第14話
次の日。目覚めたアルトたちは豪華な朝食を堪能した。
黒塗りの重箱は中を九つに仕切られ、卵焼きや煮物などの和食が少しずつ詰められていた。キャロットラペなど洋風なおかずも入っている。重箱の横にはおにぎりと小皿に入ったフルーツがお行儀よく並んでいる。
部屋に戻って身支度を整え、旅館の従業員たちに見送られてバスに乗り込んだ。
バスに揺られること数十分。アルトたちは大阪難波駅の前で降ろされた。荷物はトランクに入ったまま、バスはどこかへ走っていく。
駅前の広場で整列すると川添が咳払いした。隣ではほかのクラスも同じように担任を見上げている。
「全員そろってるな。今日は大阪の自由散策だ。くれぐれも満喫やカラオケで時間をつぶす、なんてことはないように! ケガ、事故に気を付けて楽しんでこいよ」
川添は日差しに目を細めながら生徒たちを見渡した。いつもだったら話の途中で茶々を入れられるが、旅先でテンションが上がっているのか”はい!”と大きな返事が響いた。
「なん〇グランド花月で観劇希望出した班はこのまま俺と一緒に来なさい。それ以外は解散!」
「アルトー! 食べ歩き始めるよー!」
「うん」
川添の声で生徒たちが散らばる。アルトは後ろに並んでいたハルヒに肩を叩かれた。彼女は頬に手を当てて指折り数える。
「エッグタルトとか~豚まんとか~たこ焼き! お供にタピオカもほしいよね!」
「おいおい朝飯食ったばっかりだろ」
「いいんじゃない? 本場のたこ焼きおいしいよ」
生徒たちの波の中からテツ、タイム、ミカゲが現れた。
「アルト……。ハルヒと同室で大丈夫だったか?」
「別に……。何もなかったけど」
なぜか申し訳なさそうな顔のミカゲ。アルトは首をかしげた。
「消灯時間過ぎてもおしゃべり止まらなかっただろ? 暗い中ずっとアニメ見てただろ?」
「まぁそうだね」
「ハルヒお前……! あれだけ人に迷惑かけんなって言ったのに……!」
「あわわわわわわ」
ミカゲはメガネを落としそうな勢いでハルヒを揺さぶった。しかし、当の本人はけろっとした様子で反省の色はない。
「だってアルトがいいよって言ってたもん。推し語り聞いてくれたんだよ!」
「それはアルトが気を遣ってたんだろ!」
「大丈夫だってミカゲ。私すぐに寝おちて何も覚えてないから」
「「え!?」」
ちょっと辛辣なアルトと息ぴったりの双子に、テツとタイムが笑った。
大阪の自由散策は班で事前に行きたい場所を決め、ほぼ一日を過ごすというものだ。
笑いの聖地ということでお笑いを楽しみたいという者もいれば、テーマパークで一日を過ごすために電車に乗った者もいる。中にはアニメの聖地巡礼をするため、大阪を出た班もある。
アルトたちの班は難波、道頓堀界隈を練り歩いて通天閣へ行く予定だ。
「十八時までに近鉄奈良駅だから……。余裕をもって十六時半にはこっちを出よう」
「頼りにしてますタイム!」
「じゃあ……。さっそくたこ焼き食べに行く? すぐそこにおいしい店があるんだよ。中で食べられるし」
「さんせー!」
こうして修学旅行二日目が始まった。
ハルヒが希望していた食べ歩きを楽しみ、写真もたくさん撮った。
他の班に会った時はここに行ったなど情報交換をした。皆、思い思いに楽しんでいるようだ。
「あ、タイム君たちだ……!」
「何、知り合い?」
他のクラスの女子ばかりの班に遭遇すると、男子たち三人が一緒に写真を撮ってと頼まれていた。彼らは言われるがままにスマホの画面に収まる。
その様子をアルトは無言で無表情で見つめていた。
「いいのアルト……」
「……何が」
「雰囲気めっちゃ怒ってるんですけど!」
「え……」
ハルヒに指摘され、アルトは頬を指でかいた。
何を考えているかなんて、しかも雰囲気に出ているなんて祖父母やタイムくらいにしか言われたことがない。
「大丈夫だって! 後でタイムとのツーショ撮ってあげるから!」
「そういうのいいって……!」
アルトはハルヒの口を押えてタイムの顔を盗み見た。
優しい表情の彼は一生懸命に話す女子のことを見つめている。まるで華の姉、加奈に告白されていた場面を思い出す現場だ。
彼女の頬は上気しており、時々スマホを持つ手に力が加わっているようだ。
「アルトはどうなの? この修学旅行でタイムに告白しないの?」
「し、しない」
アルトは頭を振った。ブン、と振る度に勝手に表情が生まれそうな勢いで。
「なんで?」
なんで、と聞くヤツがあるか。テツが女子たちの輪から戻ってきそうな気配に口をつぐんだ。
(好きなだけで……十分だから)
タイムはスマホを握りしめる女子に軽く頭を下げた。軽く口元を動かすと、彼女は緊張した面持ちのまま硬直した。
(あ……)
その様子に安堵を覚えてしまう自分が嫌いだ。
タイムと話していた女子はすぐに、”こっちこそごめん!”とこちらにまで聞こえる声量で頭を下げた。
きっと優しい心を持っているのだろう。告白をして、もしくは連絡先を聞いて断られたのに相手を気遣えるなんて。
アルトがうつむくとテツが戻ってきた。親指で後方をさし、半笑いを浮かべている。
「ミカゲが連れてかれたぞ。告白か?」
「そうかも! 転入して数ヵ月か。そろそろ最後かな」
「最後?」
「環境が変わる度にモテ期が来るんだよ」
なんだそれ、とテツは笑った。
「テツは? なんかめっちゃ話しかけられてなかった?」
「友だちが俺のこと気になってるから、代わりに連絡先交換したいって言われた」
「おー! やっぱりテツもモテるんだね! それでそれで?」
テツはアルトのことをチラッと見ると、そっぽを向いた。頭をかきながら鼻を鳴らす。
「断った。お節介とか周りくどいこと嫌いなんだよ」
「おわ~辛辣テツ……」
ハルヒはテツの言い切りに引いているが、当の本人は忘れたようにアルトに話しかけた。
街歩きを十分楽しんだ後、アルトたちは通天閣まで歩いて移動した。ハルヒのあれ食べたいこれ食べたいに付き合っていたら予想以上にお腹いっぱいになったからだ。
途中で関西のローカルスーパーを見かけたり、交差点名標識が地元より大きいことに気がついた。
知らない街を歩いていると、あっという間に通天閣のお膝元に到着。今日は晩御飯いらないかも……とお腹をさすりながら、通天閣の中も回った。
そこでは華の班に遭遇し、一緒に休憩をとることにした。通天閣を下りてカフェでドリンクをテイクアウトし、開けた場所に訪れた。
華、ショウ、肇、ヒデはここへ来る前に天王寺動物園へ行ったと話した。
「アルトって動物が好きなんだぜ」
「そうなんだ! 何が好きなの?」
「えっと……。犬とか」
女子四人はベンチに座り、華のスマホをのぞきこんでいた。
男子たちはそばに立ち、おしゃれドリンクカップを傾けている。
「テツってアルトと仲いいんだね。 一緒の班になったの意外だったけど」
「まぁ俺の妹にもちょいちょい会ってるしな」
ヒデに話を振られたテツは、カップに口をつけたタイムの顔をのぞきこんだ。彼は動じることなく、通天閣を見上げている。
「妹ちゃん見たい!」
これにはショウと華が食いついた。二人は無類の子ども好きだ。保育士になるために短大に進むんだ、と進路を川添に相談していると話した。
テツはタイムのことを細目で見ると、シャツの胸ポケットからスマホを取り出した。
「ほれこれ」
「かわいー! テツに全然似てなくて可愛い!」
「なんていうの?」
頭の横で髪を二つ結びにしている女の子。ヘアゴムには小さなひまわりがついている。
「なのか。最近二歳になった。もっと小さい頃の写真もあるぞ」
テツは写真フォルダをスクロールさせて遡った。止める度にショウと華が声を上げる。
時々食べ物の写真や風景の写真が混ざるが、ほとんどが妹の笑顔で占められている。遡ると妹の姿がどんどん幼くなっていく。
「意外とお兄ちゃんやってるんだね!」
ハルヒも気になるのか、彼の手元をのぞきこんだ。
「アルトもな」
テツは得意げに笑うと、ある写真を見つけて手を止めた。それをタップして拡大させる。
それはアルトが小さななのかを抱っこしている写真。ロンパースのなのかは目をぱっちり開け、アルトに向かって手を伸ばしている。
「消してって言ってるのに……」
彼女は顔をそらしてストローをくわえた。口を尖らせた声にハルヒたち女子が満面の笑みを浮かべる。
「妹を抱っこした時のアルト、笑ってるように見えるんだぜ」
テツは得意げな顔になった。アゴを持ち上げ、ミカゲのことを見下ろそうとしている。自分の方が身長が低いのに。
突然ロックオンされたミカゲは盛大にむせた。
「お……俺は昔のアルトを知ってるし!? アルトはよく笑う女の子だった。赤ちゃんとか犬とかで釣らなくても……」
彼はかすかに咳をしながらテツに対抗した。テツはつまらなさそうに睨んだが、ヒデは”見たことないな”とアゴをかいている。ポーカーフェイスの過去を知らない彼らには信じられない話なのかもしれない。
男子たちの輪から外れたタイムは、一人優雅にベンチに腰かけていた。
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