第4話「手間をかけて料理をすることの大変さ」

「煮込むだけのレシピなのに、物凄く疲れました……」

「疲れたときこそ、できあがってる料理を食べたいよね……」


 鍋の前で、じゃがいもに熱が通るのをおとなしく待つ。

 この待つ時間すら空腹には毒で、食べたいときにお腹を満たしてくれるディナさんの料理が既に恋しい。


「アルカさんはお金があるので、飲食店に行っても良かったんですよ?」

「あー……えっと、ここ、辺境の地だから! 飲食店を探すくらいなら、自分で作った方が早いかなって」

「戦力外の私がお手伝いした料理よりは、美味しいと思いますよ」


 辺境の地と呼ばれてはいるものの、治安も悪くなければ宿泊施設もちゃんとある。

 飲食店の一軒や二軒くらいあっても可笑しくはないとは思ったけど、歩いて探し回るのが大変なくらい飲食店とは距離があるのかもしれない。


「あ、じゃがいもに火が通ったみたい」


 竹串を使って、じゃがいもの柔らかさを確かめてくれるアルカさん。


「凄いですね、ほろっと崩れました」

「盛り付けのときが大変そうだけど、食べやすい方がいいよね」

「火が通っていないじゃがいもは困りますからね」

「だな」


 ようやくメイン食材であるじゃがいもが、お腹を満たせる段階まで来たということらしい。


「早速いただきましょう」


 一人暮らしをしていたときには、いただきますって挨拶を言葉にすることすら忘れていた。

 食べ物をいただくときの感謝の気持ちが言葉に込められていると聞いたことはあるけど、その感謝の気持ちすら私は忘れていた。


「では」

「いただきます」

「いただきますっ」


 でも、今は、誰かと一緒に食べる食事の楽しさを思い出した。大切さを思い出した。食べ物をいただくから、生きていくことができると思い出した。

 アルカさんと重なった『いただきます』の挨拶をきっかけに、私たちは疲労した体を回復させるために食事を口の中へと運んでいく。


「っ」

「ん」


 第一声は、美味しい。

 その言葉もアルカさんと重なると思っていたのに、二人の口は言葉を閉ざすように黙り込んでしまった。


「これは……」

「んー、メモ通りには作ったんだけど……」


 ディナさんが私たちのために用意してくれたレシピは、じゃがいも鍋。

 材料を煮込むだけでなんとかなるというお手軽さをディナさんが提供してくれたのに、口の中に広がる味はとても微妙。


「不味くはないですよね……?」

「うん、不味くはないけど、普通?」


 じゃがいも鍋と名が付くけれど、今やじゃがいもは形があってないような物。


「なんで? なんでですか? 煮込めばいいだけのはずですよね?」

「何、食べてるのか分からないよね」

「……じゃがいもスープ」

「確かに!」


 煮込みすぎたっていうのは想像つくけど、スープにじゃがいもが溶け込んだのなら、それなりに良い味が出るのではないかと素人なりに分析してみる。


「にんにくが必要だったとか?」


 ディナさんのメモを確認するけど、にんにくの文字は見当たらない。

 書き忘れただけとも考えられるけど、ディナさんがそんなうっかりとしたミスをするわけがない。


「そもそも、にんにくは私たちの提案ですよね」

「あ、そうそう、肉と炒めると美味くなるって話で……」


 にんにくを使わなかったことが、鍋の味を落としたわけではないらしい。

 それ以外に、じゃがいも鍋の味が普通な理由は話し合ったところで思いつくはずもない。


「俺、リーヌに朝食食べに来てって伝えちゃった……」

「それは、寂しがっている私に気を遣ってくれたからですよね! 何も悪くはないですよ!」


 クラリーヌ様との別れを惜しんでいた私を見かねて、アルカさんは優しさを手渡してくれた。

 そのおかげで、私はクラリーヌ様と地主と借地人以上の関係になれるかもしれないって可能性を抱くことができた。


「でも、この調理スキルだと……合わせる顔がないよね」

「うっ、それを否定できなくて申し訳ございません……」


 限られた時間の中で、私たちにできることは限られている。

 その一 ディナートさんを辺境の地まで呼び寄せる

 その二 クラリーヌ様に、お断りの連絡を入れる

 その三 私たちの調理スキルを磨く


「一番は、どう考えても間に合いませんよね……」

「転移魔法みたいなのがあればいいんだけど、そんなの物語の世界でしか聞いたことないからなー……」


 魔法の力は、人々の願いごとを叶えてくれる万能の力ではないらしい。

 アニメやゲームの世界によって魔法の利用の仕方が様々なように、私がやってきた異世界の魔法設定にも限界があるということ。


「二番が可能ということは、一瞬で連絡を取るための手段があるということですよね?」

「うん、瞬時に人や荷物を移動させることはできないけど、声を飛ばすくらいなら」

「それはそれで、なかなか失礼な気もしますね……」


 現代日本でいうところの、電話のような手段があると教えてもらう。

 でも、クラリーヌ様より身分が下の私が、電話ひとつで『朝食会、無理です』と連絡していいものなのか。異世界での上下関係は、なかなか気が重くなる。


「リーヌが小さいときから付き合いがあるから、そこは心配しなくてもいいかもしれない」

「そうなると、二番が現実的でしょうか……」

「だよねー……」


 こんな話し合いを重ねているうちに、時計の針はどんどん先へと進んでいく。

 夜も深まった頃合いに電話をかけるわけにもいかず、私たちは結論を急がなければいけない。それを分かっていて、そうしないのには訳があって……。


「ミリちゃん、リーヌを悲しませたくないよね?」

「うっ……」


 クラリーヌ様と仲良くなる機会が、未来永劫失われるわけではない。

 この機会を逃したところで、次の機会をアルカさんは用意してくれる。

 そうは思っていても、約束をなかったことにするのが心苦しい。


(だって、次があるかなんて分からない……)


 今までの私だったら、次の機会にしましょうなんて提案ができたかもしれない。でも、前世の私はあっという間に亡くなってしまった。

 日頃の不摂生が祟ったと言われれば、それまでだけど。当たり前に来ると思っていた明日が来ないということを、私はよく知っている。


「三番を選ぼう」

「最も苦戦しそうな番号に恐々をしてます……」


 アルカさんは渋っている私のことを、よく観察して気遣ってくれる。

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