第36話 4級 総合教本

「寝れなかった?」

「いや……」


 登校時、かなでに問われ気の抜けた返事をしてしまった。

 眠そうに見えたのだろうか。


 寝れなかったと問われれば、そんなことはない。

 むしろ逆で、電源が切れるように寝てしまい、気が付けば朝だった。


 今朝はそのまま一色いっしき家で朝食もいただき、そのまま登校している。


「一晩経って……ちょっと、冷静になったというか。奏はさ――…あんな事しょっちゅうあるって事?」


 そういって奏を見ると、ただでさえ大きな目が見開かれ、まん丸になっていた。


「ないないない!! あるわけないよ……」 


 必死に否定する奏を見て、それもそうかと納得する。

 まだ、高校に入って1カ月も経っていないのだ。


「――怖かった?」


 奏のその言葉で、はっと気づかせられた。

 昨晩から、ずっと何か心に引っ掛かっていたが、一言に出来なかった。


「――怖かったよ」


 あの時、家族同然の奏を失うのが怖かった。

 そして、それとは別に、何も起きない平和な世の中だという自分の認識に侵入はいってきた、非日常体験が怖かったのだ。


「だよね……」


 しまった。


 つい、口を滑らせてしまった。

 一番怖かったのは、奏じゃないか。俺は脳みそ入ってるのか――。


「か、奏は、いつから適合者になったの?」


 話をそらすため、自然と口に出た言葉だった。しかし、こうなった成り行き上、気になっていたことでもあった。以前会った時は――いつだったか忘れたが、そのような素振りは全く分からなかっけど。


「私は……ほらお父さんが特管とっかん関連の会社で働いてるじゃない? それで、たまたま検査してもらって~」


へぇ~……。


「それで、学園から連絡があってって感じかな。資格の勉強とか沢山したんだよ。そうしないと特進科入れないからって」

「そりゃあ……大変だったね」


そう呟いた俺の前に、奏が回り込む。


「な~に他人事みたいな顔してるの? しないとだめなんだよ、虎ちゃんも!!」

「な、なにを?」


 奏は、学生カバンの中を漁り、一冊の分厚い本を取り出して、俺の前に差し出した。すっと出されたそれを受け取ると、ズシリと重みを感じる。


「特殊能力資源管理 4級 総合教本……?」


 正確には、改訂版と書いてある。


「なに?」

「だから~! 特進科にいる人は、これに合格しているのが条件なんやお!」


 え? なにそれ、聞いてない。


「これに合格していないと、CAデバイス携帯許可が下りないんだよ」

「ちょ、ちょっと待って……あれ? 昨日の話だとなんかこう……自動的に特進科にって感じに聞こえたんだけど……」


 深いため息をつき、奏が続ける。


「そんなに都合よくいくわけないよ。そりゃあ……確かに? 話を聞くところによりますと、虎ちゃんは独学というか、ぶっつけ本番でタイガーアイをちゃんと使えたみたいだけど……。普通はね? 結構練習してから、やっと使えるようになるもんなんだよ。私もね、ちゃんとローズクォーツで何かを治せるようになるまで、最低でも半年以上はかかって――」


 ……。


「その4級受かるのだってね、私は3回目でやっとこさ受かったんだよ。毎晩毎晩……地道に勉強してさ……。しまいには『電子書籍で勉強しているから、頭に入ってこないのかもしれないのかも』とか思って、わざわざ紙の本を買ったんだよ。まあ……そのせいで受かったのかはわからないんだけど――」


 ……長いな……。


 思い出し怒り……という奴だろうか。

 これはこれで、悪い事をしてしまったかもしれない。


「本当なら、虎ちゃんは逮捕! 嗚呼ああ、また未成年が違法CAデバイスの毒牙に! ……そんなわけだよ。わかった? みなみ 虎太郎こたろうくん」

「はい……」

「先輩と呼びたまえ、先輩と!」

「はい……先輩」


 奏の機嫌は、直ったようであった。

 昨日、説明してくれれば良かったのに――…とは思ったが、そんな状況でもなかったか。


「だからね、今日は呼び出しがあると思うよ」

「呼び出し?」

「うん。やっぱり、特殊なケースだと思うから。学園も、いくら特管とっかん直属みたいな感じでも、いきなり言われても困るだろうし」


 確かに……。


 そもそも、本当に特進科に?というのも疑問が残る。

 昨日の――…雲見くもみさんだったか。結局、あの女の人が言っただけでそんなことが出来るのだろうか?


『言ったでしょ? そういう『立場』だって』


 確か、雲見くもみさんはそんなようなことは言ってはいたが、結局どういう『立場』だったのは、聞けずじまいだった。それも今日、聞けるのだろうか。

 そんなことを考えていたら、もう校門をくぐっていた。

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