最終話

「アンタ生きてんでしょ、目開けなさいよ」

 ルナの声に目を開ける来栖くるすは、そこでようやく自分が気絶していたことに気付く。

「……どれくらい寝ていた」

「一、二分くらいかな。で、単刀直入に聞くけど、今までに売った子供たちのリストとかあるでしょ、どこ?」

「さあな、私は知らない。部下に任せていたからな」

「そんな……」ひかりは月を不安そうな顔で見る。

「そ、なら別にいいよ。片っ端から当たってくだけだから」月は光の手を引く。

 ビルはすでに警察に包囲されているが、突入はまだされていないようで建物内はとても静かだった。そしてキョンたちも警備たちを全て倒し切ったのだろう、合流するべきか先に脱出するべきか……。

 ちらりと隣にいる光を見る。ほんの少し、キョンたちを待とう。それでも来なければ脱出しよう。

「光、アタシ少しだけキョンたちを待ってみるよ。エレベーターの前にいるからさ」そう言い残しひとりでエレベーターへと向かう。

 残された光は少し間をおいて歩き出す。

「……母は……どんな人でしたか?」

 崩れた瓦礫にもたれかかったままの来栖に光は話しかける。

「……そんなことを聞いてどうする」

「私には親がいなかったので……」

 沈黙が流れたがついに来栖が観念したかのように口を開く。

「今のお前に、本当そっくりだ。それだけで十分だろう?」

「……もうひとつ、私たちは少しの間三人で生活していたんですよね? もしかして私には別の名前が――」

「どこの誰の物でもない、お前は“光”なのだろう? ……これからは、自由に生きろ」

「ッ、でも――」

「光、そろそろ行かなきゃ! 警察そろそろ突入してくる気みたい‼」

 慌てて部屋に入ってきた月の後ろにはキョンたちの姿があった。

「うぉ、すげぇ、本当にやったんだ。流石月ちゃん」

「お前たちは先に行け。俺はこいつと話があるからな」

「え、でも警察来ちゃってるけどどうやって出るつもりなの⁉ アタシの翼で飛んでいかないと……」

「気にすんなよ月ちゃん、私たちは何年も経験してっからさ」

 月はいずみたちと光を交互に見て、「わかった。後で麗子れいこさんとこ合流、マジだからね!」

 てゆーかそろそろ影のリミットやばいかも! と急いで割れた窓へと向かい走っていく。

「光、お前も早く行け」泉に急かされるが、「最後に一言だけ」と来栖の方を見る。

「……あなたはとても大きな罪を犯しました。……それでも……私に命をくれて、月さんと出会わせてくれて、ありがとう……さようなら、『お父さん』……」

 言い終わるとすぐ月の後を追い光は駆け出した。

「……来栖、お前光の父親だったのか?」

「施設に閉じ込めて守った気になるのが、父親だというのならばな」

「ったく、どこのご家庭もパパなんてほんっと碌な奴いねぇな」

「……」キョンの言葉に少し目を伏せた泉は来栖の耳元へと近づき何かを囁いた。

「……? いや、私は知らないな。外からの仕入れならば私の耳にも届くはずだが……ふっ、まさかそいつは――」

「知らないのならいい、もう用はない。いくぞ、キョン」

「うぇ⁉ こんな早く用済むなら月ちゃんたちに待ってもらえばよかったじゃん‼」

 飛び去るふたりの姿を見て、「俺たちが一緒っていうのは野暮ってもんだろ」

「……私、泉サンの笑う顔初めてみたかも……」

 窓の外ではふたりの少女が空を翔けていた。



 * * *



 何とか春鳥製薬までたどり着いた月たちは出迎えてくれた麗子の顔を見て、ようやくひと段落とほっと一息つく。

「月ちゃん、光ちゃん、おかえりなさい。大変だったわね」

「麗子さん……でも子供たちの行方までは分からなくて、それはこれから探すしかないんだ」


 一度休憩室に集まり、月は簡単にあのビルで起きたことを伝えた。麗子や近くにいたルーポはそれをただ静かに聞き入る。

 来栖京也きょうやとは何者なのか、子供たちはなぜのか、そして光はどのように生まれたのか。

「あの人そんなことまでしてたの? ……おじさん、知らずとはいえマズいことしちゃったなぁ」

「いえ、それは私の――来栖が指示したことですから。それにこれから必ず助け出します、私が月さんに助けられたように」

 自分の犯した過ちの大きさに反省し俯くルーポを慰める光の言葉に続くように麗子も一言付け加える。

「ふふ、それにあなた月ちゃんたちが来栖と戦っている間にこの工場を守ってくれたじゃない、見直したわよ」

 確かにここを出発した時より少し荒れたような、まるで小さい規模の戦闘でもあったかのような状態に見えた。

「来栖の兵士たちが攻めてきたの⁉ それをルーポがひとりで?」

「いやぁ、おじさんだけじゃないよ。彼も行く場所がないからって……」

「彼……? もしかしてあの風使いの……飯綱いずなさん、でしたっけ?」

「そうよ、あなたたちが出て行ってすぐボロボロになった彼が――あぁ、怪我はしてなかったわよ。工場まで来て、ルーポを見るなり俺も協力します、って。今はあっちで小鳥ことりと例の男の子の面倒を見てくれているわ」

 アンタたちやるじゃん、と月は驚いたように言う。そしてふたりの後ろへと目をやる。

「ていうか、気にはなってたんだけどさぁ……なんでアタシたちより先に着いてるわけ、キョン⁉」

 この工場にたどり着き、麗子に付いてこの部屋に入るなりなぜかすでにくつろいでいたキョンと泉。癪に障るからと見なかったことにしていたが……。

「私たちが速かったんじゃなくて月ちゃんが遅かったんだろ? 乗り心地も最悪だっただろ、なぁ光ちゃん」

 ニヤニヤと厭味ったらしく煽るキョンと取っ組み合いを始める月をおいて、

「泉さん、今回は助けていただきありがとうございました」光は深々と頭を下げる。

「目的が同じだったからな。それよりよかったのか、あいつは父親なんだろ?」

 騒ぐふたりを見つめたまま問う。

「あれでよかったんです。父だと知ったのはついさっきですから……。それに今あの人に必要なのは私といることではなく、他人の気持ちを知る時間を作ることだと思うので」

「……お前は大丈夫なのか」

 泉の光へと向けた視線は憂いを帯びたもので、本当にこの人にはなんでもお見通しなのだと悟った。

 胸元に光る父親からの贈り物、亡き母の映った写真が入ったペンダントを手に取る。

「きっと父も辛かったのだと思います。だからと言って犯した罪が許されれるわけでも消えるわけでもありません。……私も娘として罪を償わなければいけませんから」

 なおも作られた笑顔で気丈に振る舞う光に、泉はゆっくりと光の頭に手を乗せる。

「お前には頼れる最高のパートナーができただろうが、今はもう他にも頼っていい相手がいることを忘れるな」

 十数年孤独で生きてきた光は、今ようやくこの世界で生きているということを実感した。


「あー‼ 泉サンなにやってんだよ、光ちゃん泣いてんじゃねーか!」

「ちょ、ちょっとどうしたの光、大丈夫?」

「だ、大丈夫です! 違うんですこれは……なんで、止まんないんだろう……!」

 思わぬ反応に戸惑い冷や汗を流す泉にお騒がせコンビが詰め寄り、その一部始終を見ていたルーポと麗子は耐えきれず吹き出した。そんな光景に光もつられて笑い出す。

 ――――よかった。私はこんなにも素晴らしい人たちと出会えた……。

「……ありがとうございます、私はみんなに感謝してもしきれません」

 光はみんなの顔をひとりずつ、目で思いを伝えるように見つめる。

「麗子さんがあの施設から抜け出す手段を作ってくれていなければ、小鳥ちゃんが私に立ち向かう勇気をくれていなければ」

「光ちゃん……」麗子は目に涙を浮かべ優しく微笑む。

「泉さんやキョンさんが一緒に戦ってくれていなければ」

「ま、光ちゃん悪いやつじゃないしな!」

「……」泉は静かに笑みを浮かべた。

「ルーポさんは――」

「光ちゃん、おじさんこれからは君たちのためならなんでも協力するよ。おじさんも飯綱君も、これからはみたいに罪を償わなきゃいけないからね」

 光はその決意に納得したように首を縦に振り、よろしくお願いします、と頭を深く下げる。

「ごめんね、頭を下げなきゃいけないのはおじさんの方なのに……光ちゃんらしいや。君のその優しさは必ず誰かを救うことになるよ」

 喋りすぎちゃったね、とルーポは椅子に座りなおす。

 そして光は最後に月を見る。

 月は目が合うと一瞬驚いた顔をしたが、「光……」と少し口元を緩ませる。

「……月さんは世界を知らない私になんの躊躇いもなく手を差し伸べてくれました。自分が危険な目に遭うとしても何度も助けてくれました。今ここに私がいられるのは月さんのおかげです」

 自分の言葉に照れながらもうれし涙をこぼす月を見て光も目に涙を浮かべる。

「本当に……本当にありがとうございました。……私はこれから来栖京也に作られた子供たちを全員助け出すつもりです」

「ちょっ、光それって――」


「でも私ひとりではきっと無理です。だから、みなさん私に力を貸してください……!」


 光は部屋の中央で皆に向けて頭を下げる。自分の周りにいる人間が傷つくことを嫌った少女は、今初めて自分のために――自分ののために戦ってほしいと願った。それは戦闘能力皆無の光自身もまた危険へと身を投じることとなり、その覚悟の現れでもあった。

「当たり前じゃん! ここまで来たんだもん、アタシだって子供たちをみんな助けてあげたいよ‼ それに光がそうしたいって言うなら協力するに決まってんじゃん!」

「そうね、それに一体何人いるかもわからない子供たちを保護する場所や人員にその他もろもろ、大人の力も必要でしょ?」

 偏に助け出すといってもその後の生活も確保しなければならず、もちろん到底光ひとりには不可能だ。月はもちろん麗子の先のことを考えている冷静さとクレバーさはいつでも頼りになる。

「そうそう、それにどこにがきんちょどもがいるかわかんねぇなら私とか泉サンみたいなに通じる奴も必要だろ?」

「俺たちなら一般には使われないルートを洗える。傭兵として多くの場所を巡ってきたからな。そうだろ、人狼」

 泉に呼ばれたルーポは静かにうなずく。

 光はぐるりとみんなの顔を見渡す。誰一人として光から目をそらす者はいなかった。

「光、アタシたちはみんな光の味方だから。一緒にみんなを助け出そう」

「……はい……!」

 光の頬には大粒の涙が笑顔と共に溢れ出た。



 * * *

 


 気が付くと鳥のさえずりが聞こえた。どうやらいつの間にか眠ってしまったらしい。

 狭いベッドから身を起こし、ふと隣を見ると月の姿があった。まだ目覚めていないらしく布団をかぶりむにゃむにゃと何かを言っている。

 あの出来事から一週間。未だ『子供たち』ホムンクルスに関する情報はひとつもなく、光たちは麗子の会社『春鳥製薬』で休養を取っていた。

 その間は泉たちが動き回って情報を集めてくれていたが、そろそろこの辺りの関わりのありそうな場所はあらかた調査したことになる。

 もし今回の調査で何もなければもっと遠くまで行くしかないだろう――。

「ん……光ぃ、もう朝ぁ?」

「まだ寝てても大丈夫ですよ」

 少し開いた窓から僅かにそよぐ風を浴び、まだ半分寝ている月の頭をなでその影のように黒い髪に指を滑らせる。

 すると部屋のドアをコンコン、と誰かがノックした。

「光お姉ちゃん起きてるー?」

 ノックの主は小鳥だったようだ。起きてますよ、と部屋へと通す。

「お母さんがね、ふたりを呼んできてって。……月まだ寝てるの?」

「ふふ、月さんは朝が弱いですから」

 寝ている月を見て、早寝早起きしないと大きくならないんだよ! と月をたたき起こす。

「月、早く起きて! 朝だよ‼ だから月はおっきくなれないんだよ!」

「んん、小鳥……月“お姉ちゃん”ね……あと余計なお世話だわ」

 故意か偶然か胸のあたりをたたく小鳥を押しのける。

「おはようございます」光が微笑ましそうにふたりを見ながら月に言った。

「およ~……なに、今日なんかあんの?」

 光はそういえばと「麗子さんが呼んでるみたいですよ」ベッドから出ながら小鳥には先に戻るよう伝える。


「なんだろ、こんな朝から」あくびをしながらもう見慣れた廊下を歩く。

 この工場も先の戦闘などから一時的に稼働を停止しており、現在ここにいるのは『子供たち』ホムンクルス奪還に関わるメンバーのみとなる。

 いつもの休憩室に入るとキョンと泉が、どうやら調査を終え帰ってきたようだった。

「ふたりともおはよう、朗報よ」月と光は互いに目を合わせ泉たちを見る。

『子供たち』ホムンクルスの居場所を見つけた……まぁたったひとりだがな」

「感謝しろよ月ちゃ「どこ⁉ 今すぐ助けに行かなくちゃ‼」煽るキョンを遮り月が喰らい付く。

 光も泉の次の言葉を今かと待ち構える。

「……ここだ」

 取り出した地図に付けられたたったひとつの赤い丸。そこに『子供たち』ホムンクルスがいる。

「お前たち準備は……寝起きか?」

「私たちが走り回ってる間にいい御身分だなぁ、おい」

「ちょっと待って、すぐ準備してくる!」

 ふたりは部屋へと走って向かう。



「やっと来たか、そんなんじゃ日ぃ暮れちまうぜ」

 泉たちはすでに外で待機しており、月たちも工場を飛び出すようにして合流する。

「うっさいなぁ、これでも急いで来たの‼ それより、さっきの情報って確かなんだよね?」

「間違いない、そこには『魔女』がいると情報を得た。警備もそれほど手強くはないだろう、俺たちなら余裕だろう」

「そっか……ようやく助けに行けるんだね」

「はい、必ず助けましょう。……私はみんなにもこの世界を知ってほしい、そう思うんです」

 あの暗く無機質で冷たい箱の中で生きてきた少女は、広く暖かい外の世界で“光”を知った。

 あの世界では知り得ない多くのことを見て、触れて、感じた。そしてきっとこれからも多くのことを知っていくだろう。

「光、行こう。アタシたちでやりとげなくちゃ」

 月はいつだって自分に手を差し伸べてくれる。助けを求めたときも、共に戦おうと言ったときも。だからこそ、いつか月に自分の力が必要となったときには必ず力になると、心の中で固く誓う。

 その強く繋がれたふたりの手のように――。



 * * *



 亜人や人間、妖怪や怪物など様々な種族の暮らすこの街で、他人を癒す特殊な血を持つ少女はひとりの吸血鬼の少女と出会った。

 少女たちは“血”に悩み、翻弄されつつも行きついた先で答えを知る。

 その血は生きている証明であり、造られた物などではない心のあるひとりの人間なのだと。

 そして『子供たち』ホムンクルスにも心はある。ならば彼らは物ではなく、またひとりの人間だ。

 少女たちは満月の輝く空を翔ける。影のように真っ暗な翼を広げまだ小さな命を助け出そうと。

 その姿は強く明るい、『月光』に照らされていた。

 “月”は闇から守るように強く輝き、“光”は誰かの道標となるように――。

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月光ブラッド・エスケープ 姫崎 @himesaki

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