第38話 八幡 亮二 後編

「ところで、昨日は大変だったみたいだね」


  八幡が、虎太郎に声をかける。

 その顔は、先ほどまでとは違う真剣なものだ。


「なぜ、違法とわかっていてCAデバイスを使ったんだい?」


 日差しに眼鏡が反射し、その瞳は伺えない。

 しかし、虎太郎には明らかに怒気が含まれているように感じた。


「すみません……」

「僕も、直接の戦争世代ではないけど……それでも過渡期ではあった。今では明確に犯罪なものも、当時はそうではなかった。それは、裏に潜っただけであまり変わりはないのかもしれないけど」


 そういうと、八幡は自らのCAデバイスを取り出した。


は――人を選ばない。ハッキリ言ってしまえば、適正さえあればだれでも使えるんだ。南、昨日の君のようにね。しかし……」


 少し、陽が落ちてきた。

 グラウンドでは、サッカー部が声を掛け合っている。


「突然降ってわいた分相応な力は、人を狂わす。最初は良かれと思って力を使っていても、所詮人間のやることだ。間違いは起きるし、起こしてしまう」


 八幡が虎太郎に向き直る。

 その瞳に怒気は無かったが、どこか悲しみがあった。


「南の善意も、勇気も、決意も永遠には続かない。ずっと続く方が、どうかしている。だから、嫌になったらやめてもいい――僕はそう思うよ」

「はい……」

「説教臭くなっちゃったな」


 そういうと、八幡は自虐的な笑いを浮かべた。


「まあでも、雲見は南のそういう向こう見ずなところを褒めてたから、これは僕の個人的な意見だよ」

「あの――雲見さんはどういう……」


 虎太郎は疑問に思っていたことを、八幡に尋ねた。


「雲見も、南たちを助けた東郷もそうだけど――まあ、特管の中ではずっと立場が上なんだ。これくらいなら、メール1通で済ませられるくらいにはね」

「へぇ~……本当に偉い人だったんですね……。ちょっと疑ってました」

「ああ見えてね。昔はもう少し真面目だったんだけど……」


 頭をかきながら、どこか懐かしそうに八幡は答えた。


「2人とも立派だよ。僕だけさ。特管から離れる事も出来ず、こうやって中途半端に教師まがいの事を続けている……」

「でも、一色はずいぶん八幡先生の事話していましたよ。あいつ嫌いな人には手厳しいところがあるから。雲見さんも同じような事言ってたし……その、なんて言うか……大丈夫だと思います!」


 八幡は、手を頭の後ろで組みながら、大きく伸びをした。

 生徒に励まされちゃあ、世話ないな――そういって笑った。


「そんな感じだよ。特進科の講師は僕以外にもいるから、明日は他の人かもしれないけど。まあ……南、これからよろしくな」


 差し出した八幡の手を、虎太郎も制服のズボンで一度手をぬぐってから、握り返した。



 ♢ ♢ ♢



 虎太郎は少し思うところがあり、昨日の公園に寄ってみた。

 非常線が張られていたりしているのかと思ったが、もうそう言ったことは終わったのか特に何もなかった。


 夕方なのもあり、人はまばらだ。


 昨日見た同じ風景と、どこか違うような気がする。

 偶然ああいう目に合わなければきっと何も思わなかっただろうが、自分の知らなかった世界が、ガラス一枚隔てて確かにそこにはあった。


『突然降ってわいた分相応な力は、人を狂わす。最初は良かれと思って力を使っていても、所詮人間のやることだ。間違いは起きるし、起こしてしまう』


 虎太郎の頭に八幡の言葉が浮かんだ。

 彼の言葉には、実体験をもとにしたような説得力を感じた。


 実際、虎太郎も良かれと思ってやったことだった。

 だが、言葉に出来ないもやっとした気持ちがあった。


「――――虎ちゃん?」


 背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

 奏の声だった。


「奏……何でここに?」

「あはは、何でだろうね。なんかちょっと……気になっちゃって」


 そういって、2人はまた昨日と同じベンチに、昨日と同じように座った。


「今日、八幡先生と話してさ――」


 虎太郎は、奏に八幡との会話の内容を大まかに話した。


「――なんで……ちょっといろいろ考えちゃってさ」

「ぱーまん先生、そういうこと言うからねぇ……」


 そういうと奏は、鞄からCAデバイスを取り出し、その中からローズクォーツを取り出した。


「私はさ。適合石ローズクォーツ使うの楽しいんだ。人の役に立ってる気がしてってのもあるけど――やっぱりちょっと特別な気がして」

「そうなんだ?」

「うん。たぶん――みんなそうだと思う。だから、虎ちゃんも楽しかったんだと思うよ」


 奏に言われ、虎太郎はもやとしたものが少し晴れた気がした。

 確かに、適合石タイガーアイを使っている時は高揚感や万能感があり『楽しい』気分もあったのだ。

 昨日の事もあり、今日の八幡の話も聞いて、を思ってはいけない――そういう意識があったのだ。


「昨日は――私なりに頑張ったつもりだったけど、やっぱり全然何もできなくって。悔しいなって思ってるから……虎ちゃんもそう思ってるんじゃない?」


 虎太郎は拳を握り締めた。

 負けて悔しいと思えるほど、今まで何かに熱中したことはなかった。


 今は――。


「――やっぱり俺も悔しいな」


 虎太郎は言葉にした瞬間、胸の奥が熱くなった気がした。


「ふふ、男の子だね~」


 からかうように言って、奏が立ち上がった。

 虎太郎の前に、手を差し出す。


「一緒にがんばろ? 2人で――もう負けないようにさ」

「ああ、そうだな!」


 虎太郎は、奏の手を取った。

 漫画みたいな夕日が、街の向こうへと沈んでいく。

 それは、虎太郎が岐阜に来て最初に一番印象に残った光景だった。

 夕焼けが、朱く2人を照らしていた。

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