インターミッション ユルムト師の回想1
私、ラッカ村で司祭をしておりますユルムトと申します。
この一帯で広く奉じられている光の女神の教えを、村人や旅人へ伝えることを我が勤めとしています。ラッカ村はレドワース国の北のはずれに位置する小さな開拓村です。
縁とはつくづく奇妙なものです。
今春ラッカ村にやって来た者は3名。うち2名が私の知っている者でした。
今回はリーダー格のオスカー君にについてお話ししましょう。
彼を初めて見かけたのはもう10年以上前、レドワース国の新兵訓練のときだったと記憶しています。まだ年若いのに頭ひとつ分は周囲より背が高く、ひょろりとしていたのでとても印象に残る人物でした。
司祭の私が新兵訓練の場に居合わせた理由は、私が回復の奇跡を使用することが出来るからです。
兵は怪我をします。そして僧籍の者は神の授けてくださる奇跡により怪我を癒すことが出来ます。また戦場で心を痛めた兵の苦しみを聴き、分かち合う係も必要です。つまりレドワース国や周辺の国家では、軍にその土地の司祭・僧侶が兵力維持のために協力しているのです。建前では国家と宗教は別となっておりますが、現実はそうも言っていられません。私も若い頃はその一人でした。
話がそれましたね。オスカー君の話でした。
あとで本人から聞いたのですが、彼はレドワース国の南東部にある小さな農村の出身なのだそうです。兄弟が農地を継ぐことに決まっていたので働き口を探して村を出たのだと言っておりました。まあよくある口減らしですね。
ところでヒトが自由に移動できる道というのは限られています。街道に出て人の流れに従えば、自然と大きな都市へ辿り着きます。そしてレドワースは、街道に栄えている都市です。彼が首都へ来たのは必然と言えましょう。
大きな都市へ来れば仕事はいろいろ有りますが、しかし適した仕事に就くにはそれなりに縁や本人の技能、運などが必要です。彼は身体こそ大きいものの、あー、なんと申しましょうか、少しのんびりとした性格のため難しかったようですね。結局、国が募集する新兵に応募し何とか採用されたという次第です。まあ犯罪の道に進まずに済んだのは幸いと言えましょう。
彼はその身長のため新兵訓練でも目立ちました。
新兵の訓練教官は、そのときは首都の武人の家系出身のかたが勤めておられました。確か実戦経験はないかただったかと思います。名は伏せておきましょう。
その教官は、ほかの新兵には比較的公正に接していました。しかし傍で見ていますと、オスカー君に対しては少々攻撃的だったように思います。彼は大柄ですからね。組み手などで彼を叩き伏せれば自分の強さを誇示できます。また、そんな彼を隊のスケープゴートにすることで全体の士気を高めていたようです。公正ではありませんが効果的ではありました。
私はその頃、訓練後の新兵の治療を担当していました。
オスカー君の治療が一番回数が多かったと記憶しています。ただ、不思議と、オスカー君はあまりへこたれてはいなかったように思います。
新兵訓練の最終日、教官が剣の練習と称して皆の前でいつものようにオスカー君を叩き伏せ、このように言っていたのを憶えています。
「貴様のような鈍臭い奴に兵士は務まらんが、今は人手が必要だからな。幸運だったな。死にたくなければ、そうだな、素振りを毎日三千回はやって己を鍛えることだな。」
そして訓練隊は解散となり、新兵は各々新しい部隊へ配属されて行きました。
後で知ったのですが、オスカー君は西方国境付近の警備隊に配属されたとのことでした。辺境出身ですからコネがある筈もなく、国境警備という不人気な仕事へ追いやられてしまったんでしょうね。私の、オスカー君に関する記憶は一旦そこで途切れます。
次にオスカー君の姿を見かけたのは8年後、再び新兵訓練場でした。
その頃の私は軍の治療役を降り、若い神官に譲っていました。その日は偶々(たまたま)後輩を手伝うために訓練場へ足を運んでいました。
8年ぶりに見かけたオスカー君へ声をかけて挨拶をしますと国境警備用の新兵の受領のため戻って来たのだということを教えてくれました。表情は相変わらずですが肩幅は見違えるほどがっしりしていました。
かつての教官はまだ新兵教官を続けていて、訓練場へ戻って来た彼を見たとき、大きな声で呼び寄せました。教官は8年前の記憶が強く残っていたのではないかと思います。彼を今でも組み伏せられると考えたのでしょう。剣の腕を見てやると言って刃の潰れた練習用の剣を二本取り出し、一本をオスカー君へ投げ渡して構えました。
私達のような他の者も観ている中で。
負けることを欠片も考えていなかったことは確実です。
そしてオスカー君は『試合開始前に教官に剣を打ち込んで怪我を負わせた』という理由で除隊されてしまいました。
教官がオスカー君へ「真面目に打ち込んで来い!」と指示したのでオスカー君はその指示に従っただけなのですが、8年の間に教官とオスカー君の強さが逆転していることに当の本人達が気付けていなかったことが不幸でした。
教官は革鎧の上から肩を砕かれていたのですが、私と若い神官の回復の奇跡で事なきを得ました。しかし衆人環視の中で武人の家系の教官が辺境出身者に負けたという事実は消えません。体裁のためにオスカー君は上述の濡れ衣を着せられ、除隊されました。
そして私のオスカー君に関する記憶は再度途切れます。
それからまもなく、私はラッカ村へ司祭として赴任しました。
ラッカ村で約一年を過ごし私が村に馴染んだ頃、オスカー君と三たび会いました。
彼はドラクさんとコンビで傭兵を名乗っており、転々としているうちにラッカ村へ辿り着いたとのことでした。
偶然の再開をお互い喜び、私は彼の人となりを多少は知っていますので私から彼を村長へ紹介し、そして今に至るという次第です。
彼は機転の利くタイプではありません。しかし裏のない性格です。ラッカ村の皆もすぐに彼と打ち解け、彼は信用を得ました。
ある日オスカー君と話をしているときに、2年前に彼が教官を打ち伏せたことに話題が移りました。
私が彼へ「8年間でかなり強くなったんですね。」と言うと、彼は表情を変えずこう言いました。
「教官の言う通り毎日素振りしてました。」
素振り三千回は決してできない訓練ではないでしょう。実際新兵訓練でも素振りはやっています。しかし配属されてから約8年間、1日も欠かさず素振りを続けるということは至難でしょう。
国境警備への配属後、悪党や人の法の通じぬモンスター達との実戦も何度かあった筈です。病気になることもあったでしょう。そのような状況でも毎日素振りを続けていたと彼は述べました。
彼に剣の"素質"があるのか否かは、戦士ではない私にはわかりません。
しかし彼が剣の"才能"を持っていることは明らかです。それは8年もの間、弛(たゆ)まず磨き続けた結果、彼の中で研ぎ澄まされた"才能"です。
私は彼とは生きる道が違いますが、彼のその姿勢には大いに学びを感じました。そこで思わず「ありがとう」と言ってしまいましたが、彼には私がなぜ謝意を述べたかはわからなかったでしょうね。実際きょとんとしていました。
彼の前途に光の女神の祝福があらんことを。
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