善意と邪念(わらしべ長者パロディ)
雨宮 徹
善意と邪念
あるところに貧乏な男がいました。彼はお金持ちになりたいという憧れがありました。そこで、観音様に「お金持ちにしてください」と祈りました。すると、どこからともなく声が聞こえてきました。それは「最初に触ったものを大事に持って旅に出よ」と、告げました。
「果たして信じていいのだろうか?」男は疑心暗鬼になりつつも、観音堂を後にしました。帰る途中、男は石につまずき転んでしまいました。そして、一本の藁に触れました。
「最初に触ったもの……。藁にも縋る思いとはこのことか」男は自嘲気味に言いました。
「仕方がない、これを持って旅に出るか」
しかし、いざ旅に出ようとしたとき、わらじの鼻の緒が切れてしまいました。男はやむなく藁を使い結びなおしました。行き先を決めずに歩いていたところ、反対側からお婆さんがやってきました。彼女はわらじを履いていませんでした。
「お婆さん、こんな真冬に裸足では風邪をひきますよ。これをあげますから」と男は言うと、わらじを差し出しました。
「おお、なんと感謝すればいいのでようか。ひったくりにあって困っていたのです。売り物の反物まで取られてしまって……。お礼にこれを差し上げます」
お婆さんは手に持ったミカンを渡しました。少し腐りかけていましたが、男は何も言いませんでした。
男がわらじを失い足から血を流して歩いていると、今度は反物を持った若者に出会いました。彼の身なりは反物に合わないものでした。男は「こいつが、ひったくりに違いない」と確信しました。若者は水を欲しがっていましたので、ミカンと反物を交換することになりました。しかし、若者はミカンを食べると息を引き取りました。ミカンが腐っていたからです。
「罰が当たったに違いない。さて、反物をお婆さんに返しに行こうか。待てよ。これを売ればお金持ちに近づく……。いや、そんな邪念を持ってはいけない」
男は道を引き返しましたが、お婆さんに追いつくことは出来ませんでした。
「反物があってもなぁ」と、途方に暮れていると、向かいから武士が馬に乗ってやってきました。
「ほう、いい品を持っているな。ちょうど嫁の実家に行くところなのだ。手土産に反物をよこせ」
「そう言われましても……。これは、ある人の持ち物なのです」
「ええい、うるさい! 武士をなめるな」彼は馬から降りると刀で斬りかかってきます。男はとっさに反物で武士の一太刀を防ぎました。武士がもう一度刀を振りかぶったとき、興奮した馬が蹴り飛ばしました。武士はすぐに息絶えました。
「馬があれば足を傷つけずにすむ。待てよ。これは、馬を使ってお婆さんに追いつけというお告げなのでは……?」男は反物の残骸を持つと馬に乗って、さらに道を戻りました。
馬に乗って道を進んでいると、大きな屋敷に行き当たりました。入り口には、お婆さんにあげたわらじが置いてあります。
「お婆さんは、お金持ちだったのか! わらじを譲ったお礼は大金かもしれない」男は期待を胸に扉をたたきますが、返事はありません。仕方なく屋敷に上がると、そこにはタンスを荒らしているお婆さんの姿がありました。
「あなたは泥棒だったのですか!」
「バレてしまったなら、殺すしかないねぇ」お婆さんは手慣れた様子で刃物を取り出しました。
男はとっさに屋敷から出ると馬にまたがって逃げようとします。しかし、男は急いでいたため、馬をつなぎとめるのを忘れていました。当然、馬の姿はありません。
「さあ、観念するんだね」
「お婆さん、後ろ!」男が必死に叫びますが、「そんな手には乗らないよ」と近づいてきます。その時、屋根から瓦が落ちてくると、お婆さんの頭にぶつかりました。お婆さんは痛いと思う間もなく亡くなりました。
「忠告したのに……」男はため息をつきました。
人がいなくては、また盗人が屋敷に入り込むに違いありません。男は寝る間も惜しんで見張りましたが、主は戻ってきませんでした。
「屋敷の持ち主は、どこかで命を落としたのかもしれない。屋敷を頂戴するとしよう。これで、憧れのお金持ちに一歩近づいた」
男は満足げな表情で古い表札を取り外すと、自分の表札に取り替えました。しかし、男は気がつきませんでした。表札に武士の名前が書かれていたことに。
善意と邪念(わらしべ長者パロディ) 雨宮 徹 @AmemiyaTooru1993
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