第5話「相手を喜ばせるための料理を提供する」
「不味い料理だったら問題だけど、普通の料理ならリーヌも不満には思わないんじゃないかな」
「感想、物凄く気を遣われそうですね……」
「リーヌは気を遣わないよ。むしろ辛辣かも」
「うっ……」
よく恋人に手料理を振る舞って、味が普通だったときの反応に困るという展開を想像していた。けれど、実際は、そんなに甘いものではなかった。
「とりあえず、ディナに連絡して、もっと簡単に作れるものを聞いてみよ?」
「ですね……」
クラリーヌ様と仲良くなってみたいという気持ちは本物でも、いざ仲良くなってみたい相手をもてなすって相当難しいことなんだと気づかされる。
『なんで、煮込むだけの料理の味が普通なんだ』
「俺とミリちゃんにとっては、煮込むだけの料理じゃないってこと」
宿屋に設置されている魔道具を通して、ディナさんと連絡を取る。
やはり私が想像していた通りの電話のような外見をした魔道具に、一気に親近感が湧き上がる。
『どうせ、早く火を通したくて魔道具の火力を上げたんだろ』
「え、それのどこがいけないんですか!?」
『別に強火自体は悪くないが、度を超えると荷崩れしやすくなるんだよ』
「あ……」
ただし、異世界での魔道具兼電話には欠点がある。
『スープが沸騰するところまでは強火で、あとは弱火で煮込むんだよ。煮物は冷めるといに味が染みるとか言うだろ』
「私たちが作ってるのは鍋物であって、煮物ではありません……」
『ああ言えば、こう言うって、可愛くないぞ』
「うぅ……」
「ディナ! ミリちゃんをいじめないで!」
相手の声が、笑ってしまうくらい筒抜け状態というのは大きすぎる欠点だった。
宿屋は私たちが貸し切っているわけではなく、観光客の人たちも利用している。
自分の失態を、魔道具を通じて大声で解説される身にもなってもらいたい。
電話もどきがあるのはありがたいけど、これでは遠くにいる相手と秘密の相談ができないということ。
「って、鍋物の反省がしたいんじゃなくて!」
『もっと簡単にできるレシピが知りたいんだろ』
「分かってるなら、さっさと伝えてよ……俺の魔力、無限じゃないんだから……」
電話もどきの魔道具を使用するのにお金はかからず、電話をかけた側の魔力が必要。
話し相手のディナさんは魔力を消費することなく、ディナさんの話し相手になれるということ。
一方のアルカさんは、電話が通じている間は体内の魔力が失われていっている状態。
「ディナートさん! アルカさんを殺さないでください」
『悪かったって』
「特上の超お手軽レシピで許しましょう」
『はいはい』
このあとのやりとりは、ディナさんが気を遣ってくれたのか本当に短時間で終わった。
たったそれだけでいいのかと尋ねたくなるほど、ディナさんと交わした言葉数は本当に少なくて限りあるもの。
「これでクラリーヌ様をお迎えできますね!」
「そして、俺たちの料理スキルも必要ない」
まだ成功もしていないおもてなしを成功したかのように、私たちは手と手を合わせてハイタッチを交わした。
手と手が触れ合ったときのぱちんという響きが、私に新たな気合いを運んでくれた。
「いらっしゃいませ、クラリーヌ様」
朝陽が顔を見せ、人々が活動を始めるために朝食の準備を始めるような時間帯。
クラリーヌ様は約束通り、辺境の地ヘブリックにある唯一の宿屋へと顔を見せてくれた。
「お招き感謝いたしますわ」
現代日本でいうところ、小学生の高学年の女の子風な外見のクラリーヌ様。
取り立てにやって来るクラリーヌの傍に護衛の姿が見当たらないのは、それだけ異世界の治安がいいものだと思い込んでいた。
「簡易キッチンに入るなんて、初めてなんじゃない?」
「経験を積むことで、人生はより豊かなものになるんですよ」
でも、クラリーヌ様は、見えないところでちゃんと護衛に護られていた。
今日は宿屋という得体の知れない場所に招いたこともあり、ボディーガードと一目で分かるような人たちを連れてクラリーヌ様は現れた。
クラリーヌ様が畑にいらしたときは、木陰か何かからクラリーヌ様の様子を見守っているのだと理解する。
「こちらです」
簡易キッチンに置かれているテーブルの上には、トンホッグを塩漬けした加工食品。と説明すると、なんだか難しそうな食品を想像してしまう。
でも、外見は間違いなく現代でいうところのハム。
トンホッグという名のモンスターは、恐らく豚肉の代わりとなる存在だと想像を膨らませていく。
「あら? まだ完成していないではありませんか」
「クラリーヌ様と一緒に作ってみようかなと思ったんです」
「手料理ということですか」
クラリーヌ様は瞳を輝かせると同時に勢いづいて、異世界のお嬢様特有の金色の髪の毛がゆらゆら揺れる。
「初めてです! こんなに心膨らむ体験は初めてです!」
「お気に召してもらえて、良かったです」
お金持ちの性格が全員歪んでいるっていうのは妄想でしかなく、この異世界でのお金持ちは今のところ平民を馬鹿にしてこない。
むしろ平民と馴染むために経験を積もうとしているのかなってことを感じるくらい、アルカさんもクラリーヌ様も私と同じ目線に立つことを忘れない人たちだった。
「料理長のご飯も美味しいのですが、自分で作るとなると腕が鳴りますわね」
宿屋を経営している夫妻から借りたエプロンを着るために気合いを入れるクラリーヌ様だけど、煌びやかなドレスは背中に腕を回すのも一苦労。
「お手伝いします」
「ありがとう、ミリ」
「どういたしまして」
ドレスにエプロンっていう違和感はあるものの、クラリーヌ様のお付きが口を出してくることはない。
クラリーヌ様も、エプロンを投げ捨てるような暴挙には出ない。
自分たちが上の立場だと権力を振るうこともなく、クラリーヌ様が成長する場をみんなで整えていく。
「本日の朝食は、ハムエッグです」
「ハムとたまごを組み合わせた、あれですの?」
私の手元には、赤いマグカップ。
クラリーヌ様の手元には、黄色のマグカップ。
そして、私の成長を見守ってくれているアルカさんの手元には青いマグカップを用意する。
これらを用意してくれたのも宿屋を経営している夫妻で、これから宿屋にたくさん宿泊することで恩を返していきたい。
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