金額だという事もあって、

どのが『死人返し』に該当した

ものなのかは一見して分からない。

只、これには事務統括からの出向者

畠山美雪が手伝いに入ってくれた事で

幾らか楽な作業になった。




「…ここ暫く。数年は大体が『卜占』

一本でやってるみたいだけどね。

それにしても破格過ぎなんだから!」

「新宿界隈の占い師の一万倍?て事は

精度は相当に高い、って事かな。」

「ホントに!一回の占いに数千万円も

取って、もし外れたりなんかしたら

裁判沙汰にもなり兼ねないわぁ。」

美雪が呆れた様にリストを印刷した

紙束を置く。


「そうまでして知りたい事って一体

何なんだろう。進むか戻るか、或いは

右に行くか左に行くか。そんな単純な

決定に 数千万もかけられる人間 の

気が知れない。はい、これ遙の分。」

「…。」私は彼女から新たなリストを

受け取る。


顧客であろう名前は錚々そうそうたるもので

政治家から大企業のトップ、それに

有名スポーツ選手や芸能人まで。

幾ら、先が見えないからと言って

占いに頼るのは、どうなのだろう。

尤も、そういう立場にいないから

安易にそう思えるだけなのか。



大口の 出入 をリストアップする

自体は特段、珍しいものではない。

だが、それなりの  なしでは

この 検索行為 だけでもコンプラの

規定に引っ掛かる。髙佰家との取引は

もろ有名人や公人ばかりだ。


これはあくまで業務の一環。下世話な

興味本位で個人情報を盗み見ている

訳ではないのだ。寧ろ反社を始め、

マネロンとか疑わしい取引を排除する

為の、極めて重要度の高い業務だ。



 もし仮に、犯罪に関わる様な

見つかったとしたならば。



銀行側の狙いは 髙佰家とのPB専属

契約だ。勿論、髙佰家が何らかの

犯罪に関わる様な 事実 が明らかに

なれば、PB拠点自体が

 更に言うと根本という人が全くの

個人的な理由から失踪したという方が

銀行にとっては都合が良い。


 本来ならば、もっとずっと慎重に

ならなければいけない筈だ。


それを敢えて 丸投げ して来るのは

明らかに髙佰家の破格の資産背景が

影響している。そして仮に何らかの

不芳不祥事が出た日には。


 きっと私達に全責任を負わせて

知らぬ存ぜぬを決め込むのだろう。





「特にには今のところ

誰も該当せずだね。」美雪が言う。

「それは何よりな事だよ。もう少し

過去に遡ってみて、それで無ければ

まあ、大丈夫なんじゃないかな。」

あくまで、ウチと取引のある顧客の

口座から大きな資金の出があって、

その同額が髙佰小夜呼の口座に入って

いるという事実。それが犯罪に絡む

ものかどうかを見極めて…そして、


  死人返し。


 そんな事が、本当に出来るのか。


『卜占』ですら数千万円単位の資金が

動いている。『死人返し』なら、更に

値が張るに違いない。勿論、そんな

夢物語の様な事が実際に遣り取りされて

いるならば、という但し書きが付く。


まさに神経衰弱の要領。しかも

 がウチに口座を持っている事が

そもそもの大前提だ。





「ねえ、ちょっとこれ…!」美雪が

突然、戸惑いの声を上げた。「?」

もうかれこれ二十年以上遡っている。

髙佰小夜呼名義の口座への大口入金が

並ぶ中で、一際目に付いたのは桁が

二つ分飛び出しているからだろう。

「これじゃない?!『死人返し』!

金額の桁が異常なんだから!やっぱり

藤崎さんの言う通り、振込じゃなくて

現金で入金されてる。これ何処からの

出金かな…相手がウチに口座あると

いいんだけど。」言うや美雪は全店に

検索をかける。


もし『死人返し』の報酬の可能性が

高いのならば。それは本当に行われて

いたという事になる。金額からしても

多分 成功報酬 に違いない。

人ひとり殺すのも難しいのに、死人を

生き返らせるなんて。難しいのを

通り越して常識的には 不可能 だ。

一体どんな人が依頼しているのだろう。

美雪の指差す名前に目を落とす。

 「…!」が、次の瞬間。

私は言葉を失った。


「…この報酬の馬鹿高さ!まぁ命を

買う様なモンだから仕方ないかも

知れないけど…行っても数億単位かと

思ってた…まさか、その上なんて。」

次いで美雪も言葉を失うが。






 西園寺景久さいおんじ かげひさ 




それは、二十四年前に亡くなった

私の祖父の名前だった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る