第5話「お友達になってください、までが遠いけど」
「本当に、本当に、アルカさんが思っている以上に感謝しているんです」
小学生なりに称賛されたって事実に自惚れてしまった。溺れてしまった。
小学生なりに称賛されたことが事実だったのなら、そのあとも努力を続けていけば良かったのに、褒められない絵に価値はないって思い始めた。
絵を描いて褒められることに気持ちが向いて、絵を描くのが好きって気持ちを蔑ろにしてきた。
「これからも、声をかけてください。気軽に声、かけてください」
異世界では、絵を描くのが好きって気持ちを大切にしたい。
この気持ちがあれば、どんなことに対しても勇気が生まれるような気がするから。
「私も、アルカさんに声をかけます。かけ続けます」
この先、永遠の別れというものも待っているかもしれない。
でも、新しい人間関係が始まっていくときに、私は勇気を取り戻したい。
「私、アルカさんが思っている以上に、アルカさんが大好きですから」
前世のような独りぼっちライフを送ることになるのかなって思い込むんじゃなくて、自分の人生は変えていけるってことを思い出したい。
「私、アルカさんが思っている以上に、アルカさんが大切です」
異世界で、たくさんの奇跡を紡いでくれたアルカさん。
私にたくさんの縁を恵んでくれて、そのおかげで私は異世界でも頑張ろうって思うことができた。やっぱり私、異世界で人生をやり直してみたいって思う。
「だから、お……と……」
「え、ミリちゃん、なんでそこで言葉がたどたどしくなるの?」
「いや、あの、緊張しちゃって……」
「なんで? 俺、怒ってるように見える?」
アルカさんが、私が大好きだと思う笑顔を浮かべてくれる。
私もアルカさんが安心してくれるような笑顔を見せたいけど、何せ自分の顔は自分で確認できない。
自分にとっては精いっぱいの笑顔のつもりだけど、その笑顔を浮かべるってことにも恥ずかしさが生まれてくる。
「アルカさん!」
「うん」
「私と……」
「私と?」
「あ……お……と……」
勇気を出す。
勇気を出せ。
脳が、私の口に命令を下す。
「私と……」
「おぉーい! 冒険者の方々!」
口を動かすための勇気が溜まったと確信できた、そのとき。
リナージュ村に住んでいる人たちが民家から顔を出し始める。
「え、え?」
「そういえばここ、村のど真ん中だったね……」
モンスターに怯えていた人々が民家に閉じこもっていたことを忘れていた私たちに、盛大な感謝の気持ちを伝えるために村人たちが私たちの元へと駆け寄ってくる。
「ありがとうございました!」
「これでまた、作物を育てることができます!」
まるで強大な敵から村を救った勇者のように、アルカさんと私は村人たちから感謝の言葉を向けられる。
「いや、あの、村を救ってくれたのは、こちらのお兄さんで……」
「好きなだけカブをお持ちください」
村の人たちは、カブを収穫しただけの私もアルカさんの仲間だと認めてくれた。
誰がなんの役割を担っていたかなんて村の人たちには関係なくて、いつもの日常を取り戻すことができたことが嬉しいと伝えてくれる。
(あ……お友達になってくださいって言うタイミングを逃した……)
アルカさんに伝えたかったはずの言葉が萎んでしまったけど、村人たちに囲まれて幸せそうなアルカさんを見ていると、私が伝えたかった言葉なんて後回しだってことを感じる。
「ミリちゃん、凄くいい笑顔」
耳元で、そっと囁かれる。
アルカさんに伝えきれなかった言葉たちを少しだけ残念に思っているはずなのに、私の表情は笑顔ということをアルカさんに指摘される。
(アルカさんが、嬉しそうにしてるから……)
アルカさんの笑顔が私にも伝染したのなら、それはそれで嬉しい。
私が綺麗に笑うことができていたら、その綺麗な笑顔は村の人たちを幸せにできているんじゃないかなって。
そんなことを、アルカさんと村の人たちの間に広がる笑顔を見ながら感じた。
「待った。なんでカブの葉を捨てようとしてるんだ」
「え? だって、クエストの報酬、カブの葉っぱですよ?」
フラワリングパーティーに参加するためのドレス代を稼いだ私は、アルカさんにサンレードの街へと送り届けてもらった。
お風呂にも入って、睡眠時間もちゃんと確保して、体をゆっくり休めるという贅沢を味わった私は、ディナさんのお店の開店準備を始めようとしていたときのことだった。
「カブは貰えない約束なんです。調理に使えない物は、ゴミに出そうかと……」
「ゴミって言ったこと、後悔するからな」
カブの本体を貰うことができなかった私は調理の邪魔になると思った葉の部分を、ゴミとして処分しようとしていた。
「まず、葉を綺麗に洗う」
ゴミ箱に捨てる直前だったカブの葉っぱを私から奪い去ったディナさんは、葉の汚れを丁寧に落としていく。
「食べれるんですか?」
「食べるんだよ」
私は、野菜のどの部分を食べることができるのか。
そういう知識にも疎いということに、初めて気づかされた。
「このあとは葉を刻むんだが、大きさは好みでいい……っていうか、本気で葉をゴミだと思ってたんだな」
「身を食べた経験しか……」
「なんとも言えないが、味噌汁の具とかで食べてるんじゃないか」
あまりにも私が葉を調理しようとするディナさんを物珍しそうに見入っていたせいで、ディナさんは料理に集中できなくなってしまったらしい。
「言われてみると、味噌汁に入っていた葉っぱが何物なのか……考えたこともありませんでした」
味噌汁に入っている葉物の正体に興味を持つことができなかった前世の私は、相当に怠惰な人間だったと自覚させられる。
「まあ、食に関心のない人間もいるからな」
私のような人間がいるのも仕方がないと、私を否定することのないディナさん。でも、私は気づいてしまった。
ディナさんの声が、ほんの少し寂しそうだということに。
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