第4話 まいの秘密

 まいは、これまでのことを考えて、うんざりしていた。

「どうして私は服装が変わると性格まで変わるのかしら? ちゃんと変わってるって意識はあるのに、自然に体が動いてしまう……」


 初めてまいのキャラ変が発覚したのは、彼女が三歳の頃だった。デパートでさくらと服選びをしている時に、フリフリのドレスを着せてみたところ。

「ずんちゃっちゃ♪」

 ワルツを踊り出し、そしてちゃんちゃんこを着せてみたところ。

「同情するなら飴をくれ!」

 と、ドラマの人物になり。さらにジージャンを着せてみたところ。

「イエーイ! 鮭のベイビー! いちごロール!」

 ロック歌手になった。


「……」

 三歳の自分を思い出し、唖然とした。

「これはなにか科学的な根拠があるのよ! それか、心理的ななにかが! 調べなくちゃ!」

 勉強机のイスから立った。


 まいは、図書館へ向かった。小学生から通う最寄りの図書館である。

「えーっとえーっと」

 心理学や医療に関係する本を根こそぎ調べたが、ついぞ自分の症状について記されているものは、見つからなかった。

「はあ……。ダメだ、わからない」

 ため息をついた。

「なにがわかんないの?」

 ゆうきが現れた。

「なにって。私が服が変わるとキャラまで変わることについてよ」

 と言って。

「わあああ!!」

 驚き、飛び上がった。

「姉ちゃん、図書館だよ。静かに静かに」

「いてて。なんでいきなり登場するのよ! びっくりするじゃないのっ」

 まいは聞いた。

「ところで、なんであんたが図書館にいるのよ? ここで鉄道雑誌は立ち読みできないわよ? 置いてないし」

「おいおい姉ちゃん。まいゆかシリーズに触れたことのない人からしたら、俺が鉄道雑誌をどうして立ち読みせにゃならんのだってことになるから、一応説明しておいたほうがいいんじゃない?」

「あ、そう?」

 まいは説明した。

「私の弟は、実は鉄道が好きなのです! 私は乗り物酔いが激しいので、乗れません」

「まあ、実際わざわざここに来て、鉄道雑誌立ち読みせにゃならんのだって話だけどね」

「結局なにしに来たのよあんたは!」

 まいは声を上げた。

「そういう姉ちゃんはどうしてこんなところで心理なんたらとかの本を広げてんのさ?」

「え?」

 まいは、机に広げている本に目を向けた。

「い、いやこれは。なんでもないのよ」

「なんでもない?」

「そうよ! ただなんとなく気になっただけ。本の虫はなんでも気になって読みたくなるものなの」

「例えて言うなら?」

「え、ええ?」

「わかりやすくね」

「ぐ、ぐぬぬ」

 泣く泣く考えるまい。

「あんたは鉄道好きでしょ? 鉄道ならなんでも魅力的に見えて、乗りたくなるような心理よ!」

「おお!」

 拍手した。

「どう? わかったらとっととどっか行って」

「ちょっとかくまってほしくてさ」

 厚かましく、まいの肩に乗っかてくるゆうき。

「な、なによ気持ち悪い!」

「今俺ちょっと、悪の手先に負われていて……」

 真剣なまなざしになった。

「へえ?」

 呆れるまい。

「どうやら、姉ちゃんの力が必要らしい」

 と、そこへ。

「ああ、いた!」

 あかねが現れた。

「ゆうき! 明日テストがあるから一緒に勉強しようって、ここまで来たのに、トイレに行ったきり戻ってこないから、心配して探しちゃったじゃないのよ!」

「あ、あかねちゃん?」

 当惑するまい。

「ね、姉ちゃんなんてことしてくれてんだよ!」

「え、ええ? なんで急にあんたが怒ってくるのよ!」

「あかね。実は、さっきまで姉ちゃんに油を売られていて、それで戻りが遅かったんだよ~」

「まあ、そういうことだったのね。それはそれは」

 と、言い。

「ご苦労なこった!」

 ゆうきの足を踏んづけた。

「いって~」

 もん絶するゆうき。

「なるほど。ゆうきはあかねちゃんにテスト勉強に誘われて、図書館に来ていたわけね。こいつが自分から図書館に来たこと、なかったからね」

 納得した。

「まいちゃんも勉強?」

 あかねに聞かれ、まいはとっさに開いている数冊の本を両手で覆った。

「あ、うんうん! まあ、そんなとこかな?」

「姉ちゃんなんか隠したろ?」

 じっとにらんだ。

「はいはいゆうきさん。あたしたちは明日のテストのために、山をかけにいくわよ」

「いてて! あ、あかねさん? 耳を引っ張らんでください~」

「ふう。やっと二人がいなくなった」

 と言って、数冊の本を閉じ、元の場所に片付けた。

「結局、私はずっと制服を着たまま生きていく定めなんだわ……」

 帰路を辿る途中、まいはこれからの人生について考えた。

「高校生になったら高校の制服で過ごし、大学生になったら大学の制服で過ごし、社会人になったら、スーツで過ごし……。そして死ぬ時も!」

 棺桶の中でスーツを着ている自分を想像した。

「そんなのいやあああ!!」

  一人、叫んだ。

「はっ」

 街一番の発明家、りかは買い物帰りの途中、何者かの悲痛な叫びに気づいた。

「お姉ちゃん。これ、悲鳴?」

 と、聞くのは妹のるか。街一番の薬剤師だ。

「そうと決まれば助けに行かねば!」

 りかは荷物をるかに預け、ダッシュした。

「とお!」

 ジャンプして。

「呼ばれて参上! 科学の娘、りか! あーはっはっは!」

「お姉ちゃんお姉ちゃん!」

「あーはっはっは! なに、どした?」

「踏んでる、踏んでる!」

 るかに言われ、りかは下を覗いた。

 ジャンプして着地した場所に、まいがいた。

「いっけない。まいちゃんを誤って踏んでしまったみたいね」

「大人が中学生の子どもを踏んだら、逮捕されちゃう」

「るか。今は目の前に警察なんていないのよ? それに……」

 二人が話している途中。

「いいから、早くどいて……」

 まいの苦しそうにする声がした。


 二人はまいをりかのアジトに連れて、お茶とお茶菓子を用意した。

「ったく」

 まいはふてくされながらも、出されたお茶を飲んだ。

「あら? これ青汁じゃない」

「るかが入れたの。おいしいでしょ」

「うん」

「ところで、まいちゃん。ここに来てくれたお礼として、あたしの発明品を見てくれないかなあ?」

 りかが両手を合わせ、体をくねくねさせながら頼んだ。

「はあ……。どうせそういうことになるわよね」

「やった!」

「でも今日はダメです!」

「え?」

「じゃあじゃあ、るかの発明した新薬を見て?」

 目をキラキラさせて頼んだ。

「それも無理です」

「ガーン」

「うーん。まいちゃん、なんか元気ない?」

「ドキッ」

「図星?」

「な、なんなんですかりかさん! わかったように言わないでください!」

「天才はね、なんでもお見通しだよ?」

「むむう。もう帰ります!」 

 まいは、青汁を飲み干すと、ソファを立った。

「待って! じゃあ、あたしの発明品見てってからね?」

「るかのもね」

「ひえ~」

 二人に挟み撃ちにされた。

「るかの新薬から見る?」

「いいや、あたしの発明品からでしょ」

「るかのから」

「あたしから」

「るか!」

「あたし!」

「るか!」

「あたし!」

「るか!」

「あたし!」

「るか!」

「あたし!」

 二人が言い争っているうちに逃げ出そうとするまい。

「ああ、ダメダメダメ!」

 でもすぐに、ソファに戻されてしまった。

「はあ……わかりました、もう二人にだけは言いますけど」

「おお!」

 目をキラッとさせるりかとるか。

「私、服装でキャラが変わる癖、やめたいんです!」

「……」

 りかとるかは一瞬固まって、首を傾げた。

「かくかくしかじか四角いなんたら、なんたら新登場!」

 くわしく説明した。

「え、そんなおもしろい特性あったのまいちゃんに!」

「むしろ誇るべき特性……」

「なんなのこのマッドサイエンティストたち。人の悩みに目をキラキラさせてる……」

 唖然とするまい。

「つまり、いろいろな服装のまいちゃんの脳波を取って、まいちゃんロボを作製すれば、新時代の革命を起こすこと間違いなしよ~」

「いや、気持ち悪っ!」

 まいがツッコミを入れた。

「じゃあその脳波を使って、るかはいろいろな性格になれる薬を開発する!」

「だあ!」

 まいがひっくり返った。

 りかとるかは新たな可能性に希望が託され、とてもわくわくとした。

「あ、あの! 私が言いたいのはロボットの話でもなく、薬の話でもないの!」

「えー?」

「なにこのマッドサイエンティストたち。あからさまにいやーな顔してるんだけど」

 呆れるまい。

「おほん! 私はもういやなのっ。毎日毎日、休みの日も制服で、一応私服はあるけど、カーディガンとスカートっていう制服みたいなデザインだし、私だって、一応女の子なんだから……」

 しゃべってる途中、恥ずかしくなってきた。

「まいちゃん。気持ちはわかるわとても」

 りかは、まいの肩に手を置き、答えた。

「けど、きっとこれはなにかのせいでもなく、まいちゃん自身の問題だと思うから、あたしたち、いや誰にもどうすることもできないわ」

「え、なんで?」

「るかもね、思うの。まいちゃんが服装でキャラが変わるのは、まいちゃんがとても繊細でまじめで素直だからなんだよ」

「!」

 まさかの答えに、まいは言葉を詰まらせた様子だった。

「ま、ま、待ってよ。どういう意味それ? 全くわからないですけど」

「まあ、困惑する気持ちもわからなくないわ。けどね、まいちゃん。あなたはこれまで一度でも誰かにボケたこと、ある?」

「ボケた、こと?」

 思えばなかったことに気づいた。これまで、自分は特にゆうきやまなみにボケをかまされ、ツッコんできた側だ。ボケたことは一度もなかった。

「ないです」

「うん。つまり、まいちゃんはボケに素直にツッコむキャラだから、例えばメイド服を着ると勝手に脳が自分がメイドだと認識し、メイドになってしまうという仕組みをしているの」

 りかが説明し、

「だから、こればかりはるかとお姉ちゃんの力ではどうしようもないの。だって、まいちゃんの心の中で起きていることなんだから」

「私の、心」

「でも、服装チェンジしてキャラ変したまいちゃんの脳波は気になるわね。ねえ、これからあたしの実験室に来ない?」

「るかの新薬開発にも分けてね?」

 二人が目をキラキラさせると。

「いい加減にしてくださーい!」

 まいが大声を浴びせた。


 帰宅後。まいは宿題をしていた。

「はあ……。テスト勉強の次は宿題か」

 ため息をつきながら、ゆうきは勉強机の前に向かっていた。

 隣でまいは、りかとるかに言われたことを思い出していた。

「ゆ、ゆうき?」

「は?」

「あんたは勉強よりも、べん、きょー得意ものね」

「え?」

「いや、だ、だから便が……」

 と言って、だんだんと顔を真っ赤にしていくまい。

「なにじろじろ見てんのよ!」

「なんで!」

 ゆうきはまいに、顔面パンチを当てられた。

「はあ……」

 まいは、入浴中にため息をついた。

「ダメだ。ボケなんてかませない」

 しかし、このままでは服装でキャラが変わるという癖は治らない。

「明日頑張るわ!」

 意気込んだ。


 翌朝。

「今日こそボケる今日こそボケる」

 まいは、通学中に、ボケるために念じていた。

「まーいちゃん!」

「きゃあ!」

 誰かに背中を押され、かわいい悲鳴を上げるまい。

「えへへ。おはよう」

「ま、まなみ! もう、びっくりするじゃな……」

(だ、ダメダメ! ここでツッコんだらおしゃれできない人になる)

「な、なかなか効いたわ。ふふっ」

「へ?」

「次は学校まで飛ばす勢いで来なさい?」

 と言って、まなみを後にした。

「……」

 呆然とするまなみ。

「ドーン!」

 まなみは、すぐにさっきよりも勢いを付けて、まいの背中を押してきた。まいは、少し飛び、こけた。

「学校までは飛ばなそうだね」

「あたた……」

 立ち上がるまい。

(まずい。これはさすがに怒るんとちゃう?)

 ドキッとしたまなみ。しかし。

「やるじゃない……」

 と、言うだけで、怒らなかった。

「え、ええ?」

 まなみは驚いた。


 授業中。

「ではこの問題を、金山さん」

 先生が指名した。

「はい、わかりません」

 立ち上がり、率直に答えた。クラスは騒然とした。

「ま、まいちゃん?」

 まなみも呆然とした。

 給食の時も。

「まいさん、コップに注いで牛乳を飲むんですか?」

 まいの幼馴染みである石田いしだ君が聞いた。

「ええ」

「どうして?」

「わ、私はお下品だからよ?」

「え?」

 目を丸くする石田君とまなみ。

「そ、それを言うならお上品! なんちゃって」

 苦笑いを返した。


 昼休み。まなみと石田君は階段の踊り場で話をしていた。

「今日のまいちゃん、どこかねじでも抜けたような感じになってない?」

「ですね。これまでの様子とはあきらかに違う気がします」

「もしかして、弟君の変装!?」

「ゆうきさんの!?」

 石田君はがく然とした。

「あははは!」

 石田君は笑った。

「なにがおかしい!」

 まなみがムッとした。

「だって、ゆうきさんなら僕、匂いでわかりますよ。彼は、とても温かい匂いがします。まいさんは、しません」

「へ、へえ」

「僕はずっとゆうきさんを愛しているんですから……」

 目をキラキラさせた。

「まあいいや。今日の放課後、ちょっとした計画を実行予定なんだけど」

 まなみは、石田君の耳に口を寄せた。


 放課後になった。

「どうしたの? マンガみたいに学校の屋上なんかに連れてきて」

 目の前には、まなみと石田君が立っていた。

「ていうか風強いし」

 屋上は強風が吹いていた。

「はーい今からコント始めまーす!」

 まなみが手を上げ、声を上げた。

「まなみです!」

「石田君です!」

「いーや自分で君付けるんかい!」

「ねえねえまなみさん」

「どうしたの石田君」

「髪がぼさぼさですね」

「いーや屋上だからしかたがない!」

「ねえねえまなみさん」

「どーうしたの石田君」

「どうして急に伸ばしてしゃべるんですか」

「いーやキャラ付けだよこれ!」

 まいは、二人のコントを見ながら、唖然としていた。

「アホくさ」

 帰ろうとした。

「ねえねえまなみさん」

「なーにどーうしたの石田君」

「まいさん帰っちゃうけど」

「まいちゃん待って!」

 まいは、屋上のドアに手をかけ、開ける前に振り返った。

「まなみたちの茶番劇を見て、ツッコんで! まなみたちは、いつものツッコミをしてくれるまいちゃんが好きなの!」

「まなみ……」

 強風で半分途切れ途切れだけど、言いたいことは伝わった。

 まいはほほ笑み、こう叫んだ。

「風邪ひくわよ! 早く帰ろっ?」

 まなみと石田君は顔を合わせ、なにを言っているかほとんど聞き取れなくとも、笑顔で手を振ってくれているのを見て安堵したのか、すぐに彼女のもとへ向かった。

 三人で帰路を辿る途中、まいは思った。

(もう少しだけ、今の自分と向き合ってみようかな)

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