第8話 まい、結婚する? 後編
公園。まだ小学生のまい、まなみとゆうき、あかねがキャッチボールをして遊んでいた。
「まなみ選手、投げました!」
まなみが投げたボールが、近くの家の庭に入り込み、窓ガラスを割ってしまった。
「こらーっ!」
「やばい、住民の怒声だ!」
ゆうきが慌てた。
「待って。こういう時は、素直に謝るのがベストでしょ?」
「じゃあまいちゃん、謝りにいってきて」
と、まなみ。
「いってらっしゃい!」
あかねも促した。
「おいおい。みんなで行くんでしょ?」
呆れた。
「こりゃしばらくあの家で皿洗いか?」
渋るゆうきにまいが、
「飲食店じゃないんだから!」
と、ツッコミを入れた。
「はっ」
目を覚ますまい。
「そうだ。私今カスタード王国にいるんだ」
そして、まだウェディングドレスだったことに気づいた。
「みんな、今頃どうしてるんだろ?」
ふと、ゆうきが涙目になっていた光景が浮かんだ。
「なんか、ひどいことしちゃったな……。あいつのあんな顔、久しぶりに見た」
「お目覚めですか、姫」
バターが来た。
「お願い、みんなに会わせて」
「みんなとは?」
「わからないの? ゆうきや家族、友達よ!」
「姫、あなたは自身の立場をわきまえていますか? あなたはもうこの国で一番偉い人。庶民なんかと簡単に顔合わせできません」
「庶民!? あのね、私もその庶民なの!」
「僕といるのに?」
そばに寄ってきた。
「そういえば、まだ一線を交えていませんでしたね。この国の子孫繁栄の儀式を行いましょう」
「儀式って? きゃあ!」
ベッドに押し倒された。
「なにするのよ!」
「なにって。儀式に決まってるじゃないですか!」
胸元から無理やりドレスを剥がそうとした。
「い、いやだ! まだ中学生なのにそんなことしたくない!」
「ここは自由の国ですよ! 姫!」
窮地に立たされた時だった。
「まい!」
たけしとさくらが部屋に飛び込んできた。
「お、お父さん。お母さん……」
「うちの娘になにしてくれてるのよ?」
腕を組み、にらんで聞くさくら。
「これはこれはご両親方。僕たちは今お楽しみの最中なんですけどね」
「実の娘が同意していないのに、迫られているところを放っておけるか!」
「でもどうしてここに来られたのです?」
「息子が教えてくれたんだ。あいつも昨日君に罵られて悔しい思いをしたみたいで」
「けど、こっそりあとを付けてあなたとまいのいる部屋をマークしてくれたのよ」
「なるほどねえ」
「お父さん、お母さん。助けて……」
涙ぐんだ目で訴えるまい。
「大丈夫よまい。今助けるわ」
「おっと。そう簡単に行くとお思いで? ここは自由の国です。人それぞれの自由が尊重されます。あなたたちが今しようとしているのは、僕の自由を迫害することです。王子である僕に対してそのようなことをすれば、どうなるかわかりますよね?」
「こうなるのよ!」
突然、部屋の窓ガラスが割れた。
「だ、誰だ!」
突然のことに驚くバターの前に現れたのは。
「まなみでーす!」
「月菜もいまーす!」
二人で同じほうきに乗った月菜とまなみが入ってきた。
「ちなみに、ガラスは私の魔法であめ細工にしたから、ケガの心配はないよ」
「まいちゃん、ほうきに乗って!」
「あ、ごめん。これ二人乗りなの」
「くっ」
月菜とまなみをにらむバター。そのすきに、まいは部屋をあとにした。
まいは、城内を走り、庭園に出た。
「あっ!」
ドレスのスカートが足に引っかかり、こけた。
「いてて……」
「姉ちゃん?」
「へ?」
顔を上げると、ゆうきがいた。
「ゆうき……」
庭園にいたゆうきを見て、まいは唖然とした。
「あんた、なんでそんな犬と猫に囲まれてんのよ?」
「あ、これ? いや、なんか犬と猫じゃんじゃん連れてこいってメイドに頼んだら、埋もれるくらい連れてきたから、こうなってる。あったかいよ」
「あのねえ……」
「それより、もういいのかよ。あいつは」
「あ、ま、まあ」
「ふーん」
「ねえ」
そばに寄ってきた猫を撫でながら、言った。
「ありがとう」
「……」
「もう、どこにも行かないからね」
ゆうきがなにも言わないと思ったら、
「ほら。この子も抱いてやって」
豆芝を渡してきた。
「うん」
ほほ笑み、まいは豆芝を抱いた。
「姫はどこだ! 姫に会わせろ!」
城内で血相を変えてまいを探し求めるバターは、石田君に引き留められていた。
「まいちゃんにあんたみたいな危険人物接触させないんだから!」
あかねがバイオリンの弦を向けた。
「そーだそーだ!」
まなみはカメラでバターを撮影した。
「やめろ! 我が国ではカメラは禁止にしている。特に、クリーム城ではな!」
「あっそ。自由を尊重するカスタード王国で、そのような否定はお答えできません」
まなみはシャッターを押し続けた。
「あかんべー」
アリスがスマホで動画を回した。
「貴様ら! ただで済むと思うなよ?」
バターは、今まで放ったことのない口調を見せた。
「さくらちゃん、どうしよ?」
雨音が心配そうにすると。
「大丈夫よ。うちの子たちはあたしに似て強いからね」
と言って、バターに近寄った。
「君、彼を離して」
「え、いいんですか?」
と言いつつも、石田君は素直に応じた。
「これはこれはお母様。先ほどは取り乱してしまい、申しわけございま……」
バターの言葉も待つ間もなく、さくらは彼の頬を叩いた。
「悪いけど、君にまいは任せられないわ。だって、自分の言いなりにしたいだけでしょ? なにが自由の国よ。ここでの自由は、誰かが言いなりになることで秩序を保つ、最悪の場所じゃない!」
その場に沈黙が走った。
「おバカさんでもわかるように、自由の意味を教えてあげる。あたし、タクシードライバーをやる前、作業所でパートをしていたの。利用者さんもいろいろな人がいて、それはそれは大変なお仕事だった。でも、そこは自由な環境だった。なぜなら、一人一人に合理的配慮を促していたからよ。どんな人でも働ける環境作りに取り組んでいたからこその自由な環境だったと、今に思うわ」
「ふんっ。そんなもの自由とは言えない。あなたは間違っている。自由とは、自分の好きなように生きるそれこそが自由なのです」
「じゃあ、今自由に思えるのかしら? 今ここであなたがその自由を主張したまま、まいを取り戻すことができなかったら……」
「僕の自由と尊厳を迫害されたことになりますね」
「それはあたしたちも同じことなのよ」
「むっ」
「君の言う自由のせいで、僕たちは苦しむことになる」
と、たけし。
「それ、考えたことある?」
と、ほうきに乗ったままの月菜。
「私、十九歳で喫茶店のオーナーだけど、まいちゃんには恩があるんだ」
と、ゆり。
「あたしも」
と、りか。
「るかも」
と、るか。
「僕はまいさんの幼馴染みです。まいさんに出会えたおかげで、ゆうきさんというかけがえのない存在に出会うこともできました」
と、石田君。
「まいちゃんがいないと誰がツッコミ役やるのさ!」
と、まなみ。
「それは今関係なくない?」
あかねがツッコミを入れた。
「まいがいないと……。あたし、誰に衣装着せたらいいのよ!」
泣きながらアリスが言い放った。
「アリスまで!?」
あかねは唖然とした。
「ま、まあ。あたしもまいちゃんにいっぱいバイオリンを聴いてもらってるし」
「なあ。まいも逃げたってことは、ここにいたくないんだよ」
たけしがつぶやいた。
「ふっ」
バターが笑みを浮かべた。
「なら最後の賭けだ。姫を僕や家来より先に見つけたら、家に帰してやる。しかし、負ければ、永久に僕のしもべとなれ」
「しもべ~?」
みんなが渋る中。
「いいわよ、実の娘だもの。簡単に見つかるわ!」
さくらが自信ありげの様子だ。
「ふふん。初めて来て、我が城の広さにまだ慣れていないのに?」
と言って、バターが指を鳴らすと、一斉にメイドたちが現れた。
「姫を探してくれ」
メイドたちは指示を聞くと、サッとまいを探しに向かった。
「まなみたちも探しにいかないと!」
「でも待ってまっちゃん。みんな、このお城に来たのが初めてだから、どこから探せばいいかわからないわよ?」
と、雨音が困った表情をして言った。
「それならお任せください! 僕、ゆうきさんの匂いを検知できるので」
石田君は犬のように四つん這いになると、地面の匂いを嗅ぎながら、あちこち歩き回った。
「行きましょ」
さくらがたけしと雨音を引っ張り、まいを探した。
バターは、自分たちがすぐにまいを見つけられると確信した表情で、メイドたちを見つめていた。
石田君は四つん這いで地面を嗅ぎながら、ゆうきを探した。石田君についていきながら、まなみたちもあちこち見て回りながら、ゆうきとまいを探した。
「ん?」
「石田君どうした? 急に止まって」
首を傾げるりか。
「なんだか、獣臭いです」
「獣? 確かに……」
あかねも嗅ぐと、その獣臭さを実感した。
「お母さんへ。獣臭いっと」
まなみがメールをした。
「まさか、ゆうき君の匂いがわからなくなってしまったんじゃ!」
慌てるゆりに石田君は。
「いや、ゆうきさんの匂いはします。同時に犬や猫から発する、あの獣臭さが香るんです」
「じゃあ、それを辿れば、まいちゃんたちがいるってことだ!」
るかが歓喜の声を上げた。
「うっ」
石田君が口を押さえた。
「ど、どうしたの?」
あかねが戸惑う。
「な、なんだか、血の匂いをします……」
「え……」
みんなに、よからぬイメージがよぎった。
「と、とにかく進めーっ!」
月菜の合図で、みんな前進した。
あわてて前進した先には。
「うわあ!」
先頭を走っていた石田君とあかねが突然止まるので、ドミノ倒しになるみんな。
「お?」
犬猫まみれになったまいとゆうきが、それをポカンとして見つめていた。
一方で、わずか五分でお城の面積の広さとメイドの迅速さに心身ともにやられていたけし、さくら、雨音の両親たち。
「まっちゃんから獣臭いってきたけど、まさかライオンかクマに食べられてたりしないよね?」
うるうるしながらさくらに聞く。
「や、やあねえ。そんなのいるわけないでしょ?」
「で、でも護衛として飼ってる場合も……」
たけしが言うと。
「あんたはだまってなさいよ!」
さくらが怒鳴った。
「あ、まいからメールだ!」
たけしがスマホをつける。さくらと雨音も前のめりに彼のスマホを覗き込んだ。
「あかねちゃんが中庭でバイオリンを弾いている。そこでみんなで犬と猫と遊んでるよ」
両親たちは顔を合わせ、かすかに聞こえてくるバイオリンの音を耳にした。
中庭で、あかねがバイオリンを弾き、他のみんなは犬や猫を愛でていた。
「ウソだろ……。そんなのアリか」
がく然とするバター。
「いた!」
両親たちが息を切らして戻ってきた。
「遅いよ父さん母さん!」
ゆうきが猫を抱きながらかけ寄ってきた。
「いやー悪い悪い! どら、そいつを父さんにも抱かせてくれないか?」
ゆうきはたけしに抱いている猫を渡した。
「ふう。よかった、何事もなくて」
毛だらけのウェディングドレスをまとうまいを見て、安堵するさくら。
「お母さん……」
まいも安心したのか、座っていたテーブルイスから立ち上がって、さくらを抱きしめた。
「へっくしょん! ごめん、母さん猫アレルギーなの」
「あ、そうだった」
すぐに抱きしめた体を離れた。
「まっちゃーん!」
「お母さーん!」
まなみと雨音はわんわん泣きながら、犬をはさんで抱き合っていた。はさまれている犬が苦しそうだった。
「やれやれ。どうやら、この勝負、僕の負けのようだね」
バターがつぶやくと、一斉に彼に視線が向けられた。
「僕の愛よりも、家族や友人の絆が強いということか」
まいは、そばでアリスが抱いていた白猫をそっと抱えて、バターのそばに寄った。
「私、ほんとはウェディングドレスに憧れてて、突然ここに連れて来られた時、ちょっと嬉しかった」
「え?」
「だけど、これはなんだか違う気がしてきて。なんて言うのかな? その、形だけの幸せの気がしてきて。どうせなら、本気で誰かを好きになった時に着るのがウェディングドレスだと思い始めたの」
「……」
「だから、あなたとの話は今回お断りしますけど、少しの間だけ夢が叶った気がするわ。ありがと!」
ほほ笑み、白猫を渡した。バターは白猫をもらうと、フッとほほ笑んだ。
「君のような逸材が、我が王国には必要なのかもしれないな」
白猫を下ろすと、まいの手を取った。
「え?」
「やはり姫、あなたがこの国にふさわしい人物だ! 結婚しましょう!」
「ええ!?」
「いい感じやったんに」
ゆうきが呆れた。他のみんなも呆れた。
「ちょーっと! いいこと言ったのに、これじゃまるで私が恥ずかしいだけじゃないのよ!」
キスを迫るバターを突き放そうとするまい。
「実際大勢の前で、しかもウェディングドレスだからなおさら恥ずかしいだろうね」
「まなみ! あんたもひどいこと言わない!」
必死でバターを突き放そうとしている最中、
「もう、ダメかも」
あきらめかけた時だった。
「こらバター!」
彼が、誰かにげんこつされた。
「へ?」
まいたちは目を丸くした。
「まーたあんたは悪さして! お母さん、今日という今日は許さないよ!」
体の大きな女性、ジャムクイーンのお出ましだ。
「マ、ママ!」
「どうせ自由の国だからとかなんとか言って、女の子連れて結婚しようとしたんでしょ? 女の子があんたの強引なやり口でつかまるわけないでしょ!」
「いてて! 耳を引っ張らないでよママ~!」
「あ、あのー……」
まいたちが頭を下げて声をかける。
「ああ、この子はね。気に入った女の子を見つけるとすぐに姫にしたがるダメ王子なんだよ。隣のホイップ王国にはそのうわさが立って、お互い出禁にされてるのさ」
「姉ちゃんもろくでもない男に好かれちゃったね」
「うるさい」
「ほらバター。お勉強の時間だよ」
「ママ待ってよ! まだ姫には話したいことが……」
「どうせくだらないことだろ? さっさとお行き!」
「お願いだよママ~!」
背中を押されたまま、バターはジャムクイーンに連れ出されてしまった。
「ここからどうやって帰ればいいのかしら?」
雨音が首を傾げてつぶやいた。
「カスタード王国なんて、世界地図にありませんからね」
世界地図を広げて、ゆりが困った表情をする。
「誰か、私の制服か私服持ってない?」
まいが聞く。
「変な話するけど、これ、私がウェディングドレス着替えれば、帰れるかなーとかなんとか言っちゃって……」
苦笑いするまい。
「まいちゃん、脱いで!」
女子たちに茂みに連れてかれた。
「こ、ここで?」
「裸になるのは一瞬だからさ」
と、まなみ。
「い、いや、着替えを持ってきてよ!」
「それは無理」
「なんで!」
「だって、誰も着替え持ってないもん」
「そんなあ! じゃあ、仮にほんとだとしたら、私家まで全裸で帰らなくちゃいけないじゃない!」
「でも、まなみたちがいるよ?」
「でも心配だわ!」
脱ぐのをためらうまいに。
「ふっふっふ。こんなこともあろうかとないかと」
りかが、着ていた白衣を投げ渡した。
「これを着なさい。それから、ゆりさんが執事に今リムジンを要請したみたいだから、帰りは全裸でも大丈夫よ?」
ウインクした。
まいは、ゆうきが石田君に抱き着かれているところを確認すると、ウェディングドレスを脱ぎ始めた。すると、みるみるうちに犬と猫が消え始め、お城、中庭、お城を囲む塀が消えた。そして、自分たちの住む元の街へと景色が変貌した。
「あ、もしもしおじいちゃん。今、駅前のスーパーの近くにいるから、そこで待ってるから来てね」
と言って、ゆりはスマホの通話を切った。
「でもなんかさ、こうやって白衣着てるまいちゃんをかくまってるまなみたち、なんか容疑者をかくまう警察みたいだね」
「私を犯罪者にしないで」
まいは、まなみにツッコミを入れた。
帰りのリムジンの中で、思い出したように月菜が聞いた。
「そういえば、石田君。匂いで二人を探している時に、獣臭さに混じって血の匂いを検知してたけど、あれはなんだったの?」
「ああ、あれですか」
石田君は照れ笑いをして答えた。
「数日前にできた、口内炎が切れて、血の味がしただけでした」
新・まいとゆかいな仲間たち みまちよしお @shezo
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