第3.5話「戦槌と地竜の秘密」
夜風に乗って、薬草の香りが漂ってくる。バルド・アイアンは、路地裏で佇むザイドの背中を見つめていた。いつもの軽薄な態度とは違い、相棒の姿には何か重いものが感じられる。
戦槌「断罪」が、背中で月明かりを静かに反射している。夜の街並みに、不自然な光を放つ建物があった。薬屋「癒しの泉亭」。その2階の実験室からは、地竜の結晶を思わせる不規則な輝きが漏れていた。
「......なぜここだ」
低く問いかけると、ザイドは意図的に軽い調子で返す。「ちょっとした調査ですよ。あの結晶のことで、気になることがありましてね」
(嘘をついている......)
鍛冶師として培った目は、相手の仕草に潜む真実を見抜いていた。この建物には、ザイドの過去が眠っている。それは彼の態度の端々から、手に取るように分かった。
裏手の従業員用出入り口に向かう時、バルドは貯蔵庫の扉に目を留めた。「これは......」
扉は、ザイドが持っていた従業員の鍵で開いた。中から漂う匂いに、バルドは眉を寄せる。「この匂い......通常の薬品とは違うな」
鍛冶の仕事で培った感覚が、普通ではない何かを察知していた。それは、テラコア鉱山で感じた地竜の結晶の反応に似ている。同時に、かつて故郷の鍛冶場で遭遇した、あの不吉な予感とも重なっていた。
ザイドが取り出した薬瓶の中で、暗紫色の結晶が不気味な輝きを放つ。その色味と反応は、間違いなくテラコア鉱山の地竜が持っていたものと同じだ。
2階からの物音に、バルドの筋肉が反射的に緊張する。その音には、地竜の暴走を予感させる何かがあった。
轟音と悲鳴が響き渡る。
「......!」
階段を駆け上がる足取りには迷いがなかった。実験室のドアを開けると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
床に倒れた女性――メイベル・アポセカリー。その周りを徘徊する小型の地竜。全身を覆う結晶の輝きは、明らかに不安定だった。この個体からは、テラコア鉱山で感じたのと同じ、歪んだ地脈の波動が感じられる。
ザイドが動きを制する中、バルドは床に広がる紫色の液体に注目していた。その反応は、通常の薬品とは全く異なる。まるで、地脈そのものが液体になったかのような振動を放っている。
「違うの!」倒れたメイベルの必死の声。「あの時の事故は、私のせいじゃなかった。地竜は、何かに反応して......」
その時、地竜の結晶が急激に輝きを増した。床を伝わる振動に、バルドの全身が反応する。
「まずい!」
鍛冶師としての経験が警告を発していた。この振動は、建物の限界を超えようとしている。「上階は保たん。すぐに避難を」
メイベルの案内で地下の貯蔵庫に逃げ込んだ時には、既に実験室は崩壊の音を響かせていた。紫色の光が夜空に放たれ、地竜の咆哮が街に響き渡る。
地下室で見つけた穴。地竜が掘っていった跡は、何かを追いかけるように地下深くへと伸びていた。その方向は、鉱脈の流れと一致している。
メイベルが広げた地図。地竜出現地点と重なる印。その配置は、バルドの目には見覚えのあるものだった。
(これは......)
鍛冶師として素材を見極めてきた経験が、異常を告げている。この地図が示す真実は、単なる事故や実験の失敗を超えた、もっと深い何かを示唆していた。
地下深くから伝わる震動に、戦槌が反応する。それは、かつて地竜の襲来で故郷を失った日の予感に似ていた。しかし今は、ただ怯えているわけにはいかない。
真実は、この地下の奥深くで待っている。
(続く)
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