第9.5話「戦槌と原初の律動」
戦槌「断罪」の震えが、全身に伝わってくる。バルド・アイアンは、装置から現れた存在を見つめながら、かつて経験したことのない振動の意味を理解しようとしていた。
「何だ......あれは」
低い声が口をついて出る。全長10メートルほどの竜型生物。暗紫色の結晶に覆われた体躯。背中には古代文字を模した紋様。鍛冶師として長年素材と向き合ってきた目に、その存在の異質さが痛いほど伝わってくる。
守護竜シルフィード・セージの唸り声が響く。しかし、その圧倒的な存在感すら、目の前の存在の前では色褪せているように感じられた。
「これが......父の研究の真実」メイベルの震える声。「守護竜以前の、原初の力......"原竜"」
戦槌が、その言葉に呼応するように振動を強める。鍛冶場で初めて槌を振るった日の感触。地竜の襲来を予感した朝の震え。そして今——。戦槌は、より古い、より根源的な何かの存在を告げていた。
「面白い」隣でザイドが呟く。「守護竜の加護を打ち消す存在とは」
その時、原竜が大きく翼を広げた。その動きには、地竜とも守護竜とも異なる律動があった。かつて鍛冶の技術で感じ取った全ての振動とも違う、太古の記憶そのものが宿ったような波動。
「危険!!」
リリアの警告の直後、衝撃波が放たれる。守護竜の防御すら、いとも簡単に打ち消されていく。
バルドは、戦槌を通じて理解していた。これは単なる力の衝突ではない。より深い、より本質的な対立。世界の基盤そのものを揺るがすような何か。
「チッ」ザイドの舌打ち。「メイベル!あの時の安定剤は!」
「ここに!でも、効果は保証できないわ。だって、これは......"原竜"だから」
施設内で原竜の眼光が不規則に揺らめく中、バルドは決意を固めた。
「......任せろ」
前に出る。戦槌の振動が、これまでにない共鳴を帯びる。それは破壊のためでも、防御のためでもない。より根源的な、調和を導くための律動。
「待って!父の研究は......」
メイベルの叫びも空しく、原竜は天井へと飛翔。その姿を追って、守護竜も動き出す。しかし、その動きは明らかに制限されているように見えた。
「追いますよ」
相棒の声に、バルドは無言で頷く。地下施設を出て夜の街へ。そこで目にしたのは——。
月光を背に浮かぶ原竜の姿。その存在に呼応するように、街の魔導装置が次々と不安定な反応を示していく。浮遊都市の一部が危うい傾きを見せ、守護竜の力も制限されている。
戦槌が告げる振動は、もはや警告ではなかった。むしろ、何か新たな可能性を示唆するかのような律動。
「3000万Gの借金どころじゃありませんねぇ」
ザイドの皮肉めいた言葉に、バルドは内心で同意する。これは、個人の問題を遥かに超えた事態。世界の秩序そのものが、新たな局面を迎えようとしていた。
夜空で、守護竜と原竜が対峙する。その狭間で、戦槌「断罪」は新たな共鳴を奏で始めていた。
(続く)
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