あの日の私たちは季節の向こうに確かな愛を見た
柚木ミナ
ナツは戻る
懐かしい匂いがした――。
胸が弾むような心が苦しくなるような、遠い過去の夏の香り。
つい振り向いてしまったのは体だけじゃなく心もそうだったんだろう。
すっかり消えたと思っていた感情が心の片隅でひっそりと蘇る。
夏が来て、秋が来て、冬が来て、春が来る。
このままじゃイケない。
その前に帰ろう。あの島へ――。
――♡――♡――♡――
「暑いー!」
夏の海。紺碧の空。積み重なった岩石。
視界いっぱいに広がる地平線。
穏やかな波が打ち寄せる
海の中で小さな魚たちが警戒心なく泳ぎ回る。
モデルの仕事をするために中学を卒業すると同時に生まれ育った島を出て10年。
久しぶりに帰ってきた愛しい島の景色は昔と何も変わらないまま。
遮るものが何もないからか、海の水は真夏の太陽の光を一心に浴びてキラキラと輝いている。
「どう?久しぶりの地元は」
「落ち着く〜」
「だろうね」
「でも、なーんも無いね」
「自然がいっぱいあるじゃん」
「あるけど、本当にそれしか無い」
「それがいいんでしょ」
「んー。確かにいいんだけど。便利さを覚えた今となっては住めないや」
水中から顔を出した岩礁を目に捉えながら、私……ナツは相棒の“フユ”に苦々しく答えた。
高校も短大も島の外の学校に通ったし、友達もそっちで沢山出来た。
電車に乗れば直ぐに会える生活に慣れてしまった今となっては、船に乗らなきゃ外へ行けないこの島の生活は厳しい。
仕事だってあるし。
隣でシャッターを切るフユは5歳年上でプロのカメラマン。
いつもきちっとしたシャツを羽織って、暇さえあれば涼し気な目でカメラのファインダーを覗いてる。
そんな彼は見た目通りクールで真面目で写真バカ。
暇が無くても常に写真を撮っている。
それでいて大胆なところもある。
何と言っても10年前。
小さな世界で藻掻いていた私を外に連れ出してくれたのは紛れもなくフユだった。
島の風景を撮影するために訪れたフユと偶然この海岸で出会ったのが事の始まり。
カメラを始めて日が浅かった当時のフユの写真は、今とは比べものにならないくらい幼かった。
だけど、強烈に惹かれるものがあった。
言われた言葉の数々を信じてしまうくらい。
それに当時の私は苦しくて仕方なかった。
だから私は「一緒に来る?」と聞いてきたフユに誘われるがままに付いていった。
愛しい島と大好きな人に別れを告げて。
「アキもそろそろ来るって」
「そっか」
「ハルも」
「うん」
「無視して帰る?」
「そうだね。帰ろうかな〜」
打ち寄せた波の音がシャッターを押す小さな音を掻き消す。
“ナツ”と”フユ”
“アキ”と“ハル”
4人揃えば春夏秋冬だ。
だけど、きっと4人で集まるのは今日で最後になるだろう。
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